第19話「激戦の新町商店街」

 北の街の静寂せいじゃくを引き裂き、全高7mの巨神が疾駆しっくする。

 絶対元素Gxぜったいげんそジンキによる科学技術の発展が生み出した、戦争を演じる鋼の防人さきもり……パンツァー・モータロイド。

 摺木統矢スルギトウヤの駆る97式【氷蓮ひょうれん】は、身にまとアンチビーム用クロークをなびかせ大地を揺るがす。

 先行する五百雀千雪イオジャクチユキの89式【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんごうきは、その空色そらいろの機体はあっという間に見えなくなった。


「流石だな、千雪……突進力では追いつけないか。奴らは、海兵隊の連中はどう出る?」


 パラレイドが目覚める合間の、仮初かりそめの平和を奪い合うようなパンツァー・ゲイム。相手は百戦錬磨ベテランの実戦部隊、アメリカ海兵隊第二PMRパメラ中隊だ。その編成は三個小隊、PMR配備数は十二機である。

 だが、統矢が視認するレーダーの光点は四つ。開幕と同時に御巫桔梗ミカナギキキョウの狙撃によって、一機が既に頭部を損傷して撃墜判定となっていたから、合計で五機だ。

 どうやら相手は、フェアに同数での対決を望んでいるらしい。

 後方に待機した残りの七機に、動く気配はなかった。


「すぐに後悔するさ……最初から全機全力で展開してれば、ってな!」


 統矢の独り言はすぐに現実となった。

 真っ直ぐ矢のように吶喊とっかんした千雪の【幻雷】改型参号機は、接敵から数秒で全ての光点をレーダー上から消してしまった。

 同時に、後方で待機していた全ての機影が戦域へと動き出す。

 二手に分かれた敵の本隊を確認して、統矢はアスファルトの上で緊急ターン。ラジカルシリンダーの伸縮が統矢のイメージ通りに【氷蓮】を躍動させ、交差点を直角に曲がっての急停止と急発進で加速する。

 そしてすぐに、見慣れつつある町並みの中に無骨なシルエットが浮かび上がった。

 広域公共周波数オープンチャンネルから雄叫びにも似た声が迸る。


『エンゲージッ! 包帯野郎だ、一機! ブッ潰してやるっ!』


 装甲で肥大化した機影が、両手で保持する巨大なガトリング・ガンをゆっくりと構えた。ガン・ベルトが給弾用のバックパックから伸びて繋がっている。アメリカ軍で制式採用されている一般的な量産型PMR現行機、TYPE-07M【ゴブリン】……日本で御巫重工ミカナギじゅうこうが作るPMRよりも、装甲と出力に重点を置いて建造された機体だ。戦場では隊伍たいごを組んで方陣ほうじんを敷き、携行する高火力の武装を頼みに数での圧倒を基本とする。大口径、60mmの大型ガトリングは、直撃すれば紙屑かみくずのように装甲を引き裂いてしまうだろう。

 模擬戦用の弱装弾であっても、撃墜判定は免れない。

 だが、統矢の思考は別のことへと思惟しいを注いでリソースを割いていた。


「なんて物を……街に、建物に被害が出るっ!」


 操縦桿を握る統矢の意志が、内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションを通じて機体へと行き渡る。ツイン・アイの片方をスキンテープで覆った【氷蓮】が、隻眼せきがんを輝かせて光の尾を引く。

 そのまま統矢は、手にする巨大な剣の広刃を眼前へとかざした。

 単分子結晶たんぶんしけっしょうの刀身が、秒間180発の速度で襲い来る弾丸を弾いて歌わせた。


『クソッ、クソッ! 当たれ、当たれ、当たれええええっ!』

「当てるだけでは……はああ!」


 統矢は距離を詰める程に加速して、火花を散らす剣を盾に正面で射程を殺す。あっという間にガトリング・ガンの内側へと飛び込んだ【氷蓮】は、両手で天へと大剣を振り上げた。

 刃を寝かせてみねでの打撃、統矢が一体化したコクピットに鈍い衝撃が伝わる。

 目の前の【ゴブリン】の、正方形に並んだ四つのメインカメラが光を失う。頭部へと質量に物を言わせた打撃で、統矢は撃墜判定を勝ち取るや敵を黙らせた。

 【ゴブリン】の駆動音は次第に静かになり、空を撃っていたガトリング・ガンもゆっくりと黙る。

 反対に回線の向こうから罵詈雑言ばりぞうごんが聞こえていたが、統矢は無視して次の敵を探した。

 瞬間、殺気を伴う金切り声が、向こうの通りからビルを飛び越え宙に舞った。


「二機目! チィ、上を取られたか」


 咄嗟に統矢は、瞬時の判断を機体に伝える。

 【氷蓮】はマントに旋風つむじを巻いてその場で回ると、大地を両足で掴んで先ほどの【ゴブリン】に身を寄せる。そのまま機体を密着させながら、肥満体にも見える装甲の厚みへと統矢は愛機を隠した。

 そして、二機目の【ゴブリン】がアサルトライフルを向けてくる。

 40mmが火を吹き、あっという間に一機目の【ゴブリン】が弾着の火花と煙に包まれた。

 勿論、その影に身を隠した統矢の【氷蓮】に被弾はない。


『このガキっ! 俺を盾にしただとっ!』

『ディック、どけっ! 邪魔だ!』


 混乱する通信を聴き流しつつ、統矢は間髪入れずに機体を操る。

 細身の華奢きゃしゃな【氷蓮】は、既に停止した【ゴブリン】を蹴り飛ばすや大地へ剣を突き立てる。同時につかを手放した両の手は、つばと一体化して収納されている二丁のハンドガンを抜き放つ。

 千鳥足ちどりあし僚機りょうきを押しのけ、二機目の【ゴブリン】がアサルトライフルを構えた。 

 だが、統矢の方が速い。

 30mmオートが交互に火を吹き、空薬莢からやっきょうが次々と宙へ舞った。

 しかし、直撃弾を無数に浴びながらも【ゴブリン】は止まらない。


「30mmじゃ圧力負けする? 奴の装甲を抜けないっ!」

『豆鉄砲ではなあ! そんな玩具じゃ、【ゴブリン】には傷一つつかんぜ、ジャパニィィィズ!』


 火力が足りず、撃墜判定が得られない。

 そうこうしている間にも、雌雄一対しゆういっついの拳銃は同時に弾切れを告げてきた。そしてもう、目の前にはアサルトライフルを持ち替えた【ゴブリン】が銃床ストックで殴りかかってきている。

 やはり、現在の【氷蓮】では装備の火力に問題があった。

 だが、それ自体がオーパーツである巨大な剣は、単体でかなりのウェイトをしめている。この両手剣を装備するだけで、ほぼ積載重量せきさいじゅうりょうギリギリなのだ。御巫重工製のカービンやアサルトライフル等を持てば、機動力と運動性が損なわれる。

 結果、射撃に関しては射程も威力もないハンドガンを統矢は選ぶに留まっていた。

 それというのも、りんなが……れんふぁが乗ってきた謎のPMRから拝借したこの剣に装備されているからである。本来接続されていた銃は、あのビーム兵器は使う訳にはいかない。


「取り回しが悪いっ! 剣はともかく銃は……元に戻すか? いや、それもまずい、なっ!」


 肉弾戦を仕掛けてきた【ゴブリン】の一撃を、統矢は交差した銃と銃とで受け止める。鈍い衝撃と共に、足元が沈み込む感覚が統矢を襲った。ウェイトで見れば【氷蓮】は、【ゴブリン】よりも軽い。瞬間最大出力ならともかく、トルクでは向こうが上だ。

 だが、その時……赤い影が背後から跳びだした。


『なにやってんのよ、統矢っ! 助けてあげるんだから、感謝しなさいよ!』


 キンキンと耳に痛いラスカの声が、ルージュの一撃を連れてくる。

 その動きは、接敵する相手にも当然だが、統矢にも目で追い切れない。

 徹底して関節や駆動系を最適化された軽量級の【幻雷】改型四号機よんごうきは、あっという間に揉み合う【氷蓮】と【ゴブリン】の背後に回りこんだ。生物のようになめらかなその脚捌あしさばきが、一際甲高い駆動音を連れて光を放つ。まるで氷上を滑るように、ラスカは愛機に握らせた大型ナイフを【ゴブリン】の膝関節へと捩じ込んだ。

 鼓膜をひっかくような金属音が響いて、【ゴブリン】が崩れ落ちる。


『よしっ! ほら、統矢! アタシとアルレインがフォローしてんだから、もっと気張りなさいよ。……やっぱさ、そのオンボロ、調子悪いの? ねね、大丈夫?』

「ラスカか、助かる。お前、ちょっと気持ち悪いぞ」

『なっ、なによ! 心配してやってるんでしょ、ひっぱたくわよ! あーもぉ』

「そっちの方がらしくていい。ありがとう」

『……別に、いいけど。中央突破で千雪がバリバリ敵を喰ってるから、迂回した部隊をアタシたちで叩くわよ? ……来たっ!』


 ラスカが真紅の愛機を翻した、その瞬間に大地が破裂する。

 統矢もすぐさま二丁の拳銃を剣へと接続して押し込み、そのまま次の二射目を刃で受け止めた。接近する機影は一つ、だがセンサーが拾う動力音は【ゴブリン】ではない。

 そして、ビルの谷間からゆらりと一つ目の巨体が姿を現した。

 それは、通常のPMRより一回り大きく厳つい、アメリカ軍の最新鋭機だ。


『やってくれるぜ、学生さんがよ。……こっからは本気だ、相手をしてもらうぜ? ボォォォイ!』


 その声は確か、先ほど統矢と格納庫ハンガーでやりあった隊長のものだ。名は確か、グレイ・ホースト大尉。海兵隊の荒くれどもを束ねる実戦指揮官だ。

 彼の乗る見慣れないPMRは、まるで鬼がくような一種独特の駆動音を響かせる。

 装甲越しに感じる圧倒的なプレッシャーに、統矢は自分の肌が粟立あわだつのを感じる。先ほどのように遊び半分で仕掛けてきた連中とは訳が違う……プロの軍人が剥き出しの殺意をぶつけてくる中で、統矢は操縦桿を持つ手が汗を握っているのに気付くのだった。

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