勝手にゼロの使い魔 21巻
カゲヤマ
第一章
企てる者たち、逃げる者たち
第一章 エルフの血筋
─ガリア、ヴェルサルテイル宮殿─
─空に映る二つの月の光を浴びながら、ロマリアの第三十二代目の教皇は物思いに耽っていた。
・・・・・・バルコニーの手すりに体を預け、始祖の円鏡を見つめ続けている。司祭帽から下に流れる長い髪は、夜風に揺れるままになっていた。
「・・・・・・準備が、終わりました」
どこからともなく声が響く。聖歌を思わせるような、透き通った声だった。
「例の飛行機械を運び終わりました。念のため“幻覚”をかけておいたので、数日は誰にも気付かれないはずです」
「ご苦労様でした、ジュリオ」
振り返ることもなく、ヴィットーリオは自らの使い魔に呼びかける。いつのまにか月目の少年が片手で少女を抱えたまま、彼の背後にたたずんでいた。
「ちょうど呼ぼうと、思われていたのでしょう?」
「ええ。わたしたちを彼の地へ運んでくれ、神の右手よ」
「かしこまりました」
主の命に応えると、ジュリオは優しく口笛を吹いた。森の中から一匹の竜がやって来て、そのままバルコニーの手すりに翼を押し当てる。
「アズーロ、”聖地”だ」
ジュリオは小声で竜に告げると、ひらりとその背に跨った。
「聖下、どうなされました?」
眠る少女を起こさぬよう、小さな声で主人を促すジュリオだったが、何らかの気配を感じたのだろうか。ロマリアの教皇はゆっくりと、眼下の庭園に視線を滑らせた。
「いえ、先程、誰かの視線を感じたような・・・・・・」
「ははは、ただの気のせいですよ。神経質になりすぎでは?」
「・・・・・・ええ、そうですね。それでは行きましょう」
わざとらしいその笑みにほだされたのか、端正な顔をほころばせた教皇は使い魔に応じる。
・・・・・・上昇する風竜は次第に小さくなり、夜の闇に消えていった・・・・・・
・・・・・・・・・・・・風竜が目視できなくなると同時、柱に潜んでいた影が安堵に息をつく。
月明かりに照らされ現れたのは、トリステイン銃士隊隊長、アニエスその人であった。
「・・・・・・陛下にご報告しなければ」
アニエスはそう呟くと、再び宮殿へと消えていった。
「・・・・・・本当に“時期”が早まったのですか? あれほど何度も確認されていたのに?」
「ええ、間違いありません。まだ相応の猶予があるはずでしたたが、こうも不規則に変動するとは・・・・・・」
竜を駆る使い魔の問いに応じながらも、ヴィットーリオは手にした円鏡に視線を落とす。
“聖地”に集う虚無の魔力は、月の満ち欠けと重複の程度に依存する。これが何度“虚無”の担い手が揃おうとしても、“生命”を唱える事ができなかった理由だった。
歴代の担い手・・・・・・教皇たちがしてきたように、ヴィットーリオも同じくその魔力を定期的に調べていた。だが今回は不自然なことに、溜まった魔力が膨張と収縮を交互に繰り返していたのだ。
異様に異常だ。ロマリアが代々つけてきた記録にも、このような場合は見られなかった。
「予定の変更はしません。多少の無茶を伴いますが、強引に進めます」
円鏡を懐にしまいながらも、ヴィットーリオはそう言い切る。静かでいて、そして重々しい決意に満ちた声だった。
「私の代で虚無の連鎖は終わらせます。なんとしてでも次の世代が、安心して暮らせる世界を作らねば・・・・・・」
「・・・・・・ですが、彼らがこの考えに付き合ってくれるとは思いません。最悪、担い手をすげかえることも・・・・・・まあ、それは虚無が4人そろってからまた考えましょうか」
自然と険しくなるその口調を、ジュリオは途中から普段のつかみどころのない気楽なものに戻した。話している間に、腕の中のジョゼットが起きことに気づいたからである。
彼女はかわいらしいあくびを一つすると辺りを見回し、とりあえず自分が使い魔に抱かれていたことがわかったので安堵の表情を浮かべた。
「どこへ行くの?」
「前にも言っただろう? 君に世界をあげるための、準備をしにいくのさ」
眠気でぼやける視界でも、その目が笑っていないことくらいはわかる。また自分は、いいように使われてしまうのだろう。
しかし、それでも構わない。なにがなんでも一緒にいたいという、この気持ちは揺らがない。
“どんなことがあっても、どんなことをしてでも、わたしはこの人についていく”
絶対に諦めない。離れない。利用される間は、自分はジュリオの傍にいれるのだ。
“使い捨てみたいに扱われてもいい。わたしは絶対に後悔しない”
ジョゼットは使い魔の心中を知っている。彼が本気で自分の愛に応えてくれなければ、あの時目の前にゲートが開く訳がない。それが、自分とジュリオの全てを物語っていた。
そして、ジュリオが最近自分と一定の距離を取ろうとしているということが、そのまま彼の本心と使命が矛盾している事を自分に教えてくれた。
ジュリオは自分を救ってくれた。どんな理由だろうがそれは事実で、自分は生きる意味を見つけられた。かけがえのない人を得て、まがいなりにも愛を知る事ができた。
だから、次は自分の番なのだ。ジュリオが苦しんでいるのなら、彼の呪われた決意も使命もねじ曲げてみせる。自分は“虚無”の担い手なのだから、そのくらいはできてもおかしくはないだろう。
“死ぬ間際でもいい。必ず、好きって言わせてみせる”
そう思い、何度目になるかわからない誓いを繰り返す。
・・・・・・頬をなでる夜風に寒気を覚え、ジョゼットは使い魔の体に身を寄せた・・・・・・
・・・・・・才人たちが海竜船で、エルフの国“ネフテス”から亡命して数日後。
エルフ水軍に見つからないよう、海底を這うような航路を決めたのが功を奏したらしい。才人たちのちょうど頭上辺りにいる追っ手は、徐々にその数を減らしていった。
・・・・・・同じように海中から追って来られたならば、今ごろ海の藻屑に変えられていただろう。しかし、アリィーが言うにはこの海竜船は水軍が開発したばかりの試作品のようなものだそうで、その心配はないということだった。
今もアリィーは頻繁に操舵室へ閉じこもり、先住魔法で敵の探知をしている。今もまだ数隻残っているらしく、振り切れるまでは気が抜けない。もし見つかりでもしたら最後、水中で身動きのとれない自分たちには勝ち目などないのだ。
ちなみに手持ち無沙汰な才人はというと部屋の隅に座り込み、壁に立てかけたデルフリンガーに胸のルーンのことを尋ねていた。
「なあデルフ。コレ何よ」
胸のルーンを指差す。デルフリンガーは答えない。
「俺、ティファニアとルイズ、二人の使い魔になっちまったのか?」
「・・・・・・そうだな、多分嬢ちゃん嫉妬するんじゃねえの?」
「せめて、この“リーブスラシル”って何の効果があるのかぐらい、教えてくれよ」
「相棒。ブリミルはトカゲが大の苦手って、知ってるか?」
「いや、知らねえけどさ・・・・・・まったく・・・・・・」
わざとらしく話を逸らす戦友に、才人はため息をついた。ちょくちょく暇をみては問うのだが、ずっとこの様子なのだ。大体無視か、ルイズのことをほじくり返すか、話題をすり替えてくるのである。
「なぁデルフ、とぼけないで教えてくれよ。知ってるんだろ?」
真面目な声で問いかけるも、再び黙り込む愛刀。少しイラッときてしまい、思わず文句を言いそうになる才人だったが・・・・・・ふと、いつしか聞いた、デルフリンガーの言葉が脳裏に蘇った。
“俺が、知る必要がねえといったら、無えし、知らねえと、いったら、知らねえんだ”
・・・・・・こいつなりに、俺の身を案じてくれてんのかもな。
「分かったよ。しつこく質問して悪かったな、デルフ」
必要になったらそのうち話してくれるだろう、とデルフリンガーを腰に戻すことにした才人だったが、しかし話し相手がいないと暇である。
さてどうするかなーと思っていると、ちょうどアリィーが操舵室から出てきた。
「ふぅ・・・・・・」
「大丈夫ですか?」
「おいおい、あまり無理するなよ?」
疲れ切って一息つくアリィーに、イドリスとマッダーフが詰め寄る。言葉の節々に、二人の彼に対する労いと敬意が見て取れた。
「・・・・・・なんだよ、何かあったんなら説明しろよな」
才人も一応感謝はしていたが、そんなことは意地でも言わないため、自然と乱暴な口調になってしまう。
こいつが先住魔法で水軍の位置を絶えず調べているからこそ、いまこうして敵の手から逃れられていることは確かなのだが・・・・・・だとしてもルイズを傷つけた事実がある以上、慣れ合う気にはなれなかった。
「・・・・・・よし、上手く撒けたようだ。もう安心していいぞ」
一拍空けてアリィーが発した言葉と共に、場の空気が一気に柔らかくなった。才人も肩の力が安堵に抜けていくのを感じながら、浮かんでくるあくびを何とかこらえる。
余談だが、才人はここ最近眠っていなかった。ファーティマを監視していたからである。
最初、才人はアリィーに自分がかけられた眠りの魔法を彼女にかけてもらおうと思っていたのだが、軍に所属していたファーティマにその類は効かないということで断られた。
また、見張りについてはアリィーには当然頼めなかったし残りの二人、イドリスとマッダーフは露骨な嫌悪を顔に表していたので、しかたなく才人がやる運びとなったのである。
ちなみにファーティマはいま手を縛り、魔法を唱えられないよう口を封じてティファニアたちと反対側、すなわち才人が元々寝ていたベッドに寝せている。もし戦闘が起こった時、足手まといになられるのは迷惑だったので、戦闘で砕いた鎖骨はアリィーに接いでもらっていた。
正直別の部屋に隔離しておきたかったが、先住魔法は得体が知れないし、口を封じていても訓練次第で詠唱自体は可能らしい。なので思いきって3メイルほどしか離れていない場所に、置いてみた次第である。
しかしとにかく、一人で毎晩神経を張り詰めて監視するというのは、本音を言うと辛かった。ルクシャナをアリィーが「自分が見る」と請け負ってくれなければ厳しかっただろう。見つかるかもしれないという恐怖よりも実は、そちらの方が精神の負担が大きかったのだ。
「さて、と。なんにせよこれで一安心か」
立ち上がるなり大きく伸びをして、才人は室内をうろうろ徘徊しだした。襲撃される不安がなくなったことでやっと、好奇心を持つ余裕ができたのである。
船内は意外と狭くなく、一番広いこの部屋を中心に部屋が何個か分かれていた。
自分のペットにこんな大きい荷物引かせていいのだろうか? 動物虐待じゃなかろうか? と才人が疑問を浮かべていると、隣に来たアリィーがなにやら呟き始めた。
「この船自体は小さい。空間を魔法で圧縮してあるから、広く感じるだけだ」
「・・・・・・ほー、そりゃどうもご丁寧に」
どうやらシャッラールを手酷く扱っていると思われたくなかったらしく、ぶっきらぼうに要点のみを告げ、アリィーはくるりと背を向ける。
やっぱすげえなエルフの技術と思うが、口に出すのはなんか悔しいのでやっぱり言わない。
才人は意味もなく、室内の壁際をぐるぐる回る。
イドリスとマッダーフと呼ばれていた二人は床でカードゲームらしきものを始めていて、才人が興味の視線を送ると睨み返してくる。
蛮人と話すと頭が悪くなる、とか思ってそうだったので、才人は話しかけるのをやめた。
アリィーはというと、中央に置いてある小さなテーブルに掛け、いつの間に沸かしたのか、紅茶を片手に本を読んでいた。何とも優雅な時間の過ごし方だが、そんな彼も才人と同様に婚約者を心配していたらしく、目の下に若干クマが出来ていた。
才人が横から何を読んでいるのか覗き込んでみると、大量の数式が目に飛び込んで来た。さっぱり分からないが、アリィーはふんふん言って頷いている。人のこと蛮人呼ばわりするだけあって、やはりエルフはかなりの勉強好きなようだった。
・・・・・・さらにうろうろしてみも、やっぱり何もする事がない。なので結局才人は壁に向き合いながら、デルフリンガーで日課にしている素振りを始めることにした。
“弱いから”
デルフリンガーを振っていると次第に、竜の巣でのことが頭に蘇ってくる。襲いかかってくる後悔の念を振り払うように、才人はがむしゃらに愛刀を振り続ける。
“俺が弱いから、テファを守れなかった”
“あの時もっと俺が、テファの気持ちを考えてれば”
“あいつはずっとひとりぼっちで、俺の事を信じててくれてたのに”
言葉にならない罪悪感と共に、才人はデルフリンガーを愚直に振り続ける。
そのとき、胸のルーンの光が突然輝きを増した。
「うおおッ!?」
普通に振りかぶったつもりだったが、刀身はものすごい速さで風を斬る。勢い余って体も傾き、鉄の壁に突き刺しそうになったので慌てて愛刀を引き戻す。
「おい、何をやっている蛮人。まさかこの船を壊すつもりか?」
「そ、そんなことするわけねえだろ! ちょっと勢いあまっただけだっつの!」
ヤジを飛ばしてくるアリィーに怒鳴り返しながら、才人は自分の左の手の平と胸元を見つめる。左手のルーンは反応していなかったが、代わりに胸のルーンは煌々と輝き続けていた。
・・・・・・くそっ、またかよ。本当に使いこなせるのか、これ?
左手はうんともすんとも言わず、かと思えば胸のルーンが自分の体を振り回す。きっかけさえ掴めばすぐにどちらも使える、というのがデルフリンガーの言だが、正直才人は困っていた。
“いいや、できるできないじゃねえ、やるしかねえんだ”
弱気になる心を、そうじゃねえだろと奮い立たせる。大切な人を守れる強さが欲しかった自分にはむしろ、この力を得られたことは大きなメリットのはず。それにそもそもガンダールヴのスピードもパワーも凌駕する力を、簡単に扱えるわけがないのだ。
・・・・・・ただ、それでもやっぱり、反応しない左手のルーンを見ると何となく気分が悪かった。遠く離れたルイズとの目には見えない繋がりが、薄れていくような感じがするのだ。
“丁度いいじゃねえか。心も身体も全部、強くないと何もできないんだから”
才人はしばらく意図的に胸のルーンを使おうと剣を振っていたが、一時間もすると流石に疲れる。収穫としては少しコツがつかめてきただけだったが、体を壊しては練習もなにもない、とデルフリンガーを鞘に納める。
“もう誰一人も、傷つけさせない。絶対この手で守ってみせる”
そう心に誓い、荒い息を収めていく。落ち着いた才人は、遠目にアリィーを軽く睨む。
・・・・・・ともかく今は情報が欲しい。そのためなら、つまらない意地を張るのはやめよう。
ルイズたちと早く再会するため、姫さまに状況を報告するため・・・・・・、と自分に言い聞かせながら才人は机につき、対面のアリィーに尋ねることにした。
「・・・・・・なあ、ガリアに亡命するって言っても、具体的にはどこにだ?」
「・・・・・・」
「頼む、教えてくれ」
一度目は聞こえないふりをしてきたが、諦めずに再び聞き直す。
読んでいた本を閉じたアリィーだったが、話に応じてくれるわけではないらしく、懐から取り出した一通の手紙を才人に差し出した。
もちろんそれはエルフ語で書かれていたので、才人には読めない。
「読めねえよ、口で説明してくれねえか?」
いい加減にしろ、と才人が苛立たしげな視線を送ると、アリィーはルクシャナのがうつってしまったらしく、やれやれと言わんばかりに両手を広げ、首を振った。
「蛮人くん、君にはこんなのも読めないのかね?」
「・・・・・あぁ?」
思わずカチンときてしまった才人は、怒気を滲ませた瞳でそのすまし顔を睨みつける。ギーシュやジュリオ、ワルドとは違って、こいつ、何かと関してちょくちょく俺をバカにしてきやがる。
まあ一応命の恩人だからって我慢して、ルイズやタバサの件もうやむやにしてやってるのになんだよそのセリフは。
っていうかこれ、お前らしか使わない独特の文字だろが。ふざけんじゃねえ。
売り言葉に買い言葉で、才人は突っかかった。
「俺は蛮人じゃねえ、平賀才人って言うんだ。っていうか人の名前も覚えられないんじゃ、お前らの記憶力もたかが知れてるな」
「なっ!?」
「だいたい蛮人つったって、俺に負けてるんじゃ言い訳にしか聞こえねえよ。そんなに威張りたいなら頭じゃなくて、拳ででかかってきやがれっての」
ハッ、と才人が鼻で笑って挑発すると、すぐさまアリィーは真っ赤になった。
「ほ、ほう、いいだろう! だったらこの場で白黒つけてやろうじゃないか!」
見た目に似合わず喧嘩っ早いのか、立ち上がったアリィーは握り拳を見せてくる。どうやら婚約者という手前、ルクシャナの前で才人に負けたことが相当悔しかったらしい。
「上等だ! 俺はまだお前のこと許してないんだからな!」
とはいえ、腹が立っていたのはこちらも同じ。売ってくれるのなら喜んでと、才人はその喧嘩を買うことにした。
・・・・・・ドタバタという騒音と共にテーブルが揺れ、置かれていた花瓶から水がこぼれる。
才人と自分たちの隊長が取っ組み合いを始めるのを遠目に眺めながら、イドリスとマッダーフは未だ賭け事に興じていた。
「・・・・・・どうします? 隊長殿に加勢しますか?」
「いいや、本気ならば素手でなく意思剣を使うだろう。それに下手に止めればアリィーが怒る、ここは様子見がよさそうだ」
配られたカードの悪さに、思わず舌打ちをするマッダーフ。対するイドリスは調子がいいらしく、満足そうに手役を見つつ勝負を仕掛けてくる。
「そうですか、ならば声をかける程度に留めておきましょう。あまり騒がれるとなると、こちらも勝負に集中できませんからね」
「おいおい、これ以上俺から巻き上げるつもりか? ・・・・・・とはいえ、確かにこのまま賭け事に興じているのもまずいか」
手持ちのカードを床に伏せ、上官の指示を仰ごうと腰を上げるマッダーフ。
しかし彼が口を開くより早く、思わぬ方向から声が飛んできた。
「うるっさいわね。怪我人がいるのに、もうちょっと静かにできないの?」
しばらく聞いていなかったその声に、振りかぶった拳がピタリと止まる。それは目の前のアリィーも同じだったようで反射的に応じ、次いでその声の主に驚き叫び声をあげた。
「ああ悪いルクシャナ、ちょいとこの蛮人を・・・・・・って、ルクシャナ!? 目が覚めたのか、きみ!?」
「だから、静かにしなさいって言ってるじゃない。寝起きでそんなに騒がれたら、回る頭も回らなくなっちゃうじゃないの」
「いやだから、傷は大丈夫なのか・・・・・・って、その前に何か言うことあるだろ!?
迷惑かけて悪かったとか、もうこんな危ないことしないとかさぁ!!」
「別にそんなのいまさらじゃない。あなたはわたしのフィアンセなんだから、
これくらい慣れっこになってもらわないと」
悲痛な声で皮肉をぶちまけるものの、ルクシャナはそんな婚約者には慣れているのか、ベッドの上で伸びを始めた。目覚めたばかりだというのに、なんともマイペースなエルフであった。
「だ・か・ら、慣れちゃったらマズいんだよ!!! 毎回毎回勝手なことばっかりして、心配する僕の身にでもなってくれ!」
「いいじゃないの結局助かったんだし。そういえば追っ手は? あれからどうしたの?」
そう言うとベッドに腰かけ、軽い調子で問いを投げてくるルクシャナ。当然、心の叫びを無視されたアリィーはその声を荒げていく。
「そんなのあとでいいだろ、それよりもっと真面目に聞いてくれ! ぼくはきみに話をしているんだぞ!?」
「だってあなたの説教なんか聞いてたら、また傷が開いちゃうもの。それともなに、あなたがガミガミ言ったからって、わたしが変わるとでも思ってるわけ?」
怪我人であることを盾にしてとんでもないことを言い出すルクシャナに、ああそうだなそうだよな! と半泣きになりながら状況を説明し始めるアリィー。
・・・・・・献身的に見守っていたにも関わらず、あまりに可哀想なその仕打ちになんだかひどくデジャヴを感じてしまい、思わず才人は目頭を押さえてしまう。
ああ、なんだか懐かしいなぁ・・・・・・。
いつしかの、アクイレイアでの虎街道。あの時自分はルイズに忘れられて、あまつさえけなされまくったっけ・・・・・・。
そう思うとこの憎たらしいアリィーにさえ、肩に手をかけてやりたいような気持ちになる。自分も振り回される側の人間なので、彼の苦労と心情は痛いほどよく分かるのだ。
ため息をところどころに挟みながら説明を続けていたアリィーだったが、話の最中で自分の視線に気づいたらしく、書きなぐった一枚の紙を差し出してきた。読むと、丁寧にガリア語に直してある。
「さすがにそれなら読めるだろう、サ・イ・ト・くん?」
目尻に少し涙を浮かべたまま、さっきのお返しとばかりにわざとらしく名前を呼ぶアリィー。そしてばつが悪くなったのか、ルクシャナを抱えて部屋を出て行った。続いてイドリスとマッダーフも部屋を出る。才人は一人きりになった。
「ったく、最初からそうしろっつーの・・・・・・」
憎めなくなったその背中に向けぶつぶつ文句をいいながら、才人は羊皮紙を読み始めた。以前タバサに文字を教えてもらったので、難なく読むことができる。
そこには、ビターシャルからもらった亡命の手引きが書いてあった。ガリアへ行き、タバサを頼るように言っている。
「・・・・・・あれ? タバサとビターシャルって、なんか関係あったっけ?」
確かに、ビターシャルはジョゼフに仕え、タバサを拉致した事がある。だからといって困ったときに頼るというのは、何かがおかしい気がする。
ふと感じた疑問に首をかしげる才人だったが、実際その勘は当たっていた。
・・・・・・アリィー達がガリアへ向かう真の目的。それはロマリアの教皇を見つけ出し、拘束すること。彼は部屋を変えたのも、訳していないその要を婚約者に伝えるためであった。
「いや、やっぱりおかしいぞ? ・・・・・・なにか、なにか引っかかるような・・・・・・」
気のせいだろ、と一度は違和感を流そうとするが、どうにも拭えず考え込んでみることにする。しかし思考は答えに辿り着くより先に、抑え込んでいた眠気を引っぱり出してきた。
「あーくそっ、眠くて頭が回らねぇ・・・・・・あとちょっとで分かりそう、だったのに・・・・・・」
蓄積した疲れが祟ったか、襲い来るまどろみはまるで眠りの魔法のように強力で。強引に縫い合わせられていく瞼に抗えず、才人は休息を自らの身体に強いられる。
(仕方ねえ、少し休むか・・・・・・つっても、ホントに寝る訳には・・・・・・いかねえ、か、ら・・・・・・)
本当は今すぐにでも横になりたかったが、見張りがある以上そういうわけにもいかない。ということで才人はティファニアの寝るベッドに背中を預け、ほんのちょっとだけ目を閉じることにした。
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