ハルケギニアの英雄

・・・・・・風竜が完全に見えなくなると、才人は膝から崩れ落ちた。

「・・・・・ハ、ハハッ」  

 地割れが鳴り響く中、才人は掠れた声で笑う。デルフリンガーは自分が支えるその身体が、小さく震えていることに気付いた。

「相棒?」

「ハハハ、ハハ・・・・・・。・・・はあぁ。なんだよこの状況、わっけわっかんねえよ」

 才人は空笑いを終わらせるとため息をつき、愚痴をつき始める。

「そりゃあそうだろうな。おれでさえわかんねえんだもん、相棒にわかるわけねえな」

「だいたいなんで俺が死ななきゃいけねえんだよ。やだよ。怖ええよ。死にたくねえよ」

「そりゃそうだろ。誰だって死にたいと思って死ぬヤツはいねえさ」

「・・・・・・こうやって話してると、アルビオンの時を思い出すな」

「そうだね、だけどものは考えようさ。これからやることだって、それとあんましかわんねえよ。一回できたことをもっかいやる。ほら、簡単じゃねえか」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 デルフリンガーにそういわれ、才人は立ち上がる。たわいもない会話のおかげか、心持ちはずいぶん楽になった。

 この伝説の剣はすべてを知っている。なにせ“生命”を最初に唱えた始祖の使い魔が持っていた剣なのだ。

 サーシャはブリミルを殺したという事実を、才人は思い出す。いま自分がいるこの聖地で、六千年前に、いま自分が握り締めている戦友を使って使い魔は守るべき主人に刃を向けたのだ。なんでそうなったのかは知らない。デルフリンガーだって最後まで語ってくれはしないだろう。だが自分より、戦友の方がいろいろと思うところがあるはずだ。

 それなのにこうやって軽口に応じてくれるデルフリンガーが、本当にありがたかった。

「それはそうと、相棒はほんとにかわいそうだね。嘆く暇すら、神さまはおまえさんにくれないらしい」

デルフリンガーが才人の身体を動かし、その切っ先を穴の中へと向ける。

 才人は近寄り、先程落ちた地割れの中を覗き込む。果てしない深淵の闇はどこまでも続き、才人は吸い込まれるような感覚を覚える。しかしリーヴスラシルを使いよく見ると、

小さい光が奥底にあった。あれがきっと風石の“核”というやつだろう。

端の方を見ると、巨石が地割れに飲み込まれていくのが見えた。未だに大地は裂け続けているらしい。そして、才人はデルフリンガーの言わんとすることに気付いた。

 「そっか、このままだと海水が流れこんじまうな」

忘れていたが、あくまで自分たちがいるここは浮かび上がってきた数リーグほどの小島だ。亀裂が海にさしかかれば当然、膨大な海水が一気になだれ込んでくるだろう。

 ・・・・・・せいぜい持って数時間、というところか。

「んで、どうすんだ?」

「俺に考えがあるけど、ちょっと歩くことになるな。デルフ、また力を貸してくれるか?」

「おうよ。このガンダールヴの左腕、デルフリンガーさまに任せやがれってんだ」

 その言葉と共に、身体がぐっと軽くなる。もう既に動かなくなっている足を、才人は引きずるように前へと動かす。

 “きみのご主人様を救うためには、リーヴスラシル・・・・・・きみの心臓を完全に破壊しなくちゃいけない。リーヴスラシルは担い手の負担の肩代わりと、そしてリセット機能を持ってる。リーヴスラシルが死ねばいまの担い手達は“虚無”を完全に失い、“虚無”は次の世代に移る。

 きみが死ねば、きみのご主人様から虚無は抜け落ちるだろう。だけど事態は深刻だ。フォルサテの虚無の継承者が大地の噴出口を閉じてしまった。精霊の力の溜まり方が異常になってる。もうこの世界は保たない。何日もしないうちに、半分どころか全部の大陸が浮かび上がるだろうね。

 だからきみにお願いする。この世界を救ってくれ。これはピンチでありチャンスなんだ。 いまそこに地割れが起きているだろ? その奥にこの世界の中心がある。精霊の力が魔法石へと変わる中核があるんだ。なんでもいい、ほんの少しそれを外部から刺激するだけでいい。あれはとても脆いから、それさえできればあとは勝手に自滅してくれるだろう。

 でも、あれは魔力で強力な結界を作って自らを覆ってる。やっかいなことに“解除”で解いてもすぐに再生するんだ。どんな魔法を使っても、あの結界には傷一つつけられない。 だから僕は結局この魔法・・・・・・“生命”に頼るしかなかった。

 見方を変えれば、世界だって生きている。だったら大地の機能の一部・・・・・・蓄積していく魔石の活動も操ることができるかもしれない。僕はそう考えて、生命を唱えようとしたのさ”

歩きながら才人は「誰か」から伝えられた情報を頭の中で再生し、才人は苦く笑う。

「はは、ひでえよなほんと・・・・・・」 

 ・・・・・・生きる希望など何一つ持つことは出来ない。もし自分が死んでも、心臓が完全に止まるまで・・・・・・細胞のひとつが尽きるまで、ルイズの症状は止まらない。だから才人は一刻も早く死にきらなければいけなかった。辺りを焼き尽くす圧殺的な爆風と、撒き散らされる死の光線。その中に身を投じて、身体の外と中を同時に破壊する必要があった。

 世界を救う? そんなのはただのついでに過ぎない。

 自分は大切なもののために、自らを殺めに往くのだ。

「相棒、ついたぜ」

 ・・・・・・考えている間に、才人は目的地へと足を運び終わっていた。

 眼前にあるのは巨石に支えられた、円筒形に小さい箱を載せたような物体。 

 そう、才人は海竜に連れてこられて見つけた、潜水艦の前に来ていた。

 「さて、と・・・・・・」

 才人は潜水艦の腹部に触れる。左手の甲が何かを伝えてくれることはないが、以前来たときに流れ込んできたおおまかな知識は、未だ才人の頭の中に残っている。

 大丈夫、あんまし大したことねえじゃねえか。どうしてもわかんねえことがあったらデルフに聞けばいいし・・・・・・

 自らに言い聞かせるように思うが、ため息しか出てこない。ガンダールヴのルーンはない。自分と愛しい人の間にあった絆は、もうそこには存在しないのだ。

 「・・・・・・デルフ、おぼろげにしか覚えてねえから手伝ってくれ。あと身体もよろしく」 「あいよ」

 胸を過ぎる寂しさを振り払い、才人は岩から岩へと飛び移り潜水艦の上に立つ。

 前に一度触ったときに、左手のルーンが教えてくれたことを才人は引っ張り出す。

 このサイロのミサイル発射は原子炉の熱による水蒸気で核ミサイルを水面まで押し出し、そこからロケットに点火するコールドローンチという仕組みを使っている。しかし原子炉を動かすための燃料棒はここには無い。なので、才人は起爆回路に組み込まれている指令信管を使い、核を起爆させるつもりだった。しかしそれには、三つの難関があった。

 まず一つ目は、ミサイルハッチを破壊してサイロの中に入ること。核ミサイルは海中から打ち上げるため、圧力や浸水に耐えられるようハッチは船体より頑丈に出来ているのだ。

「えーと・・・・・・ここでいいか」

 円状の切れ目が入っている箇所を見つけ、その切れ目に才人は切っ先を落とす。自分でも切れるかどうかは分からない。いくらデルフリンガーの切れ味が鋭いといえど、この疲弊しきった身体で振るうとなれば話は別なのだ。

 しかしそれは杞憂に終わった。デルフリンガーの助力によりぶ厚い鉄板は一太刀であっけなく両断され、その中から直径一メイル程の巨大な円柱が姿を現した。

 「で、問題は・・・・・・」

 サイロの中を覗き込み、才人は思わず嘆息する。予想通りサイロの中は狭く、深かった。核ミサイルはびっちり収められていて、サイロ内の隙間なんて腕が入るか入らないかぐらい。“生命”の詠唱によってか太陽も雲に覆い隠されているので、その隙間を埋める闇の色は深かった。

 才人は考える。正直参った。こんな狭い隙間しかないのではデルフリンガーを差し込んでも振り回すことはままならない。それにこれでは、ミサイルの様子を見ながら作業することが出来ない。もし核ミサイルを解体するなら、乗用車数台分の重量を一人で運搬する必要があった。

 それかいっそのこと潜水艦の底をくり抜いた方が早いかもしれないが、その場合サイロからすっぽ抜けた核ミサイルが地面に衝突したはずみでおじゃんになってしまう可能性があった。核の構造は精密で、少しの外部要素があっても誘爆は出来なくなるのだった。

 他にも色々考えるが、どれも行動に移すには時間がかかりすぎるし、第一まず自分の身体が保つかも怪しい。

  「うーん・・・・・・」

 才人は唸る。二つめの難関、核の摘出は難しい。考えれば考えるほど、仲間たちの、愛しいルイズの笑顔が頭に張り付く。それを失いたくないと強く思い、焦りは更に加速していく。時間だけが過ぎていくような錯覚を覚える。

 そのとき、突然腰に差していた伝説が口を開いた。

「相棒、おれにまかせろ。ようはその穴の中に入ってるみさいるってヤツをぶった斬って、中から爆薬をとりだしゃあいいんだろ?」

「・・・・・・そうだけど、具体的にどうするつもりなんだ? あんな狭い場所じゃお前を振り回せねえぞ? なにか方法があるのか?」

「悪いがいまは言いたくねえ。まあいいからちょっと待ってろ」

才人は困る。恐らく言葉を濁すということは成功の割合はさほど高くない、ということだろう。そんな着想的な策を試すほどの余裕はない。時間がないのだ。

 かといっていまの自分にまともなアイデアはないし、それどころか自分が先程思いついた考えの方が現実的ではない。だから結局、才人は言われた通りにすることにした。

「待たせたな」

「で、どうすんだ?」

「とりあえず俺から手え放してみな。そしたら分かる」

 言われるがまま、才人は足元に刀を落とす。すると、おかしなことが起きた。

 スン、とまるで水にでも沈むように、日本刀は何の抵抗もなく鋼鉄の船体を柄まで通してしまったではないか。

 「・・・・・・はぁあああ?」

 こんなに愛刀の切れ味はよかったのだろうか。目をこするが、夢ではない。才人が刀身を覗き込むと、その刃が青白い光を帯びていることに気付いた。

 ふと過去が才人の頭を掠める。ドゥードゥーのブレイド。弾け飛んだデルフリンガー。 “竜の巣”に向かう途中、小舟の上で起こった出来事が才人の頭に浮かび上がる。

 ・・・・・・やばいッ!

 「ちょ、おま、デルフッ!!」

 才人はそれが愛刀自身の魔力であることを認識すると、すぐさま制止の声をかける。焦りと動揺のあまりに言葉として成立していなかったが、長年の戦友には通じたようだった。

「ん、なんだ相棒? どうかしたのか?」

 「今すぐこれやめろ、このバカ野郎!!!」

  何気ないような戦友の口調に、才人は激怒する。冗談じゃない。いま自分が身体を動かせるのは、デルフリンガーのおかげだ。それなのにこれ以上負担をかけたらどうなるか。

 魔力の吸い込みすぎでは、デルフリンガーは生き返ることができた。恐らくその意思自体に魔力が溶け合い、一つのものとして成り立っているからだろう。

 ならば、もしその自身の魔力を使い果たしてしまったならば・・・・・・? 

 想像するのは難くなかった。そんなことは絶対に、許すことはできない。

「・・・・・・ほらな、だから言いたくなかったんだよ。事前に何するか説明しちまったら、相棒、間違いなく話すら聞かなかっただろ」

 才人の剣幕にデルフリンガーは嘆息しながらも、まあ、なんか思い出したくなかった他の理由もあるにはあったんだけどよ・・・・・・もう忘れちまったからいいんだけどよ・・・・・・

とぶちぶち言いながら、渋々といった様子で一旦刃に纏わせる魔力を止める。

 青黒い刀身が元へと戻るが、ピシッ、という聞き覚えのあるイヤな音が才人の耳の奥に響いた。才人が戦友を見ると、切っ先の刃がボロボロと崩れ落ち、空気に溶けて消えていった。

 しかし、それを気にした風もなく伝説の剣は話を続ける。

「だったら相棒、お前さんに何か他に考えがあるのか?」

「・・・・・・」

才人は口ごもる。これ以上の方法はない。だが・・・・・・、

「安心しろ、死にはしねえ。お前さんの最後にはちゃんと付き合ってやるよ。それとも何だ、もしかして相棒はおれを使い捨てるつもりだったのか? “ごめん、やっぱお前はつれていけない”っていって、散々手伝わせたあとおれをそこらのテキトーな地面に植えて、嬢ちゃんたちにあとから拾ってもらおうとか思ってやがったのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 図星だった。元より、才人にデルフリンガーを道連れにする気は微塵もなかったのだ。

 だがもう身体はろくに動かない。だけどどうしても動かさなければいけない。だから才人はデルフリンガーの力を借り、自力で出来ない仕事をやってもらうしか方法はなかった。 人の身ならば耐えられない程の爆風も、周囲に死を撒き散らす放射能も、デルフリンガーならば耐えられる。この愛刀が依り代とする日本刀には“固定化”がかけられているので、熱や放射線が影響することもない。才人は心配はしていなかった。

 ・・・・・・しかし、握る愛刀の先端には刃はもうない。それどころか凝視するとじわりじわりと、刃が空気に溶けていくのが見て取れた。これではもし置いていったとしても、消滅するのは時間の問題だろう。

「相棒が結局は一人で向かおうとしてたのは分かってた。だが俺もそう保たねえ。ああ、さっき魔力を纏ったのが引き金じゃねえぞ? あの神官を操るとき、嬢ちゃん助けるためにお前さんの身体を動かしたとき、もう既にだいぶ魔力をつかっちまったのさ。

 ・・・・・・お前さんの口から聞きてえ。頼む、俺を連れてってくれ。もう置いてかれるのはサーシャの時だけで十分だ。俺はお前さんの、ヒラガ・サイトの左腕として死にたい」

「・・・・・・いいのか? 俺はもうガンダールヴじゃねえんだぞ?」

「そんなことどうでもいいさ、これも運命ってやつよ。六千年間いろんなやつの手に渡って生きてきたが、まさかまたガンダールヴに握られるとは思わなかったもんなあ・・・・・・。 それにお前さんと過ごした時間は、サーシャと一緒にいたときみたいに退屈しなかったからな。その恩も返してえし、おれもこの因縁にいいかげんケリをつけてえ。・・・・・・これだけの理由じゃ足りねえか?」

「いや、十分だ」

  戦友の願いを聞きいれながら、才人の口元は思わず緩む。その言葉が嬉しかった。笑い飛ばしてごまかして、心の奥底に閉じこめていた恐怖が、不安が溶けていく。

 「・・・・・・ありがとな、デルフリンガー」

 「何みずくせえこといってんだ。それよりも早くこれをバラすぜ」

 デルフリンガーの刀身が、再び青黒い色に染まる。才人はそれを見て、自らの身体の主導権を半ば強引にデルフリンガーから奪い取る。

 「!! ・・・・・・う、ぐうッ!!!」

 思った以上に、戦友に背負わせていた負担は大きいものだった。軽かった身体が鉛のように重くなり、身体が軋む。収まっていた激痛が節々から噴き出してくる。もはや呼吸をするのがやっとの状態。それでも才人は何とか両足を踏みしめて体勢を立て直す。

「おい相棒、なに無茶やってやがんだ!! そんなボロボロの身体で動いたりしたら激痛のショックで死んじまうぞ!?」

「・・・・・・おまえだって、二つのこと、同時にやってたら無理が、あるだろ?」

「そりゃそうだが・・・・・・」

「だったら片方、俺にやらせてくれ・・・・・・大丈夫、早く終わらせれば、俺もお前も死なない、はずだ・・・・・・」

 「・・・・・・急ぐぜ。それじゃあ、そこをくり抜いてくれ」

 「ああ・・・・・・」

 サイロの中に刃を入れ軽く引き、才人は穴を広げていく。鋼鉄はまるで粘土のように容易く切断されていき、核の姿が現れた。

「まずはそこの筋に沿って剣を当てな。深さはこっちで指定するから、慎重にやってくれ」

 「矛盾してる、ぞ・・・・・・。急ぎながら、慎重に、なんて、できねえ、よッ・・・・・・」

 「細かいことは良いじゃねえか・・・・・・ああ、そこまでだ。次はそっから・・・・・・」

 恐るべき速さで、才人は愛刀と共に核ミサイルを解体していく。

 「次、そこらへんからあの辺りまで。深さはさっきより浅くだ」

 「じゃあ、ここから、ここ、までは深めで、いいの、か?」

 「いや、そりゃあぶねえ。ほどほどで頼む」

 「・・・・・・わかっ、た」

 少し手元が狂ってしまえばどうなるか分からないというのに、才人とデルフリンガーは曖昧な言葉を使う。しかしその刃は一分の淀みなく沈んでいき、内部の構造が次第にあらわになっていく。いくつもの戦場を共に駆けた一人と一振りだからこそ出来る芸当だった。

 ・・・・・・そして、信管と数個の核弾頭が中から現れた。

 「・・・・・・お疲れさん、相棒。終わったぜ」

 才人は額の汗を拭う。あとはこの信管と弾頭をそれぞれ分けてあの場所に持って行くだけだ。弾頭は一つで事足りるから、移動は信管と弾頭の二往復で済む。恐らくこの弾頭一つでも百キロは下らない重さだろうが、幸いリーヴスラシルのルーンはまだ使える。さらにデルフリンガーにも少し力を貸してもらえば、運搬はそう難しいことではない。

 「・・・・・・」

 ・・・・・・あれ? 

 身体が動かない。意識がぼやけていく。胸のルーンの副作用だろうか。

 一瞬意識が飛ばされたのと同時に、強烈な地揺れが才人を襲った。おぼろげな思考でバランスを取ることもままならず、切り崩した潜水艦の残骸に才人は足元をすくわれる。

 「あぶねえ! しっかりしろ相棒!」

 注意を喚起するが、既に才人の身体は大きく傾いている。このままでは艦上から転げ落ち、十数メイルの高さから地上へと落下していくだろう。間違いなく、死は免れない。

 そう判断したあとのデルフリンガーの行動は素早かった。すぐさま才人の身体を動かすと、自らを突き立てて倒れゆく身体を支える。

しかし、地震は収まらない。振動は一層激しくなり、辺り一帯を丸ごと壊し尽くしていく。支えている岩が崩れたか、一瞬の浮遊感のあと地べたに叩きつけられたような衝撃が才人を襲う。目まぐるしく揺れる視界に、思考がついていかない。デルフリンガーにしがみつくのが精一杯だった。

 キィイイイィィ・・・・・・ン。

 揺れが収まると同時に、ふと甲高い金属音が辺りに響き渡る。ぼやけた視界がクリアになっていき、頭もはっきりしていく。

 自分を支えてくれた戦友の姿を認識して才人は愕然とする。先程亀裂が入った刀の腹から、日本刀の刀身は真っ二つに折れていた。 

 「・・・・・・デルフ? デルフゥウッ!!」

 「まだ、まだ大丈夫だ。たぶんいっときは保つと思う。どうせ死にに行くんだ。寿命が延びようが縮もうがそうたいしてかわらねえだろ」

 ・・・・・・もう俺も潮時だな・・・・・・

 魔力を失い消滅していく自らの半身を眺めながら、感じる喪失感に伝説は小さく舌打ちをする。とっさのことだったので、デルフリンガーは自らが纏う魔力を消さずに才人の身体を操ってしまったのだった。

 元素の兄弟の一人に“ブレイド”でやられたときは、ガンダールヴの左手に刻まれたルーンを経由して他の物体、この刀に乗り移ることができた。

 ・・・・・・しかし、それはもうできない。才人の身体に、もはやルーンはない。第一、他のものに移り変わる魔力自体がもう残っていない。

 「しっかし相棒、まずいことになったぜ。足元を見な」 

 「・・・・・・?? ・・・・・・!!!」

 突如話を変えたデルフリンガーへの疑問は、その光景を見た瞬間に即座に氷解した。

 既に何十年も海の底に沈み劣化した船体は才人が核ミサイルのため周囲を斬り刻んだこともあってか、先程の墜落の衝撃で地に落ちたザクロのように内部をさらけ出していた。そして愛刀が命を削り、自らも激痛に耐え抜いてまで摘出した核弾頭は、十メイル下方の地面に転がっていた。

 「くそッ・・・・・・」

 あれだけの衝撃だ、まず核の起爆装置は死んでいる。これからまた、同じ作業を繰り返してまた核を取り出すのか? ・・・・・・無理だ。自分と愛刀の身体はもうとうに限界を超えている。もういちどやれば、間違いなくどちらかの命が失われるのは目に見えていた。自分が死んでもデルフリンガーがこの世から消滅しても、ルイズもこの世界も救えない。

 「! 悪い相棒、ちょいと身体を借りるぜ」

 そういうなり、デルフリンガーは完全に才人の身体を乗っ取り動かすが、才人は気に留めず深呼吸し、更に思考を深める。

 さっきの地震で、眼前の大地を二つに分断する裂け目は広がった。もはや猶予はない。一刻も早く、あの割れ目の深部にあるという風石の核を破壊しなくてはならない。

 でも何を使って? どうやって? もう核は使えない。あのどこかで聞き覚えのある声の主の言うことに従うにはこれしかなかったというのに。八方塞がりにもほどがある。

 「どうする・・・・・・。どうすれば・・・・・・」

 「・・・・・・ほぉ、こいつはおもしれえ。なあなあ相棒」

 「悪いデルフ、話は後に・・・・・・」

 「いいから前見ろ」

 してくれ、と続けようとした才人の口がデルフリンガーによって閉ざされ、沈んでいた頭がぐいっと持ち上げられる。

 「何だよ、ッたくもう・・・・・・」

 こんな時でも奔放な愛刀に抗議しながら従うと、そこには思いがけないものがあった。

  言葉を失い目を見開きながら、才人はその物体を凝視する。潜水艦の残骸が辺りに散らばるなか、ぽつんとひとつ置いてある“それ”。

 どっしりと開いた三脚の上に、ロケットランチャーを更に伸ばしたというような二メイルはあろうかという茶色い砲身。その先端には、真っ黒な小型の魚雷のようなものがくっついている。砲身の太さに不釣り合いなその大きさは、見る者に強烈な違和感を与える。

 才人がその名を知っているのは、まったくの偶然だった。中学生の頃にやっていたゲームの中の敵が使っていただけ。ただそのばかげた破壊力に驚き思わずネットで調べ、その効力の残忍性を知ってしまった兵器。半径200mを跡形もなく吹き飛ばし、直径一キロにいる人間に強烈な放射線を浴びせて半日で死に至らせる。

 個人で運用できる武器では恐らく最強。人を殺すことに特化した、最悪の兵器。

 「・・・・・・デイビー・クロケット・・・・・・」

 アメリカの英雄にちなんでつけられたその名が、才人の口から漏れ出す。

「あいつもなかなか気がきくじゃねえか。まあ、始祖って呼ばれてんだからこんくれえはやってもらわねえと困るってもんだ」

「ああ、そうだな・・・・・・」

 確かにこれなら中核を破壊しても自分の身体も跡形もなく吹き飛ぶだろうし、これだけの破壊力があれば問題ない。

 しかしこの英雄は以前テキサスがアメリカの州になる前、メキシコから独立するときの戦いで自爆したという話があると中学校の教師の雑談で才人は聞いていた。

 「・・・・・・ブリミルさんよ、やっぱあんたヌケてんな」

 才人は「誰か」がやはり始祖ブリミルであることを確信し、ここにはいない彼に苦笑いを送る。ルイズから始祖の祈祷書の話を聞いたときは大笑いしたが、今回はちょっとリアクションに困る。“自爆”の言葉を思い出させるこの兵器を背負って、そのイメージの通りに玉砕しに才人は行くのだ。

 もちろんその英雄の話を始祖が知る訳もないだろうが、まったくなんちゅう皮肉だ。

 なんだか微妙にブルーな気分になってしまった才人に、愛刀が断りをいれる。

 「相棒、これいらないもん切り落として軽くするからまたちょいと身体を借りるぜ」

 「ああ、よろしく頼む」

 デルフリンガーの提案に、才人は快く承諾する。ガンダールヴのルーンが消えたいま、もう自分にこの武器は扱えない。愛刀は自分の身体を使い、手際よく三脚や余計な部分を切り落としてデイビー・クロケットを軽量化していく。

 「なあ相棒。歩きながら暇潰しにちょっとばかし話さねえか?」

 「・・・・・・そうだな。黙ってこんな重いの運ぶのはつまんねえもんな」

 巨大な砲身を肩に担ぎながら、才人はある不安に駆られる。 

 きっとこの戦友は、伝えられるだけの情報を才人にいま伝えようとしているのだろう。きっと自分が制止の言葉を投げかけても、もう小舟の上や先程の核解体の時のように言うことを聞いてはくれない。ならば心して聞こう。それがここまで付き合ってくれた戦友に対する誠意というものだ。

 才人はそう思い腹をくくる。しかし六千年を生きる伝説が話し始めたのは、正直どうでもいいようなたわいもない雑談だった。内容はブリミルとサーシャがやってきた失敗や笑い話などが主でこれがなかなか面白く、拍子抜けしながらも才人は愛刀の話に耳を傾けた。

 「そうそう、あの“みさいる”解体するとき、おれが魔力を纏ったのは驚いただろ?」

 「ああ、お前そんなこと出来るなんていままで一度も言わなかったからな。あんなに切れ味よくなるんだったらもっと早く言ってくれればよかったのに」

 「だって相棒メイジとばっか戦ってたから使いどころねえんだもん。だいたいお前さんが俺を握って斬れないもんなんてなかっただろうが」

 「それもそうだな。それに毎回毎回お前がボロボロになってたら笑い話だもんな」

  話しながら、才人は心の中でホッと安堵の息をつく。こんな話だったら大歓迎だ。

 六千年前に何があったのか、なぜサーシャがブリミルを殺したのか。そこに至る経緯もその理由も知りたかったが、残り少ない戦友の命を更に削ってでも聞こうとは才人は思わなかった。

 「・・・・・・あのとき相棒にいろいろ説明すんのおれ渋ってただろ? あれな、相棒に止められねえようにってだけじゃねえんだ。もういっこ理由があんだよ」

 「理由?」

 「そ、つってもさっき思い出したんだけどな。でもイヤなイメージだけが頭んなか残ってて、ずっとあれ使いたくなかったんだ。だからいくら相棒でも教えたくなかったのさ。ああ、あれほどイヤなことはなかった。だってよ・・・・・・」

 デルフリンガーはゆっくりと語り始めた。むかしサーシャとブリミルにそのことを知られてから、自分がどんなふうに扱われたかを。

 デルフリンガーがどんなものでも紙きれのように切ることができることを知ったサーシャとブリミルは、これ幸いと木材を伐採したり、石材を採取したりと土木工事に彼を使うこともあった。ヴァリヤーグが攻めてくるそのつどに各地を転々としなければならなかったマギ族は、布や木で作ったテントを立てて細々と生活していた。彼らにはまだ魔法を使えるようになって日が浅く、現代のハルケギニアのように魔法で岩や木をきれいに切り揃えることが出来ない。しかしデルフリンガーのおかげで、短期間で何軒もの家を建てる術をマギ族は得たのだった。

 「サーシャのやつ使い方荒えし、おれが疲れたっつっても“あとからたっぷり魔法吸わせてあげるから”つって日が暮れても使い続ける始末だったんだぜ・・・・・・。おれ何回今みたいに折れようとしたか数えきれねえよ・・・・・・」

 「・・・・・・ぷっ、くくっ・・・・・・」

 「あ、相棒ひでえ。でもほんとにひどかったんだぜ? サーシャもブリミルもおれを便利なナイフみてえな扱いしやがって。おれ一応伝説の剣デルフリンガー様だぜ? 一体何が悲しくて木い切ったり岩切ったりしなきゃならんのよ・・・・・・」

「わ、悪いデルフ、笑うつもりはなかった、でも・・・・・・くくくっ」

 こらえようと必死に腹に力を込めるが、デルフリンガーのあまりな反応に才人は再度噴き出してしまう。ハルケギニアに来てから、この伝説と一緒に過ごした時間は誰よりも長い。才人は今まで戦友のことをいつでものんきなお喋り剣とばかり思っていたが、こんな神経質な一面も持ち合わせているとは知らなかった。そしていつものおちゃらけた調子とのギャップがまた面白くて、才人のツボにはまってしまうのだ。

 「ったく、なんで歴代のガンダールヴも主人も俺をちゃんと剣の扱いしてくれねえかなあ。サーシャはヴァリヤーグと戦うときと同じくらいおれを家建てるのに使うし、ブリミルのやつは俺にいろんな虚無ぶっ込んで実験台にしちまうし。・・・・・・まあお陰でいろんなこと出来るようになったけど。

 相棒は暇になったときしか俺を抜いてくれなかったし、嬢ちゃんに至っては俺を使い魔の気を引くお色気作戦? とかしょーもないことで相談しにくるし・・・・・・散々だった。だったけど、まあ楽しめたから満足してるよ」

 「・・・・・・」

 「なにしけた顔してんだ相棒。冗談だよ冗談」

 本当に悪いと思っていたのか、笑うのをやめ真面目に聞き始めてしまった才人にデルフリンガーはカタカタと笑い、いつもの口調に戻る。才人はハメられたことに気付いた。先程の神経質な口調も突然落ち込むような様子も、全部愛刀の演技だったのだ。

 「どうだった? 六千年前の話の方がよかったか?」

 「いや、お前の話の方がよかったよ。面白かった」

 愛刀に元気づけられ、才人は微笑む。身体が動かないからという理由だけで、道連れにしてしまったことは悪いと思っている。だが愛刀がいまこうやって一緒にいてくれてよかったと、才人は思った。

そう話している間に、もう目前には巨大な裂け目が現れていた。向こう岸まではもう数百メイルは下らない。ということは、落ちるにしても相当の距離を跳ばなければならない。才人が深呼吸をしていると、伝説の剣が小さく呟いた。

  「・・・・・・相棒、笑ってくれてありがとな」

「なんだよいきなり。それに礼を言うのは俺の方だよ、こんなに付き合ってくれて」

 「いや、やっぱりおれだよ。・・・・・・サーシャは最後、泣いてたから。だから相棒は笑ってくれたらいいなって思ったんだ。だから今にも死にそうなお前さんに、こんなつまんねえ話しちまった。本当にありがとな、ヒラガサイト。おれのわがままに付き合ってくれて」

 「・・・・・・デルフ・・・・・・」

才人は何か言おうとしたが、開いた口をそのまま閉じる。六千年前の過去を才人は知らない。そんな自分が何を言おうと、愛刀には気休めにもならない。

 「あとごめんな、ブリミルとサーシャのこと話せなくて。おれの身体、やっぱあんましもたねえみたいだったから出来なかったんだ」

 「いいよそんくらい。続きは本人たちから直接聞いてみるよ」

 だから才人は、笑って答える。その代わりといって出来ることとしてはあまりにもちっぽけなことだったが、何もしないで黙っているよりはずっといいと思った。

「ほー、最後の最後に相棒もかっこつけるのがサマになる男になれたじゃねえか!」

  そしてそれを聞いてか、デルフリンガーもカタカタと笑う。

 「・・・・・・ほらよ、もう話は終わりだ。行くぞデルフリンガー」

 「おおよ! ガンダールヴの死に様、この伝説が見届けてやるよ!」

 才人はクロケットを穴に向け思いっきり放り投げ、自身もそれを追うように跳ぶ。

 タイミングを見誤ればそこで終わりだ。投げ上げたクロケットに追いつかなくても、追い越してしまってもいけない。更に落下中に体勢を立て直し、デルフリンガーを握っていない片手だけでクロケットを下方に構えなければいけない。手間取れば当然地底に叩きつけられるし、かといって焦ってしまえばデルフリンガーを取り落としかねない。

 しかし今まで散々なことがあった分の運が巡ってきたようで、どれも心配するようなことは起きなかった。丁度穴の中央で才人はクロケットをキャッチし、手早く慎重に自分の身体と砲身の体勢を整えた。砲身を足で固定し、そっとトリガーに指を添える。眼下に光る“核”は徐々に大きくなっていくが、まだ距離が足りない。まだ、まだ・・・・・・。

 そのとき、ふと才人の頭に走馬燈が流れ始めた。

 

 ルイズと初めて会ったとき。出会い頭にキスされて、左手にルーン刻まれて使い魔呼ばわりされて、いきなりギーシュのワルキューレやらフーケのゴーレムやらと戦わされて。

舞踏会で微笑んだルイズが可愛くて惚れてしまった。それからいろんなことがあった。

 

 ワルドのやつがルイズと結婚しようとか言い出して、やきもち焼いてワルドと決闘して負けて、自分の弱さにふて腐れてルイズと別れた。でも結局ルイズのピンチで乗ってたフネから飛び降りちまって、またワルドと戦って。アルビオンの勇敢な王子に誓いを立てて、帰りのシルフィードの上で寝ているルイズにキスしたりもした。もしかしたらあの瞬間に、使い魔と主人は思い合うようになっていたのかもしれない。

 

 ゼロ戦に乗りタルブの平原の上空で戦って、ルイズが虚無に目覚めた。それからがまた大変だった。姫さまがウェールズ王子の亡骸に惑わされて、ラクドリアンの湖畔で王子に別れを告げた。姫さまの任務で“魅惑の妖精”亭で働いて、小舟の上でルイズに告白した。今思い返せばあの時が平賀才人の、一世一代の大勝負と呼べる時だったのだろう。勝率が高すぎたと思えなくもないが。

 

 アルビオンに出征したときは、今でも昨日のことのように覚えている。ダータルネスに向かう途中で竜騎士隊のみんなが死んだと思って、ルイズと自分が生きる世界の違いに気付き始めて悲しくなって。しんがりを任じられたルイズに告白して眠り薬で眠らせたあと、ルイズの代わりに七万の軍勢に突っ込んだ。今もこうやって、ルイズのために自分は死地へわざわざ身を投げうっている。ほんと、俺ってあいつのこと好きすぎるんだな。

 

 ウエストウッドでティファニアに助けられて、自分を磨き直して強くなった。ジョゼフの使い魔がルイズを襲って、目の前に開いたゲートをくぐって助けに行った。ミョズニトニルンが繰り出す人形をガンダールヴ無しで倒した。もう一回契約して、自分はルイズの使い魔にしてもらった。正直、あの夜言った“これがむね?”発言は今でも後悔している。 

 トリステインに帰ってから、水精霊騎士隊の副隊長に任命された。スレイプニイルの舞踏会でルイズと姫さまを間違えた。逃げるルイズを追いかけて、ジョゼフの命令を受けたタバサに殺されそうになった。なんとか説得してルイズを追いかけたが、ガーゴイルの群れに囲まれた。死を覚悟したけど、結局オストラント号をひっさげて帰ってきたコルベール先生に救われた。死んだはずの先生と再会して自分の世界に連れて行くと再び約束したが、残念ながらそれは守れそうにない。ごめんな、先生。

 

 ジョゼフに背いたタバサが、ビターシャルと戦って捕まった。シルフィードが人間になって知らせに来て、助けに行くと王宮に報告したら姫さまに捕まった。コルベール先生や水精霊騎士隊の攪乱で、アーハンブラ城に辿り着いた。ルイズの“解除”で反射を切り裂いてビターシャルを退け、タバサを助けた。予想外のことがありすぎた救出劇だったが、牢屋に入ったとき貴族のマントを羽織っていなかったルイズの姿は絶対に忘れられない。

 

ルイズの家にもっかい行って、ルイズのことを案じるルイズの母や姉の姿を見て自分も家族のことを恋しく思った。姫さまの命令でティファニアを迎えに行ったら、いきなりみんなにはがいじめにされて偽りの記憶とやらを消された。勝手に決めやがってとルイズに腹が立ったが、帰りの船の上で可愛かったので許してしまった。やっぱヌケてるんだな俺。


 ティファニアが自分はハーフエルフだと学院の生徒たちに告白して、ベアトリスに異端審問にかけられそうになったこともあった。水精霊騎士隊のみんなでベアトリスお抱えの騎士団と戦った。傷だらけになったしティファニアの例の“アレ”のせいでルイズともケンカするハメになったが、マリコルヌの「ともだち」という言葉でこのハルケギニアに住もうかと思い始めた。あのぽっちゃりさんもたまには良いことを言うのだ。


ロマリアでは本当に散々な目に遭った。入国するなり聖堂騎士隊とドンパチになるし、ノートパソコンに映る母からのメールを見て泣いていたらルイズに眠り薬で眠らされた。目が覚めたらそこは六千年前のハルケギニアで、ブリミルとサーシャがいて。ヴァリヤーグと戦ったあと促されるままゲートをくぐったら、またルイズがピンチで。しかも自分との記憶をティファニアに消してもらってて、再会しても全然覚えてなくて。ふざけんなと思った。だがギーシュの一言を聞いて、ルイズのことを更に愛しく思うようになった。許してしまうのもしょうがないと思う。最初に惚れてしまった自分の方が負けなのである。

 

 ガリア進軍中は・・・・・・あまり思い出したくない。自分がルイズと将来のことを語り合ったり水精霊騎士隊のみんなと楽しく騒いだりしたように、あの艦隊に乗っていた何千、何万もの兵士たちだって、戦争が終わればそんなふうに大切な人や友人と笑い合えていたはずなのだ。なのに、あの火石のせいで艦隊は消滅してしまった。そんな大殺戮を平然と出来たジョゼフは間違いなく狂っていたのだろう。だがその狂気の裏にある人間らしさが才人は怖かった。少し何かを間違えたら、自分もああなりかねない。そう思った。実際潜水艦で核を見つけたとき、自分はジョゼフと同じことを一瞬とはいえ考えてしまったのだ。

 

戦争が終わって、姫さまに城をもらった。ルイズの言う「貴族の作法」にうんざりしてワインを取りに地下室に行ったら、姫さまの王宮と繋がっていた。それで、・・・・・・姫さまと唇を重ねた所をルイズに見られちまった。自分から逃げるルイズを追いかける途中で、元素の兄弟に出くわした。戦いの最中、デルフリンガーを失った。悲しみに暮れる自分の頬を、シエスタが張って叱咤してくれた。

 それからみんなでハルケギニア中を探し回った。姫さまの命でガリアに向かい、帰る途中で元素の兄弟に待ち伏せされた。殺されそうになってみっともなく泣いてたら、ルイズが助けに来てくれた。「なっさけないわね」そういいながらも自分を見捨てず来てくれたのが嬉しかった。ヴェルサルテイル宮殿の噴水の前で、お互いの気持ちを確かめ合った。抱きしめたルイズの身体は柔らかくて、温かくて、思わず泣きそうになった。このまま死んでも良い。そう思えるほど、あの瞬間は自分に幸せを感じさせてくれた。

 

ロマリアの陰謀でタバサが監禁され、双子の妹のジョゼットが彼女になりすましているのを知りタバサ奪還作戦を決行した。ジュリオとアズーロの上で殴り合い、大隆起のことを知った。自分と同い年くらいの少年は自らを殺し、当たり前といわんばかりに重いものを背負っていた。秘密を守るため人を裏切り、嘘をつき続けなければならないのが辛いとぼろぼろ泣くジュリオを目の当たりにして、自分には何が出来るだろうかと考え始めるようになった。・・・・・・まあ、それを信じてまたこうしてハメられてしまったのだが、それでもあのときヴィンダールヴが流した涙は本物だったのだろうなと思っているのはなんかカンにさわるので秘密だ。

   

 突然元素の兄弟がド・オルニエールに闇討ちしてきて、どさくさでティファニアと一緒にルクシャナたちに拉致られた。なにがなにやら分からないまま“カスバ”に連れてこられた。混血だの恥さらしだのと罵倒されティファニアが傷ついた。その涙を見ていられなくて励ましたら、好きかもしれないと言われた。ルクシャナに脱走の手引きをしてもらいアリィーと戦い、小舟の上で改めて好きと告白された。きっと一時の気の迷い。そう思い、自分は真剣なその気持ちを軽く受け止めてしまった。

 竜の巣を訪れて海母と出会った。エルフの水軍に見つかり、自分の油断で危うくティファニアを失いかけた。サモン・サーヴァントで使い魔の契約を交わす間も怖くて怖くてたまらなかった。誰よりも優しいハーフエルフの女の子が、自分の目の前からいなくなると思うとぞっとした。幸いティファニアは一命をとりとめたが、自分は自らの弱さに気づき、元素の兄弟と戦った時から感じていた情けなさを思い知った。もう二度と大切な人が傷つかないように、強くなってやると誓った。


 ファーティマが起きて、寝ているティファニアを殺そうとした。迫り来る殺意から主人を守る最中に胸のルーン・・・・・・リーヴスラシルの力を知り、ティファニアの虚無でファーティマの壮絶な過去を見た。戦意を喪失したファーティマが眠ったあと、ティファニアに「使い魔のことはルイズに言わない」と約束してしまった。「もう隠し事はしたくない」ド・オルニエールの屋敷のソファーでルイズにもそう言った。二人の主人の間で自分の心はさらに揺れ動き、迷いはより深いものになった。

 ガリアに着いてジュリオにルイズとすれ違ったと聞かされ、急いでゼロ戦に乗り込んだ。

ルクシャナとティファニアもついてきて、コルベールの想いが詰まったゼロ戦で何隻もの戦艦と渡り合った。アディール郊外の森でワルドとフーケ、それに元素の兄弟と遭遇してルイズたちの救出に手を貸してもらった。竜の巣に向かう小舟でデルフリンガーにブリミルとサーシャの話を聞いた。ティファニアとの約束を守るため、ルイズに嘘をついてひとり泣いた。様子がおかしいと心配してくれたルイズに胸のルーンを見られた。自分の元を去っていくルイズを見て、この世界からいなくなろうと海竜の顎に身を委ねようとしたティファニアを間一髪の所で助けた。ルイズと仲直りして、ジュリオと戦って、空から落ちてくるご主人様をまた助け、そしていま、自分はこの世から消えようとしている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 頭を流れる走馬燈が止む。今まで何度も見てきたが、こんなに長いものは初めてだった。


 「相棒」「ああ」


 愛刀の声に短く答える。光の球・・・・・・風石の中核は、もう眼前に迫っていた。


 ・・・・・・この世界に来てから、本当に、本当にいろんなことがあった。初めて好きになった女の子ができた。その女の子から、全ての出会いは始まった。


 よく喋る伝説の剣、脳天気で料理が上手いメイド、無口な青髪の風使い、心優しいハーフエルフ、命を預けられる戦友、心を許せる愉快な仲間、忠義を尽くせる女王様、自分の世界の話を聞いてくれるおもしろおかしな先生、無骨で厳しいが根は優しい剣の師に巡り会った。

 

 嬉しいことも、悲しいこともいっぱいあった。でもあの桃色の女の子が連れ回してくれた世界は、見せてくれた景色は、引き合わせてくれた人々は、地球でなんの意味もなく過ごしていた自分に生きることの素晴らしさを教えてくれた。


だからいま、こうやって才人はハルケギニアを救うのだ。


 “守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるのだ”

 

  ・・・・・・ああ、そっか。


 ニューカッスル城でのウェールズ王子の言葉が蘇る。

 “何を守るんですか? 名誉? 誇り? そんなもののために死ぬなんて馬鹿げてる”

 あのとき自分はそう言い・・・・・・そしてワルドと戦った直後、向かってくる5万の大軍から気を失ったルイズを守ろうとしてその言葉の重みを知った。

それでも心のどこかで、彼の言葉には納得がいかなかったのだが・・・・・・でも、今なら分かる。


 彼の“守るべきもの”とはそんなものじゃなかった。アルビオンの王子は、愛するアンリエッタの為に戦うことを選んだ。彼女が笑って生きれるように。彼女を囲むその全てを守るために、彼女の幸せを願って死んでいったのだ。

 

 “勇敢な王子さま。どうか俺に、力を貸してください”

 

  才人はそう心に念じ、クロケットのトリガーを引いた。 光の球の中に黒い弾頭が吸い込まれていき、直後に辺りが光に包まれる。幻覚だろうか、その光の中に才人はラクドリアンの湖の底に沈んでいるはずのウェールズの姿を見た。彼は満足そうに笑って、すぐに消えていった。

手足の感覚がなくなっていく。才人の視界も、次第にぼやけてきた。


 “ルイズ、・・・・・・ルイズ”


 才人は虚空へと呼びかけるが、意識が薄れてきたからだろうか。

 そこに愛する少女の姿は、浮かんではくれない。

 

 “ごめんな・・・・・・でも、これだけは言わせてくれ・・・・・・”

 

一抹の寂しさを覚えながらも、才人は満足していた。

愛するもののために死ねたのだ。 何一つ、悔いはない。


  “愛してる。俺は、お前の使い魔で、本当に、幸せだった・・・・・・”


 才人の身体が光に包まれた直後、全てが轟音と共に消滅した。

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