第21話「真の決戦へ、今」

 セラフ級パラレイド、ゼラキエル……再起動リブート

 すぐさま人類同盟じんるいどうめい日本皇国軍にほんこうこくぐんは戦線を構築、青森市街地外縁に最終防衛ラインが敷かれた。

 謎の幼女軍人、御堂刹那ミドウセツナが演出したパンツァー・ゲイムの興奮など、あっという間に霧散むさんしてしまった。そしてその後にやってきたのは、逃れる術のない決戦のとき。生命と国土を賭けた、不可避の闘争だった。

 摺木統矢スルギトウヤが戻った皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうく格納庫ハンガーは、混乱の渦中にあった。

 全生徒は幼年兵ようねんへいとして、次々と己のパンツァー・モータロイドで出撃してゆく。正規軍に対して練度の低い少年少女は、最前線で盾となり弾避たまよけにされるのだ。

 けたオイルの臭いと甲高く響くメカニカルノイズ。

 その中で、統矢は何故か……コンクリートの床に正座させられていた。


「……なんでアタシまで一緒なのよ。統矢! アンタのせいだからね!」


 どういう訳か、ラスカ・ランシングも一緒だ。

 そして、並んで座る二人の背後では、次々とカーキ色の89式【幻雷げんらい】が出てゆく。その何割かは、確実に戻ってはこない。重々しい足取りを響かせ歩く鋼鉄の巨人は、まるで死への行軍マーチのように外へと出てゆく。

 だが、統矢はラスカと一緒に身を縮ませ恐縮しながら膝を折る。

 二人の目の前では今、整備用のケイジに立つ97式【氷蓮ひょうれん】の姿があった。

 その腕部に梯子はしごをかけて、一人の少女がぶら下がる鋼鉄の指に触れている。五本の指が備わるPMRパメラの手は、各種兵装を取り扱うマニュピレーターであると同時に、握れば強力な武器にもなる。

 だが、設定された限界耐久性を超えれば、破損するのが道理だった。


「えー、右腕部マニュピレーター、第一指の一番二番……全部駄目! 全とっかえ! 続いて第二指、見るまでもなく駄目! 第三第四、そして第五……あかんわ、これもぉ!」


 声を張り上げ鬼の形相で振り返るのは、整備科せいびか三年の佐伯瑠璃サエキラピスだ。

 彼女はキュートなポニーテイルを翻して、普段なら緩いタレ目も釣り上がっている。彼女は梯子から降りてくると、もう【氷蓮】の左腕部は見もしなかった。

 見るまでもない、統矢の【氷蓮】は両手のラジカルシリンダーを全損していた。

 そのことで瑠璃は、怒髪天どはつてんの勢いでいきどおっているのだ。


「統矢! えろう壊してくれたなあ? このクソ忙しい時に」

「す、すみません。その、パンツァー・ゲイムには、勝ち、ました、けど」

「海兵隊がまさか、TYPE-13R【サイクロプス】を配備してるなんてなあ……あのバケモノPMRを相手にようやったわあ! ……て、言うと思ってるんかい、ドアホ!」


 今にも噛みつかん勢いの剣幕で、それも当然だった。

 【氷蓮】はグレイ・ホースト大尉の【サイクロプス】とがっぷり四つに組み合った時……その時にもう、ほぼ全ての指関節は破壊されていたのだ。パワーの差は歴然だったし、事実【氷蓮】のマニュピレーターは完璧にイカれていたのだった。

 だが、ラジカルシリンダー自体もまた、絶対元素Gxぜったいげんそジンキの産物である。それは精神感応物質であるため、人の意志が流入する時……意外な力を発揮することもある。未だ人類は絶対元素Gxの、その本質や性質を理解せぬまま頼って使う日々を戦っていた。


「ちょっと、瑠璃! アタシは関係ないでしょ、どうして」

「ラスカ、なんで止めへんかった? ん? どー見てもあの1on1タイマン、無駄な戦闘やったなあ」

「うっ! そ、それは」


 腕組み胸を反らした瑠璃が、見下すように眼光鋭くラスカをすがめた。

 ラスカは言葉を噛み潰したまま「アンタのせいよ!」と統矢を肘でつついてくる。

 統矢は統矢で、あの時はベストな選択とも思えたのだが……こうして後始末の話になると、確かに瑠璃の言う通りにも思えてくる。

 だが、少しに落ちなくてラスカを肘で突き返した。

 そうしている二人の前で、仁王立ちの瑠璃は大きく溜息ためいきこぼした。


「ま、ええわ……統矢、次はないで? 壊すんはええ、戦うんもええやろ。せやけどなあ……無駄に壊したらあかんよ? 無駄に戦ってもあかん、パンツァー・ゲイムかて一歩間違えれば……死んでしまうんやからね」


 不意に瑠璃が優しげに声を和らげ、困った悪戯いたずらを見るような表情で微笑ほほえんだ。

 彼女を包む空気が僅かに弛緩しかんして、それで統矢も立ち上がろうとする。


「わ、悪かった、瑠璃先輩。その……でも、無駄じゃないさ。俺の、俺たちの戦いは、無駄じゃない」

「それはこれからや、統矢。パラレイドを押し返して、無駄じゃなかったと証明してな?」

「ああ! っ、と? お、おおっ?」


 ニコリと笑った瑠璃の目線に、自分の目線が高さで並んだその時だった。グラリとよろけた統矢はその場にへたり込んだ。

 随分長い時間、硬い地面に正座させられていたのだ……脚は痺れて筋肉がゴワゴワと硬直し、まともに立てなかった。それはどうやら、隣のラスカも同じようだ。

 だが、血の巡らぬ脚の震えに手をやりつつ、悶絶する統矢に温かさが寄り添う。

 そっと触れて柔らかな身を寄せ、躊躇ちゅうちょなく肩を貸してくるのは五百雀千雪イオジャクチユキだった。


「大丈夫ですか、統矢君。立てますか?」

「千雪……お前、なんでまた」

「ちょ、ちょっと千雪! アタシも助けなさいよ! 正座だなんて、どうして日本はこういう懲罰があるのかしら。ジョンブルから言わせれば、エレガントじゃないわ! ……イチチ」


 じったんばったん転がりもんどり打つラスカを尻目に、統矢は千雪に支えられて立ち上がる。すぐ間近、頬と頬とが触れそうな距離に彼女の横顔があって、ぴたり寄り添う華奢きゃしゃな身はしっかりと統矢に密着していた。

 統矢が手を伸べてやると、ラスカは上目遣うわめづかいににらみながらも腕に抱き着いてくる。

 そして、並ぶ三人を前に、瑠璃もようやく笑顔を見せてくれた。


「せや、千雪! 【幻雷】改型参号機かいがたさんごうき、どや? ええこぶしやろ、千雪やったら何を殴っても壊れへんよ? 整備科有志一同が徹夜を重ねた傑作やさかいなあ」

「とてもいいです、瑠璃先輩。ただ、少しスタビライザーが強過ぎる気が……安定性はもっと下げていいので、足回りはもっと膝下を柔らかくして下さい。それと、手は……拳は、本当にいい品ですね」

「という訳や、統矢! 共通規格ユニバーサルきかくやさかい、【氷蓮】の両手も全とっかえやから。あとでやったるわ、千雪の参号機と同じ手に……まあ、取り回しは変わらんやろ」


 無手による近接格闘戦に特化した千雪のPMRは、その用途の性質上、両手のマニュピレーターは特注品だ。通常より絶対元素Gxの純度が高いラジカルシリンダーで構成され、操る千雪の気迫が満ちれば、文字通り鋼の拳と化す。フェンリルの拳姫けんきと恐れられる、【閃風メイヴ】の爪であり牙だ。

 改めて統矢は、どんどん変わってゆく自分の愛機を見上げる。

 相変わらず見栄えの悪い包帯塗れの姿は今、再びアンチビーム用クロークを装着されようとしていた。その傍らには、巨大な両刃の大剣が突き立っている。


「ちょっと、瑠璃! アタシのアルレインもそのパーツにする! アタシにも頂戴!」

「ええけど……ラスカ、あんなあ。重くなるで? ラスカの四号機よんごうき、もう既に普通の手やないさかい。あれなあ、手の指を細く長くして軽量化、ナイフの取り回しも自由自在やろ?」

「うっ! 重くなるのか……ぐぬぬ、それは、困るわ。でも……うーん」

「脚を使って一撃離脱、ええやないの。ラスカはゲンコツでドきあうんがええの?」


 流石に黙ってしまったラスカは、考え込みつつ統矢の腕にぶら下がっている。

 そんな金髪娘の困り顔を見ていたら、自然と統矢も笑顔になった。そして、すぐ横で肩を貸してくれる千雪の、いつもの凍れる無表情も心なしか柔らかい。

 その時、一同を振り返らせる声があった。


「あ、あの……えと、えっと……統矢、さん」


 そこには、作業服のツナギを着た更紗さらさりんな……否、更紗れんふぁの姿があった。彼女は統矢の記憶を裏切るようにおどおどと落ち着かなく、目を潤ませつつ駆け寄ってくる。

 勝気で強気だったりんなが見せたこともない、不安げで頼りない表情だった。

 戸惑う統矢が言葉を選んでは飲み込む、その躊躇を待たずにれんふぁは彼の前で頭を下げた。


「さ、さっきは、ありがとう。その、御礼おれい……言いたくて」

「いや、俺は」

「さっきの戦い、見てた。ごめん、なさい。千雪さんとわたしが、うろうろしてたら……アメリカ軍の人に掴まっちゃって。その、なんか、男の人……怖くて」


 こうして話していると、どんどん統矢の中でりんなのイメージが過去へと遠ざかる。

 やはり、眼前の少女はりんなではない……出自不明の異邦人、りんなと同じ姓を持つ別人なのだ。れんふぁという、りんなの姿を象った別の個人なのだった。

 そのことを自分に再確認させられ、より強く刻み込まれることに抵抗感はある。

 だが、統矢は徐々に現実を受け入れようとしていた。

 そうしなければ、死地より救った記憶喪失のれんふぁに対して、無責任だと思ったから。


「気にするなよ、ええと……れんふぁ。お前、色々手伝おうとしてくれたんだってな」

「う、うん。学校も見たくて……何か、思い出しそうで。でも、駄目だった……ただ、千雪さんが案内してくれて、わかったの。わたしはあのロボット……PMRのこと、色々知ってる」


 そう、れんふぁは次元転移ディストーション・リープで現れたのだ……トリコロールに塗られた謎のPMRと共に。

 そして、それを追うようにパラレイドが襲撃してきて、さらにはセラフ級と呼ばれる災害クラスの最凶個体まで出現した。青森は今、第二の北海道と化して消滅するかもしれないのだ。


「そ、それとね……統矢さん。あの人を……その、許して、あげて? 怖いけど、悪い人じゃ、ないみたい、だから」


 れんふぁが首を巡らせる先に、大柄な男が立っていた。まだ寒い四月末の青森の風に、ひっかけたジャンバーの両袖を遊ばせている。格納庫に入ってきた彼は、先ほど統矢と激戦を演じたグレイ大尉だった。

 彼は相変わらずいかつい顔で大股に歩いて来る。

 自然とれんふぁを庇うように前へ踏み出した統矢は、まだ痺れてる足に転びそうになった。

 だが、千雪がしっかり支えてくれて、どうにか踏みとどまって目の前のグレイを見上げる。


「……続きをしようってのか? この非常時に。あんたがその気なら」

「勘違いするなよ、ボォイ。……負けは負けで、しかし俺たちがお前たちを、幼年兵をナメてたのも事実だ。子供が戦場に立つような時代なんざ、暗くて寒くてしょうがねえ」


 不意にグレイは、岩のような彫りの深い顔をわずかにほころばせた。

 不器用に笑う男の笑顔に、思わず統矢は驚きを隠せない。


「そっちの二人、お前のガールフレンドたちに非礼を働いた、それを謝る。悪かった」

「……は? あ、いや! ガールフレンドって、違……あのなあ大尉! 俺は、ンゴッ!?」


 何故か、肩を貸してくれてる千雪が爪先つまさきを踏んづけてきた。涼しい顔で彼女は、靴の踵で統矢の足先をグリグリにじる。何故か、千雪は顔には出さぬ怒りを発散したようだった。

 逆に、れんふぁは真っ赤になってうつむいてしまった。

 だが、グレイは言葉を続けつつ頭をボリボリとむしった。


「連中が、パラレイドが動き出した。アイオーン級他多数も、次元転移してきている。この街は、戦場になるぜ……それでも、お前はパンツァー・ゲイムの中で街並みを守った」

「ここは……この街は、俺の、俺たちの居場所だから」


 統矢が真っ直ぐ見詰めて言い放つと、グレイは鼻から呼気を逃がして行ってしまった。だが、その去ってゆく背は、片手を軽く上げて握り拳に親指を立てる。どうやら、彼とは今後はわだかまりなく友軍として戦えそうだ。

 統矢は最後に、外で待つ海兵隊の仲間たちに合流するグレイへと、気になることを叫んだ。


「大尉、グレイ大尉! ……あんた、知ってたら教えてくれ。DUSTERダスターって、なんだ?」


 その言葉に足を止めたグレイは、肩越しに振り返る。

 見開かれた目は確かに、あの時の広域公共周波数オープンチャンネルの通話を思い出していた。揺れる瞳の中に統矢は、グレイの驚きと納得の両方を拾っていた。

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