第三話 戦場の狼たち
翌日、日本時間では午後三時の十五分前。
カナンは第五迷宮の入口付近に一人で立っていた。集合予定時刻は午後三時だが、彼女はその三十分前にここにいた。
伝説の特級探索者四人と一緒に行動することになったため、どうしても早めに到着しておかないと、心が落ち着かなかったためである。
ただ、彼女は「自分の身勝手な依頼を受けて、この世界の伝説的な存在である特級探索者四人が動く」ということに、未だ実感が沸いていなかった。
これは普通なら有り得ないことである。そもそも迷宮のラスボスを単独行で斃すことによって、彼らは特級探索者の称号を与えられた。従って、彼らは個人行動をとることが多い。
どこかの団体に所属しているという話は聞いたことがないし、この世界の幕開けから参加していたカナンも、『皇帝』以外の姿は見たことがなかった。
ガーランドは、軍編成の攻略で以前、目にしたことがあった。
彼も、自分の圧倒的な攻撃力をひけらかすような行動は好みではないらしい。基本は単独行だが、その時は軍の司令官じきじきに依頼があり、受けたという。
金髪碧眼鷲鼻という、西洋人のステロタイプをすべて盛り込んだ外見と、筋骨隆々とした体躯。彼は『皇帝』の名に恥じない、見事な偉丈夫だった。
――それに比べて。
カナンは腕組みをして頭を傾げた。
今回の協力者は、特級探索者といっても――『掃除オタクの青年』イアンと、『狐目の豆狸』ミオンと、『事務担当者』グェンである。
ゲームの世界では外見に何の意味もないことはカナンも承知していたが、それにしても落差が激しい。
彼らが連携攻撃をしている姿が、どうしても思い浮かばないのだ。全員で掃除をしている姿ならば簡単に思い浮かぶので、カナンはその度に頭を振る。
第五迷宮は流石にハードルが高く、入口から中に入ろうとする者はいない。
たまに初期装備に身を固めた人々が、物珍しそうにその前を通り過ぎてゆく。初心者の観光だろう。
カナンがぼんやりと辺りを見回していると、街の雑踏から背の高い女性が現われ、カナンのほうに向かってきた。
遠目でも東洋人だと分かる。
カナンも女性探索者としては背の高い方だが、その女性も同じくらいの背丈がある。加えて長い黒髪を後頭部の高い位置できりりと縛り上げていたから、余計に目立った。
細い眉と切れ長の僅かに吊り上った瞳が、エキゾチックな雰囲気を倍増させている。漆黒の和服に似た装束を羽織っており、腰のところで締めた朱色の帯が腰のラインの美しさを強調していた。
足元が黒いブーツなのは探索者として当然のことであるが、それが全体のバランスを崩してはいない。
剣などの武器は一切帯びておらず、その代わりに右手に巨大な赤い扇子を持っている。あれは魔法増幅装置として名高い『
つまり、彼女は
周囲の人々の目がその肢体に吸い寄せられてゆく。カナンの目も自然に吸い寄せられた。それぐらい存在感がある。
彼女は悠然と第五迷宮の入口までやってくる。そして、驚いたことにカナンに話しかけてきた。
「あら、随分と早かったのね。約束の時間の十分前よ」
カナンは一瞬、意味が分からなかった。
「あのう、失礼ですがどちら様でしょうか?」
東洋魔女は嫣然と微笑むと、
「あら、私としたことが大変失礼しました。そういえばこの姿でお会いするのは初めてでしたね。ミオンでございます」
と、耳に心地よく響く声で言った。
カナンは言葉を失い、暫く呆然とした後、やっと思い当たった。
――デュアル・アバターか!
第九迷宮の中で得られる、一つのアカウントに対して二つのアバターを設定できるという、かなりレアな能力である。
目を点にしたカナンに気がつき、ミオンは緋扇で口元を押さえながら言った。
「あら、ごめんあそばせ。この格好は戦闘専用なのよ。昔はこれだけだったんだけど、アイスクリーム作りに向いていないから、デュアルを手に入れたの」
それにしても他にやりようはなかったのだろうか。落差が激しすぎてカナンの感覚が追い付かない。
なんとか面影らしきものが残っているのは、吊り上った瞳と爆乳ぐらいで、後は真逆だ。
「それにしても、女性を待たせるというのはよくない趣味だわね」
ミオンは涼しい顔でそう言いながら、胸の下で腕を組んだ。それにより視線の釘付け度が二割増しになる。カナンまで見つめてしまった。
「あら、やっとグェンが現れた」
ミオンは遠くを見る目をしてから、嬉しそうな声を上げる。カナンの後ろから来ているらしい。
――彼女がこの姿ということは、グェンさんのほうも。
カナンは心の準備をしてから、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「いやあ、遅くなってすみません」
そう言って頭を掻きながら歩み寄ってきたグェンは、先日と同じく事務担当者のままである。カナンの腰が砕けた。
「久し振りの本格的な迷宮探索だから、装備を選ぶのに手間取ってしまいました」
そう言われて、カナンはミオンの隣に並んだグェンの装備を眺めた。一見、先日とたいして変わりない古ぼけた中級装備に見える。
――いや、違う。
古びているが、性能は中級ではない。型式は確かにそうだが、中身は全然別物だ。
恐らく、元になっているのは一般的な店で入手可能な中級装備だろう。しかし、それが職人の手で極限まで練り上げられているらしい。
グェンが手に持っている兜の表面には、大小様々な傷がつき、あちこちへこんでいる。しかし、兜の裏側に微細な文字で防御呪文が彫り込まれているのが見えた。
あそこまで細かい文字が彫れる細工師は、この世界に一人しかいない。ただ、高価なのでカナンもボディ・アーマーの前面に防御呪文を施しているに過ぎない。
「あの、グェンさん。もしかして、装備全体に『イニシエーション・デルタ工房』の呪文彫刻を施していませんか」
カナンの言葉に、グェンの鼻の穴が膨らんだ。
「あれ、分っちゃいました? そうなんです、イニ・デーの彫刻を全面にやっちゃいました。やっぱりいいですね、イニ・デー。着慣れた中級装備が、実は最上級装備並みの機能を秘めているなんて、男のロマンを盛大にくすぐるじゃないですか。パッと見で『なにあのお古』とか思わせておいて、いざ戦闘の場になったら速攻で殲滅。『第一級の戦闘装備じゃないか』とか言われたりして。最高ですよね、イニ・デー」
ブランド名を短縮名称にして、さらにそれを連呼するのはマニアの習性である。
「何言ってるのよ。そもそもどノーマルな中級装備で第九層のラスボスまで斃した挙句、その装備に彫刻を施した途端に事務のほうが面白くなって、そっちに行っちゃったんでしょう。使ったことあるの、これ?」
「いやあ、実は一度もない」
「でしょう。メガピクセル単位で相手の攻撃を見切る能力があるんだから、これは過剰な装備じゃない。足に高速化呪文だなんて、軽自動車にジェットエンジン装着して、公道を走るようなものじゃないの?」
「いやあ、仰る通りです」
「今回はあまり無理をせずに後ろで細かく指示を出して下さいね。その剣だって、魔法増幅用の呪文がびっしり彫り込まれているんでしょう? 周りの人のほうが危険だよ」
「いやあ、面目ない」
ミオンがぽんぽんと小気味よく啖呵を切り、グェンが頻りに恐縮する。
それでいて、ミオンがグェンのことを大層心配していることが、周りで聞いている者に明々白々になるという大変に高度な会話である。
しかも、狐目豆狸姿の時点で既に明らかなことだったが、ミオンが一方的にグェンに惚れているのだ。
どうしてこんな貧相な装備マニアに、超絶東洋美女が惚れ込んでいるのか、カナンには理由がさっぱり分からなかった。
「おや、ガーランドさんが来ましたね」
グェンが気楽な声を上げる。
カナンは再び振り向いて、ガーランドの西洋彫刻のような巨体を探した。どこにも見当たらない。
その代わり、こちらに向かってくる顔面そばかすだらけで赤毛の小柄な少女が視界に入った。
彼女が声を上げる。
「グェン、イアンはいったいどこよ。まさか自分だけ逃げたんじゃないでしょうね」
悪態をつく割に、彼女が周囲を探る目つきは真剣である。
「彼に限ってそれはないよ。準備に手間取っているんじゃないのかな」
「準備? 何の? 装備っていっても、彼はあの青いプラスティックの棒しか使わないよね」
「いやあ、さすがに第五迷宮だからそこそこ準備してくるんじゃないですか」
「ないない、あの男が用意周到なんてことは、金輪際有り得ない」
「あのう――」
カナンはテンポよく続く二人の会話に恐る恐る割り込んだ。
「何よ。急に話に割り込んできて――あれ、よく見たらカナンじゃないの」
「はあ、どうも。あの、それで、貴方がガーランドさんということで宜しいんでしょうか?」
「もちろん、その通りだけど」
「あの、私が知っている姿とは随分と違うような気がするのですが」
「あ」
そばかす赤毛の少女は目を丸くした。
「ごめん、先にグェンの顔が目に入ったもんで、すっかり説明するの忘れてた」
「……あの、ガーランドさんは本当は女の子だったんですか?」
「そうなのよ。ゲームを始める時、女の子だと分かると舐められるかも知れないって思って、男性名で登録して、姿も真逆の西洋騎士にしたらそっちで有名になっちゃいまして。今更、『実は女でした』という訳にもいかなくてさあ、少数の知り合い以外には言ってないんだ。デュアル・アバターがなかったら大変なことになっていたわよ」
常に無口で、誰もその声を聞いたことがないとまで噂されていたガーランドとは思えない勢いに、カナンは押され気味になる。
つまり、喋ると女の子であることがばれるので、ずっと押さえているのだろう。
反動でこちらの姿の時には、抑えが利かないらしい。
「少数って。貴方その姿、イアンがいない時には絶対にしないじゃない」
ミオンが笑いながらそう言うと、ガーランドの顔が真っ赤になった。
「ミオン、何おかしなこと言ってんのよ」
「いいの、いいの。お姉さんには分かっていますから。さすがに西洋騎士姿じゃあ、変な趣味を疑われるからイアンに接近できないよね」
「だーかーらー、そんなの関係ないって言っているでしょ。貴方こそ、なんでグェンの世話女房気取って始終一緒にいるのさ」
「だって彼のことが好きなんですもの」
ミオンが澄ました顔でそう即答したので、ガーランドは更に顔を赤らめる。
「と・も・か・く、私はイアンなんて何とも思っていませんからね」
そう言って真っ赤になった顔を逸らしたガーランドの身体からは、とても可憐な香りがしていた。カナンはその香りが、トネル調香所謹製、男心をくすぐる効能のある第五番目の秘薬であることを知っている。
何事にもマイペースなグェンにはこの香りは無意味らしい。先程から彼は平然としているし、ガーランドはそのことを気にも留めていない。従って、明らかにイアンを意識したものである。
見事なツンデレぶりだ。
カナンは、イアンを熱い目で見つめる西洋騎士のほうのガーランドを想像し、頭が痛くなった。
しかも、これから第五迷宮に潜り込むというのに、ガーランドが華奢な少女姿というのは想定外だ。
カナンが微妙な顔をしていると、そういう点にだけは変に目敏いグェンが言った。
「カナンちゃん、もしかして今『ガーランドさん、あの姿で迷宮に入って本当に大丈夫なのかな』って、考えていませんか」
「あ、はい、その通りです」
図星を刺されて、カナンは赤面する。
グェンは、ミオンとガーランドの他愛のない口喧嘩を目を細めて見つめながら、言った。
「ガーランドさんは、こっちの姿のほうが本当は強いんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
カナンは驚いた。
ゲームとはいえ『ザ・ワールド・オブ・メイズ』は現実世界をリアルに再現していることが売りであるから、物理法則も基本的にはそのまま踏襲している。例外は「魔法と魔物」の存在ぐらいだ。
従ってカナンは、重量が大きいほうが戦闘では圧倒的に有利だ、と思っていた。
そして、ミオンのような「魔法使い」ならばともかく、職業として「騎士」を選択した場合、身体の大きい男性のほうが明らかに有利だ、と思っていた。
だからこそカナンは、そのハンデを出来る限り埋めるためにアバターの身長を高く設定したのである。
しかも、システム上は三メートル以上の大女になることも出来るのだが、百七十センチ強に留めたほどである。
なぜなら、常識の範疇を超える大きさや、プレイヤーとアバターの身体感覚があまりに食い違ってしまうと、操作性に深刻な問題が生じると言われていたからだ。
ただ、ガーランドの例からすると、身体の大きさの違いで操作性の問題は生じないことが分かる。
性別が違っても、致命的な問題は生じないのだろうか。
カナンの困惑を知ってか知らずか、グェンはあくまでものんびりとした口調で言った。
「カナンちゃんは、どうしてガーランドさんが『皇帝』と呼ばれているか、その理由を知っていますか」
「えーっと確か、戦場の真ん中から動かず、無駄のない最小限の動きだけで巨大な剣を一閃し、魔物を殲滅する攻撃スタイルから、だったと思いますが」
「何で彼女がそんな攻撃スタイルを取っていたのか、今ならばその理由が分かるのではありませんか」
「理由ですか……」
カナンは目の前で顔を真っ赤にしながら、両腕を振り回しているガーランドを見つめた。
確かにこちらの身体ならば敏捷に動けそうだ。ただ、破壊力には欠けるだろう。ガーランドの持ち味は、一振りした剣の重さだと言われていた。
――いや、ちょっと待て。
逆に「重い剣の一振りで決着をつけないといけなかった」と考えたら、どうなるのか。
それでやっと理由に思い当たったカナンは、グェンに言った。
「……派手に動くと女の子だということがばれるから、ですね」
「そうなんです、あまり激しく動くとばれるんですよね。VRMMORPGの場合、プレイヤーの行動の癖がそのままアバターに現れますから」
カナンは、女の子走りをしながらイアンを追いかける西洋騎士姿のガーランドを想像した。流石にそれでは、あらぬ誤解を招いても仕方がない。
「だから、実際の姿に近い今のほうが、自由に動くことが出来るのです」
カナンは、自分が男性の姿になったところを想像してみる。確かに素性を隠したままでは動きづらい。
しかし、ガーランドはその状態で特級探索者まで昇りつめたのだ。それで、制限が外されたとしたら恐ろしいことになる。
――いや、ちょっと待て。
カナンは別な面に気づいた。
「あの、それであれば男性の方のガーランドをバックアップに回して、日常的には女性の方のガーランドを使えばよいのではありませんか?」
カナンは当たり前のことを指摘してみる。
すると、今度はグェンのほうが微妙な顔をした。
「ああ、普通はそう考えますよね。でも、彼女にはそれができない事情があるのです」
「できない事情、ですか?」
カナンはグェンの言葉に驚く。
「そうなんです。ただ、あまり他人の口から詳しく説明してよいことでもないので、機会があったら本人に直接聞いてみて下さいね」
そう言いながら、グェンは遠くのほうを見つめていた。
「それに、やっとイアンが来ました」
カナンは
すると随分先のほうを、イアンがゆっくりと歩いてきた。しかも背中に、遠目で見ても分かるほどの大きな荷物を負っている。
「イアン、遅いじゃないの! しかもどうしたのよ、その荷物は」
ガーランドが、少しばかりキーの高い声で訊ねる。
「準備でちょっと遅くなってしまいました。誠に申し訳ございません」
全然申し訳なさそうな顔でイアンがそう丁寧に言ったので、ガーランドは驚いた。
「あんたが準備ですって? 一体何を?」
「決まっているではありませんか。今回は第五迷宮が相手だから、いつもより多めに持ってきたのです」
イアンは落ち着いた表情で言った。
ということは、彼が背中に負っている巨大な荷物の中身は、すべて「青いトイレのスッポン」ということになる。
「ちなみに、全部新品です」
彼は誰にも聞かれていないのに、そう宣言した。
「これ、一体どこで売っているのよ。いくら細部のリアルさに執拗なまでにこだわる、変態仕様の『メイズ』でも、それでトイレ掃除をしている姿なんか見たことがないわ」
ガーランドがそう言ったが、ツッコみどころは本来そこではない。
そもそも、VRMMORPGにトイレは存在しないのだ。
もしそんなものが存在し、よく理解していない者がそれを利用してしまった場合、現実世界側で極めて悲惨な出来事が発生することになる。
だから、他のことはハード仕様になっている『ザ・ワールド・オブ・メイズ』にも、緊急トイレボタンが装備されていた。
戦闘中でなければ、これを押すことでシステムがアバターの操作を一定時間代行してくれる。受け答えが機械的になるので、パーティーを組んでいる者にはばれるが、それを指摘しないのがエチケットだった。
そして、トイレが存在しない以上、トイレのスッポンに存在意義はない。
にもかかわらず、イアンは胸を少し張って言った。
「当然です。ファンタジー世界に化学合成による樹脂製品があること自体、おかしいではありませんか。だから、これはそこいらの商店で売っている汎用品ではなく、特注品です」
彼は先端の、どう考えても合成ゴム製にしか見えない部分を指さす。
「ここの部分は錬金術師協会に依頼して、第九迷宮で入手可能な油草から抽出したエキスを使ってですね――」
「それはいいから。で、なにか今日は変な感じがしない?」
ガーランドはイアンの前で、わざとらしく服の襟元をひらひらさせた。
実に分かりやすい誘いである。さっきまでの完全否定との落差に、ミオンが笑いを堪えている。
しかし、イアンには全く効かない。
「どうしたんですか、服の襟をひらひらさせて。暑いのですか? 神殿で祝福を受けてこなかったのですか」
「受・け・ま・し・た! えー、受けましたとも。お陰で汗の匂いなんかまったくしません。嘘だと思うのならば確認なさって下さい」
まさかの捨て身攻撃である。ガーランドはイアンの間合いにするりと入り込むと、接近戦に及んだ。上着全体をばさばさとやるものだから、隙間から盛大に肌色部分が露出している。
しかし、イアンには全く効かない。
「申し訳ありません。今朝まで匂いのきつい現場作業をしていたものですから、実は鼻が利かないのです」
そう、全然申し訳なさそうに見えない顔で言い切ったイアンを、しばし呆然と見つめると、ガーランドは、
「イアンのばかあぁ!」
と言って、泣き出してしまった。ミオンが仕方なく慰めに入る。
カナンは頭が痛くなってきた。
隣でにこにこ笑っているグェンに彼女は訊ねた。
「あの、皆さん普段はこんな感じなんですか」
「はい、迷宮に入る前はだいたい似たようなことになりますね」
グェンは全然動じていない。
ミオンも手慣れたもので、懐から保冷容器を取り出すと、ガーランドにアイスクリームを与え始めた。
まるで、幼児を宥める母親である。
一人、まったく空気を読んでいないイアンは、両手に青いトイレのスッポンを持つと、高らかに宣言した。
「それでは参りましょう、戦場の狼達よ。今日の獲物は第五迷宮です」
トイレのスッポンを高らかに両手で掲げて先導する男性。
それに続くのが、ぱっと見はさえない中級装備に身を包んだ中年男性。
その後ろから、泣きべそ顔でアイスクリームを頬張る少女と、それを優しく宥める東洋超絶美女。
そして、その後ろにいる依頼主の自分。
カナンは思わずぽつりと呟いた。
「なんだこりゃ……」
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