第20話「男たちの戦い」

 新町商店街のビル群から、大型のパンツァー・モータロイドが姿を現す。マッシブな巨体は、全高7m前後という通常規格のPMRパメラより、一回り程大きい。

 摺木統矢スルギトウヤは即座に愛機97式【氷蓮ひょうれん】へアクセスしたが、外観や駆動音に該当はない。

 正体不明の新型機としか思えない、アメリカ海兵隊第二PMR中隊かいへいたいだいにパメラちゅうたい最後の生き残りが銃を構える。隊長機と思しきその紫色の機体は、肩アーマーに二本の白い縦線がマーキングされていた。手に持つショットガンタイプの銃口が、煙をひるがえして持ち上げられる。


『周囲の被害を気にしてるようだなあ? ん? ハッ、ガキの考えそうなこったぜ』


 そのダミ声は間違いない、青森校区の格納庫ハンガーで統矢とやりあった軍人の声だ、確か名は、グレイ・ホースト大尉。

 だが、彼の駆る謎の新型機は、手にした銃を地面へと投げ捨てた。

 意図がわからず、統矢は傍らで89式【幻雷げんらい改型四号機かいがたよんごうきに乗るラスカ・ランシングとともに警戒を強める。数では有利、このパンツァー・ゲイムの勝利はほぼ決まったようなもの……だが、残敵数一となった、その最後の一体から異様な迫力を感じる。

 そして統矢のヘッドギアを通じて、回線の向こうのラスカが声を強張らせた。


『嘘……もう海兵隊に配備されてるの? あれは……マキシア・インダストリアル製、TYPE-13R【サイクロプス】!』

「知ってるのか、ラスカ」

『局地戦用に開発された新型よ。TYPE-07M【ゴブリン】より装甲や出力、全てで上回る高コストの少数生産機。決して他国に輸出供給されず、アメリカ本国でも配備数不明なの』

「つまり、アメリカ軍の切り札、隠し玉ってことか」


 確かに、その一つ目巨鬼サイクロプスの名が現す通り、首のない頭部に単眼が光っている。まるでその全身は、全身を筋肉で武装したプロレスラーだ。五百雀千雪イオジャクチユキの駆る改型参号機さんごうきが、華奢きゃしゃな標準サイズのフレームにラジカルシリンダーを増設した格闘専用機としてフォルムが似ているが……フレームレベルで大型化を前提とした設計は、シルエットからして根本的に違う。

 頭一つ大きな巨体が、ゆっくり腰を落として身構えた。

 どうやらグレイは射撃を捨てての格闘戦、それも無手の取っ組み合いを希望らしい。

 その自信に満ちた声が無線から響く。


『学生にしちゃ上出来だ……だなが、PMR戦をなめてやがる』

「なにっ!」

『まず……中央突破でウチの部下をあらかた喰っちまった空色……ありゃ、ダメだ。射撃武器も持たずに格闘特化、そういうのはいけねえなあ。俺らが本気なら、銃で距離を取ってボックスアウトだ』


 海兵隊第二PMR中隊のほぼ半数が、千雪の改型参号機に潰されてる筈だ。

 だが、単身残ったグレイの声は強気の余裕で言葉を続ける。


『そっちの赤いのは装甲を切り詰めて脚を取ったか? だが、決定力のない奴はこわかねぇ……打ち込んできたらせん、カウンターで一撃だ』

『う、うっさいわね! アタシのアルレインなら、反撃の前にトドメをめるんだから!』

『加えて中身はガキで、挑発に乗って熱くなりやすいときてる……カモだな、ハッ!』

『ぐっ……あーもぉ、統矢っ! アタシにやらせて! 1on1タイマンできっちり勝負つけてやるわ』


 統矢は愛機に命じて、横から飛び出そうとするラスカを手で制する。

 その間にも、グレイの【サイクロプス】は肥大化した前腕をかざして、ふと頭部を覆った。同時に、軽く上げた手の甲で飛来した弾丸が弾ける。金属の金切り声が、【サイクロプス】の厚い装甲の上に煙を巻き上げていた。


『それと、狙撃に特化した支援機がいるようだが……教科書通りの急所狙い、目をつぶってても防げる。殺気丸出しのスナイパーなんざ、いないも同じよ』

桔梗キキョウ先輩、位置を変えてください! 後退を! ……恐らく、見えてます」


 統矢は回線の向こうで、息を呑む気配を拾った。

 同時に、【氷蓮】が手にする大剣をアスファルトに突き立て、手を離す。

 先程からお喋りな大尉殿は、再び乗機にファイティングポーズを取らせた。僅かな全高の差が今は、相手を山のように巨大な存在に見せている。威圧感は圧倒的で、しかし不思議と統矢は闘志が澄み切ってゆくのを感じる。

 眼前の【サイクロプス】からは、邪気が感じられなかった。


『白いのは、ちょっと見て音を聴いた感じじゃ一番マシか? だが、安全マージンを詰めてゆくセッティングはナンセンスだ。そういうのは、本当にただのお遊びなんだよ』

「……なにが言いたい、グレイ大尉」

『格闘特化に機動性重視、そして狙撃専用……おまけに応急処置の半壊機と来てる。日本人てのは本当にロボットアニメの見過ぎだよなあ? ……戦争ナメんじゃねえぞ、ボォォォイ!』


 グレイの【サイクロプス】が、ずしりと腰を落として半身に構える。その手は人差し指で手招きをして、露骨に統矢たちを挑発してきた。

 統矢は迷わず、機体の対ビーム用クロークを外し「持っててくれ」とラスカに預ける。

 そうして素手でスキンテープまみれの包帯姿を晒し、そのまま前へと歩み出た。

 統矢には不思議と、同じPMRを操縦するパイロット同士の予感があった。直感を総動員する統矢にとってそれは、既に確信と同義である。


「じゃあ、聞くがな……グレイ大尉。単機孤立の隊長機が、なに考えてんだ?」

『なぁに、お前たちと同じさ……泣く子も黙る海兵隊はなあ、ボォイ! ヒーローを夢見たアメコミマニアしかいねえのさ! 正々堂々勝負だ、小僧! その上で捻り潰してやる』

「面白い……これ以上街には被害は出さないというなら!」


 瞬間、統矢は操縦桿を握り締めて押し込み、Gx感応流素ジンキ・ファンクションを通じて【氷蓮】を突進させる。それは、グレイの【サイクロプス】が瞬発力を爆発させるのと同時だった。

 二機のPMRは、同時に地を蹴るや激突音を北の空に響かせる。

 瞬く間に互いの距離をゼロにした両機は、巨大人型兵器での取っ組み合いという愚挙を演じ始めた。統矢は自然と、伸びてくる手に手で答えて、がっぷり四つに組み合う。

 互いの指と指とがすれ違う中で、が鋼の衝撃音でぶつかり合った。


『大したもんだぜ、ボォイ! だがな……アマチュアなんだよっ! そんなとがった機体じゃ、まして半壊機じゃ戦争は戦えねえ。子供なんざ、俺が戦わせねえ!』

「余計なお世話だ、このお節介がっ! 戦う理由がある限り、俺は、俺たちは……っく!?」


 ガクン! と上からのパワーに負けて、【氷蓮】の膝が大きく下がって接地する。片膝を衝いた統矢の【氷蓮】を押し潰すように、グレイの【サイクロプス】が組んだ手と手を押し込んできた。

 パワーの差は明白にも思えたし、実質装備されたラジカルシリンダーの数が違う。

 パワーもトルクも、【サイクロプス】の方が一回りも二回りも上だ。しかし、それが勝敗を分かつ決定的な差とは統矢は思っていない。もし、そうしたものが全てなら、そもそも訓練された軍人であるグレイに統矢は勝てないのだ。

 だが、この非情の世界では……戦争が常態化した地球では、違う。

 絶対元素Gxぜったいげんそジンキの科学技術で、軍事のみがいびつに発展した時代が条理を書き換えていた。


『どうした、ボォイ! 押し返せんか、非力だなあ? パワーが【サイクロプス】なんだよぉ! このまま捻り潰してくれるっ!』

「……両腕部ラジカルシリンダー発熱、ダンパー油圧上昇。機体が悲鳴をあげている! だけどっ、まだ!」


 愛機【氷蓮】がフレームごときしんでたわむ音が聴こえる。パワーの差は歴然で、今にも組んだ手を握り潰されそうだ。ガクガクと不気味な振動で震えるコクピットは、基本的に密閉されていてもオイルの臭いが上がってくる。

 その焼けた臭いは、愛機の血が滾って燃える血潮の高まりだ。

 冷静に状況をチェックしつつ、統矢は信じる。

 この機体は、評価試験も途中で北海道ごと消えた、まさしく歴史から消え去ろうとする最新鋭機だ。だが、この場所にずっと最期さいごまで座って、戦い続けた少女がいる。統矢の背を守って、逃げ出さなかった彼女がいたのだ。


「こんなもんじゃないだろ、なあ……りんな。俺も【氷蓮】も、こんなとこでなど! 終われる、ものっ、かあああああっ!」


 スキンテープに覆われた片目の【氷蓮】の、その隻眼セキガンに光が走る。

 同時に、統矢が裂帛れっぱくの意志を流し込む機体が、ガクン! と震えた。

 足元が陥没してアスファルトがめくれ上がる中で、徐々に【氷蓮】の駆動音がメカニカルな金切り声を歌ってゆく。そして、上背うわぜいに物を言わせて圧してくる【サイクロプス】が、ピタリと止まった。

 徐々に潰されそうになっていた【氷蓮】が、不思議な鳴動と共にえる。


『な、なんだっ! 圧倒している! のに、これは……』

「大尉、あんた……知らないんだな、PMRのことをなにも」

『なんだとっ!』

「誰でも戦えるように、Gx感応流素による操縦系の補佐を実装し、素人の操縦に対応した素人と同じ姿……人型でPMRは造られた。そこにもう、軍人だなんざ、関係ないっ!」


 瞬間、【氷蓮】の背に並ぶスラスターが火を吹いた。

 周囲に暴風が吹き荒れ北の街が震える。

 同時に、耳障りな金属音が響いて、グレイが驚愕に身を引く気配が伝わった。それは、【氷蓮】の手が、【サイクロプス】の手を……一回り大きいマニュピレーターを、逆に力で捻じ伏せ握り潰した音だった。

 駆動音を高鳴らせて、徐々に劣勢だった【氷蓮】の機体が持ち上がる。


『な、なんだっ! 97式のスペックには目を通している……ありえんっ!』

「悪いな、大尉……一度死んだコイツは、地獄から蘇った。この俺と共に……カタログスペック通りに直したつもりはない! それにっ、Gx感応流素の恩恵を使えば、俺自身の力が!」

『ば、馬鹿なっ! ありえん……』

「押せよっ、【氷蓮】ッ!」


 既に完全に立ち上がった【氷蓮】の、その全身に配置されたラジカルシリンダーが高鳴り輝く。それ自体が縦横無尽に伸縮する人工筋肉であり、絶対元素Gxの恩恵の産物であるラジカルシリンダー……その力をカタログスペック以上に引き出す術を、統矢は心得ていた。

 あの、地獄の北海道での攻防戦が、多くのことを教えてくれた。

 共に戦った仲間が、大人たちがのこしてくれたのだ。

 Gx感応流素を通じて流し込まれる意志の力さえも、PMRは力に変えて動くと。

 煌々こうこうと灯るスラスターを全開に、そのまま【氷蓮】は【サイクロプス】の巨体を押し返す。本来ジャンプや一時的な滞空に使う推力を、デリケートな操作で統矢は押し返す力へと変えた。あっという間に二機は、大通りにわだちを刻みながら揉み合い転げるように移動する。

 もはや【サイクロプス】は、両腕から火花と煙を吹きながら【氷蓮】に押し出されようとしていた。

 だが、両手を放した統矢の【氷蓮】が、握った拳を振りかぶった、その時だった。


『それまでだ! 摺木統矢、やめろ。グレイ大尉も。パンツァー・ゲイム終了、引き分けとする! 双方の殲滅失敗、生存を確認……すみやかに撤収、皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくへ戻るぞ』


 それは、御堂刹那ミドウセツナの声だ。

 耳にキンキンと痛い、子供の声が統矢の鼓膜に突き刺さる。


『待てぇ、御堂三佐! 俺はまだ、まだ戦えるっ!』

『グレイ・ホースト大尉。終わりだ……パラレイドが、ゼラキエルが活動を開始した。観測班の報告があった。直ぐに戦線を構築、青森は全県で臨戦態勢に入る』


 奥歯を噛む音が聞こえてくるようで、唸るグレイの声が統矢の耳にも届いていた。

 同時に、統矢の中で心臓が飛び跳ねる音が、ドクン! と響く。

 文字通り拳を振り上げたまま固まった【氷蓮】の、その鉄拳を振り下ろす相手は別にいる……そしてそれこそが、統矢が倒すべき仇敵、パラレイドだ。

 始まる本当の決戦を前に、限界を超えた【氷蓮】が大きく震えて一歩後ずさる。その中で統矢は、懸命な操縦で愛機を支えて立たせ、ヘッドギアを脱ぐ。汗に濡れた髪をかきあげ、コクピットを開放させれば……北の風は遠く、決戦の地へと統矢を誘うように吹いていた。

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