第22話「燃え上がる空の下で」

 セラフ級パラレイド、ゼラキエル……再起動リブート

 パラレイドの中でも天災級の危険な個体を、人類同盟じんるいどうめいは神話の熾天使してんしになぞらえた。その力は凄まじく、山脈を空へと吹き飛ばし、星を穿うがって海を蒸発させる。人類を地球ごと消滅させるために、次元転移ディストーション・リープを用いて降臨する死の御使みつかい……それがセラフ級だ。

 大湊おおみなとの艦隊から放たれた戦略支援攻撃の気化爆発兵器が、辛うじて脚を止めていた。

 だが、全てが無に帰す爆心地の中から、再び災厄は動き出したのだ。


『戦線に次元転移反応多数、アイオーン級とアカモート級、来るぞっ!』

『アイオーン級はともかく、アカモート級は面倒だな……一尉いちい、三個小隊付ける! 右翼より迂回して散開、横っ面を叩け』

『了解! ……で、例の青森の幼年兵ようねんへいたちは?』

『最前線だ、もうじき会敵する。時間を稼いでもらってる間に、なすべきことをなせ! 以上だ!』


 人類同盟、日本皇国軍にほんこうこくぐんの混戦する通信が摺木統矢スルギトウヤの耳にも雪崩なだれ込んでくる。広域公共周波数オープンチャンネルで行き交う言葉は、緊張に満ちて震えていた。

 プロの軍人、正規兵でさえ恐ろしいのだ。

 愛機97式【氷蓮ひょうれん】のコクピットで、統矢も高ぶる気持ちへ自制を呼び掛ける。

 正面のメインモニターが移す山側の遠景は今、空からの無数の光を屹立きつりつさせていた。それは全て、どこからともなく送り込まれてくるパラレイドたちの光だ。青森市街地と山間部の境界に最終防衛ラインを敷いた統矢たちに、敵が迫っている。


「……そうさ、俺たちは幼年兵。使い捨ての弾除たまよけくらいにしか思われてない、か」


 ひとりごちる統矢が唇を噛む。

 この時代、長引き過ぎた最終戦争が人類を疲弊ひへいさせ、未来への可能性に対して誰もが盲目だった。本来守るべき女子供すら戦線に投入され、そのために実用化された兵器がパンツァー・モータロイドだ。Gx感応流素ジンキ・ファンクションによる半自動型の意識と意思で操縦できるPMRパメラ……それを用いて、命は消耗品として使い捨てられる。

 今という寒さの世紀、人の命はなによりも安い。

 まして、戦うために集められた幼年兵ならば尚更だ。


「機体チェック、油圧OK。電装関係、オールグリーン……Gx感応流素、完全正常。新規パーツも問題ないな、流石は瑠璃ラピス先輩だ」


 統矢は落ち着かない自分をなだめるように、この場所で待機を初めてから何度目かの最終チェックを行う。統矢の操作と意識を拾って、巨大な剣を側に突き立てた【氷蓮】は、左右の手を開いては握り、なめらかな動きで全ての指を曲げては伸ばす。

 新しく両手を付け直して、また一つ【氷蓮】は正規の純正部品を失った。

 だが、皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくの整備科有志が研究開発したパーツは、素晴らしかった。統矢の【氷蓮】に装着された両手は、試作された最初の物で、大きさは標準的なPMRのマニュピレーターと変わらない。ただ、内蔵されるラジカルシリンダーは絶対元素Gxぜったいげんそジンキの純度が高い物だし、フレームや外装も強度が増している。

 因みにこれのデータを元に、格闘戦用のこぶしとして一回り大きめに作られたのが、五百雀千雪イオジャクチユキの駆る89式【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんごうきのものである。

 やることもなくただ待つ中、敵は徐々に近付きつつある。

 パラレイドの矢面に真っ先に立たされる統矢は、れつつもたかぶりを抑えられない。


『こちら第二聯隊れんたい、展開終了』

『第三聯隊、OKです』

『目標は現在、市街地に向けて進行中……進軍に明確な指向性があります。この先になにが……?』

『本部でも確認している。当該方向にあるのは……学校? 青森校区だな』

準軍施設じゅんぐんしせつですが、何故青森校区が? あそこになにがあるんですか!』


 ひっきりなしにヘッドギアのレシーバーは、軍人たちの声を拾っている。

 そして統矢は、不思議と彼らの疑問に対する答を一つだけ知っている。それが正解かどうかはわからないが、心当たりといえばそれしかなかった。

 セラフ級ゼラキエル他、数万の規模のパラレイドが目指す先……そこには、今の統矢たちの母校、青森校区がある。その中には、ひっそりと隠すようにあの機体があった。以前、次元転移で現れた謎のPMR……試作実験機らしき、トリコロールカラーの白い所属不明機アンノウン

 その中から現れたのは、更紗さらされんふぁ。

 統矢の幼馴染、更紗りんなと瓜二つの少女だった。


「なんだ……? この胸騒ぎは。何故、パラレイドはあの機体を? いや、これは偶然か……それとも」

『よぉ、どうした統矢? びびってんのか』


 聴き慣れた声が耳に飛び込んできた。

 すぐ横に機体を並べた、戦技教導部せんぎきょうどうぶの部長である五百雀辰馬いおじゃくたつまだ。彼の白い【幻雷】改型壱号機かいがたいちごうきが、バイザーで覆われた頭部をこちらへ向けてくる。

 統矢を含め、戦技教導部の最精鋭たちは最前線、その先頭にいた。

 戦果を期待されず、おとりたてとして使い捨てられる学友たちを守るため。

 一人でも多くの同胞を生き残らせ、立派な一人前の兵士として軍へ送り出すために。

 常に先頭に立って戦い、幼年兵たちを鼓舞こぶするのも戦技教導部の役目だった。


『もうすぐ大湊艦隊からの支援攻撃が始まる。ま、税金の無駄遣いだな』

「パラレイドに誘導兵器ゆうどうへいきの類は効かない。なら、何故?」

『海軍だって、なにもしないで終われないだろう? 今や制空権はどこにもなく、次元転移がそもそもの戦略をひっくり返しちまった。今じゃ陸軍のPMRが主役で、海軍は偵察や輸送、そして過去の遺物である艦隊からの足止めと』

「それでも、ありがたい時もあるみたいですけど」


 パラレイドに対して、超長距離からの誘導兵器による攻撃は意味をなさない。それでも、ミサイルはこの時代、まだまだ現役の兵器だった。その戦術的運用ニッチェは、主に牽制、そして時間稼ぎと足止めだ。

 強力なビーム兵器で武装したパラレイドは、たやすくミサイルを迎撃してしまう。

 艦隊からの艦砲射撃による気化弾頭きかだんとうくらいしか、その防空網をすり抜けられない。だが、それは守るべき国土をも焦土とするため用途が限定される。そして、通常弾頭ではパラレイドを破壊するのは難しい。

 結局、PMRによる近距離からの射撃戦、格闘戦だけが確実な撃破方法なのだった。

 それでも、ようするに「陸軍以外の全部」が統合された形で、海軍は存在し続けていた。


『っと、アメリカさんの海兵隊は……近いな。随分前面に展開しているぜ。なあ、統矢』

「あの人は……グレイ・ホースト大尉は、そういう人らしいです」

『なるほど、俺らのために一肌脱ごうってのかい。ありがたいねえ……ああいう大人もいるにはいるがな、統矢。戦場はしを選ばず人を殺す。お前も気をつけな』

「了解です、部長。まあ、俺は……憎まれっ子世にはばかる、の類なので」

『違いねぇ』


 統矢は辰馬と言葉を交わしていたら、少しだけ気持ちが落ち着いている自分に気付いた。もしかしたら辰馬は、気負ってそわそわする自分を気遣きづかってくれたのかもしれない。

 そして、他の戦技教導部のメンバーはと愛機に首を巡らせる。

 カーキ色の【幻雷】が背後に並ぶ中、改型がずらりと勢揃いしていた。

 色とりどりの機体の中でも、一角獣ユニコーンのような角に空色の改型参号機はやはり目立つ。増設したラジカルシリンダーで盛り上がった肩や脚が、異様なシルエットを刻んでいた。

 だが、乗っているのは千雪……目も覚める程に美麗な少女なのだった。


『……? どうかしましたか? 統矢君』

「いや、なんでも。他の連中はどうかな、って」

『ラスカさんなら機体を……アルレインを磨いてます。コクピットから出て』

「は? いや、すぐにでも始まるぞ? なにやってんだ、あいつ」

『身だしなみは英国人ジョンブルたしなみだとか。御巫ミカナギ先輩は……寝てますね』

「どういう神経してんだ、桔梗キキョウ先輩は」


 長大な対物アンチ・マテリアルライフルを肩に立て掛けたまま、御巫桔梗ミカナギキキョウの新緑色に塗られた改型弐号機かいがたにごうきは全く動かない。耳を澄ませば回線の向こうに、かすかに寝息が聴こえるような気がした。よほどきもが座っているのか、それとも……眠りに逃げ込むことでパラレイドの恐怖と戦っているのか。

 統矢の知る桔梗という女性は、後者だと本能的に思った。

 一方で、隣の改型四号機かいがたよんごうきの、その真っ赤な機体の上に金髪の矮躯が立っている。

 念入りに愛機を磨くラスカ・ランシングは、統矢の視線に気付いて振り向くや、アカンベーで舌を出した。相変わらずかわいくないが、緊張は感じ取れない。


「俺だけか、ガチガチなのは。……俺が一番実戦経験が多い、北海道で戦ってきたのにな」

『そうぼやくなよ、統矢』

「部長も全然普通ですよね」

『これが全国ベスト4フォーの実力さ。まあ、本土まで本格的にパラレイドが来ちまったんだ。首都東京の消滅以来だな……今年の全国総合競戦演習ぜんこくそうごうきょうせんえんしゅうは、こら中止かもな』


 全国総合競戦演習、要するにPMR甲子園とか呼ばれる夏の祭典だ。勿論、全国の兵練予備校が参加するパンツァー・ゲイムで、テレビやラジオで大々的に放送される。

 青森校区の戦技教導部は、フェンリルの名で恐れられる実力校だったのだ。

 だが、既にそんなことをしている場合ではなくなった……数年前に首都だった東京を吹き飛ばされて以来、初めて本土が戦場になっているのである。統矢にはそれが、なにか悪夢の始まりのように感じられるのだった。


『そういや統矢、その、大尉のおっさんとはさっきなにを? 格納庫ハンガーに来てたじゃねえか』

「謝ってましたよ、千雪とれんふぁにちょっかい出したこと」

『おやおや、そいつぁ……なんともまあ、律儀なことで』

「それと……DUSTERダスター。気になって聞いてみました」


 詳しくはグレイも知らなかった。だが、その言葉を何度も耳にしたという。

 DUSTER……それはアメリカ軍の間でもまことしやかにささやかれている都市伝説としでんせつ。軍隊や戦争につきものの、一種オカルト的なうわさ話である。

 曰く、一騎当千いっきとうせんの力に覚醒かくせいした凄腕パイロットである。

 曰く、殺しても死なない無敵の兵士である。

 曰く……パラレイドと戦うべく、真に進化した人類である。

 どれも眉唾まゆつばもので、語ったグレイ本人も信じてはいないようだった。


『統矢、お前……なんか、残念な奴だったんだな』

「な、なんでですか! それに、俺じゃなくてグレイ大尉が言ったんですよ!」

『アニメオタク的な話だぜ、それ……ニュータイプとか異能生存体いのうせいぞんたいとかいうやつだろ? あーあ……まあ、千雪もそういうの嫌いじゃないから安心しろ。あの愚妹ぐまいは、ありゃPMRオタクだからな』

「……なんで千雪の名前が出るんですか、そこで」


 そうこうしていると、回線を飛び交う声が慌ただしくなってくる。

 どうやら大湊艦隊から支援の攻撃が始まったらしい。

 空を見上げれば、雲を引くミサイルが無数に真っ直ぐ飛んでいた。そのどれもが、統矢たちがにらむ先へ、パラレイドたちが進軍してくる中へと注がれる。

 次の瞬間、空一面に爆発の花が咲いた。

 パラレイドは正確無比なビームの射撃で、全てのミサイルを撃ち落としてゆく。

 それでも絶えることなく飛来するミサイルが、次々とぜて轟音を響かせた。

 燃え上がる空気にビリビリと機体が振動する中、辰馬の声が響く。


『おーし、今のうちに突っ込むぜ! 後の連中を守るぞ……俺らで突破口を開いて、軍や海兵隊の連中にも仕事させてやる! 行くぜっ……SALLYサリー FORTHフォース FENRIRフェンリル!!』


 常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターの高鳴りと共に、地を蹴る五機のPMRが背にスラスターの光を灯す。

 加速と共にシートへ押し付けられて埋まる中で、続く一般生徒たちの【幻雷】も進軍を開始した。絶え間なく注ぐ支援攻撃の下、戦いの火蓋ひぶたが切られる。

 闘争心を燃え上がらせる中で、統矢は冷静さを見失わずに洞察力をフル回転させる。視界いっぱいにうごめくパラレイド、雑兵のアイオーン級がメインモニタを埋め尽くした。

 戦いへと飛び込む統矢の思惟に、ふと一人の幼女が浮かび上がる。

 十歳前後にしか見えない、謎の皇国軍特務三佐とくむさんさ……御堂刹那ミドウセツナ

 あの女ならば、なにか知ってるのではという予感が、統矢の脳裏にはっきりと残った。

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