第12話「それは出逢いか、再会か」
97式【
遠くに振り返る山並みは、戦略兵器で吹き飛ばされた跡がここからでも見える。
そして、その爆心地で今もセラフ級のパラレイド、ゼラキエルは健在だ。
撤退中に既に統矢は、ゼラキエルが行動停止状態でしかないことを聞いていた。
「統矢君、お疲れ様でした。ラスカさんが例の機体を運びこんでくれています。一緒に格納庫へと行きましょう」
隣へ片膝を突いて屈み込む
相変わらず真っ直ぐに見詰めてくるので、思わず統矢は
先ほど無茶で無謀な戦闘をした挙句に、助けられたことを思い出せば恥ずかしかった。
「統矢君? どうしましたか、私の顔に何か」
「い、いや、違うんだ。違う、お前はいつも通り……そ、それより」
「はい」
「……さっきはすまん、悪かった。俺は……少し正気じゃなかった。だって、あいつは……あのパラレイドは、北海道を……りんな、をっ!? が、ぎっ?」
不意にひんやりと冷たい手が、統矢の両頬を包んできた。
そして、無理矢理にゴキリと首を前へと向かせる。
前を向かされた統矢の視界に、顔の近い千雪の大きな瞳が潤んでいる。
千雪の手は、小刻みに震えていた。無理もない、フェンリルの
それでも、微塵もそんな雰囲気を見せずに千雪はじっと統矢を見据えてくる。
「統矢君!」
「は、はいぃ!」
「……こういう時は、『すまん』とか『悪かった』じゃありません。『ありがとう』ですよ?」
「あ、ああ……ありが、とう。……ありがとう、千雪」
「はい、どういたしまして。またいつでもどうぞ」
千雪は小さく微笑むと、統矢から手を放して歩き出す。その背を追って、統矢も次々と生徒たちのPMRが出てくる格納庫へと脚を向けた。
青森校区の日常風景は、一変していた。
戦争が始まった、否……とっくに戦争は始まっていたのだ。それが今、この青森県にまで及んだだけの話。世界は今、地球全土で終わりの見えない戦争をしているのだ。
皇国軍の輸送機がひっきりなしに飛ぶ空の下、統矢は格納庫へと千雪を追う。
緊張感に満ちた空気の中では、教師も生徒も必死で忙しそうに走り回っていた。
「すぐに皇国軍の主力が県内に展開するそうです。三沢の在日米軍も動き出しました……足止めしたパラレイドを殲滅するため、この街は戦場になりますね」
千雪の声は、普段と変わらぬ凛として涼やかな透明度を保っている。
だが、そうして自分を演じているようにも統矢には思えた。
足早に歩く千雪と統矢の横を、次々とロービジに塗られた89式【幻雷】が出てゆく。キャリアに載せられシートを被せられたまま運ばれてゆく機体もあれば、PMR
この場所は今、最前線の基地も同然だった。
そして、忙しい喧騒と怒号を潜り抜けた奥を抜け、
こうして並べてみると、やはり統矢にはヒロイックな外観のそれがPMRだと思えた。
千雪と統矢に気付いた戦技教導部の面々は、振り向き出迎えてくれる。
「よぉ。戻ってきたな、統矢。どうだ、戦争になっちまったぜ? もう、お前だけ戦場帰りみたいな顔はできなくなっちまった訳だ」
いつものしまらない笑みで、部長の
「あの、副部長さんは」
「ああ、医務室だ。……ま、察してやれ。みんな色々あんだよ」
統矢の言葉に定型句を返す辰馬の、その目元が不意に優しくなる。
鈍い統矢でも、桔梗を案ずる辰馬に特別な感情が入り交じるのが見えたが、敢えてそれには言及しないことにした。
そうして統矢は皆と、謎のPMRを見上げる。
「あ、そうだ! ちょっとアンタ、今日のパンツァー・ゲイム……あれ、無効試合だからね!」
「え? ああ、ええと……ラスカ。あれは……俺の勝ちだろ」
「うるさいわね! あれから逆転したのよ、アタシとアルレインは!」
「いや、だってお前……PMRを降りてたじゃないか」
金切り声で目くじらを立てるラスカを適当にあしらいつつ、統矢は一人踏み出した辰馬の背を追う。辰馬は整備用のエレベーターを既に謎のPMRに寄せており、そのカーゴに乗って昇降ボタンを押した。滑り込みで飛び乗る統矢は、それが当然のようについてきた千雪に手を伸べる。
千雪を引っ張りあげれば、キーキー
そして、PMRならコクピットがある胸部には先客がいて、辰馬が声をかける。
「よぉ、どうだ? なにかわかったか、
辰馬の呼びかけに、ツナギの作業着姿が振り返る。ポニーテイルの少女が、瞳を輝かせながら立ち上がった。
「辰馬、ちょぉ見てみ? これ、やっぱPMRやないか。構造ほぼ全部、
「あ、紹介しとくぜ。この恥ずかしいキラキラネームは
「むむっ、そっちは……噂の摺木統矢やね! こないだはよぉ壊してくれたなあ、実技教練で【幻雷】を。あれ、うちら整備科と共用ねんで? 大変やったんやから!」
関西弁でまくし立てられ、思わず統矢は少しだけ身をのけぞらせる。
そういえば以前、授業の実技教練で千雪と戦い、こっぴどく負けたのだった。
「まぁ、そう絡むなよ瑠璃」
「辰馬がそう言うんやったら……でも、自分すごいなあ? 千雪ちゃんと二人で【氷蓮】直したて。パーツも少ないのにようやったわ、見てくれは最悪やけど」
「で、どうだ? こいつ、開きそうか? 見たとこPMRと一緒で、ここがコクピットみたいだがよ」
辰馬が身を寄せると、ころりと瑠璃は機嫌を直した。そして謎のPMRに話題が続くと、それはもう眩しい程に瞳を
「それやけどなあ、辰馬! これ、めっちゃ凄いでえ。千雪ちゃんも。そう思わん? どこ製やろな、見たこともないPMRや。えろう趣味的やけど、多分どこかの新型、
「機体照合は」
「データ照会したけど該当ナシや。あ、先生らには言うてへん。こんだけ目立つモン持ち込まれても、今の校区内はそれどこやないさかいな」
「
コン、と辰馬が叩く謎のPMRを、改めて統矢も見やる。
白を基調に青と赤のラインが走る、見るも鮮やかなトリコロール……恐らくデモンストレーションカラーだ。どこか騎士を
だが、この機体は戦場に
パラレイドだけが使う次元転移は、科学が発達した現代の地球でも解明されていない。
統矢は改めて
「お、ハッチが開いたで。やっぱ全部、共通規格やわあ」
瑠璃の声と同時に、コクピットのハッチが静かに跳ね上がる。
回りこんで正面からコクピットを覗き込み……統矢は絶句した。突然網膜を通して脳裏に広がった光景が、余りにもありえない状況だったからだ。
「パイロットは女、か。見たとこ歳は近いな?」
「気ぃ失ってるだけみたいやけど……どないしよ」
高鳴る鼓動。
止まる呼吸。
そして統矢は、周囲の音が遠ざかる中で
フラッシュバックする凄惨な光景が、目の前で一人の少女に重なった。
そこには、あの日北海道で死んだ筈の……更紗りんながいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます