第11話「鋼鉄の破壊神」

 そびえる威容はまさしく、くろがねの城。

 鋼鉄の破壊神が、摺木統矢スルギトウヤたちの前に立ち塞がっていた。それは間違いなく、あの日、あの冬の北海道で統矢が接敵遭遇したセラフ級に間違いない。今はもう、ゼラキエルの個体名を持つ人類の天敵……パラレイドの中のパラレイド。

 セラフ級と呼ばれる戦略破壊兵器クラスのパラレイドとの遭遇は、即ち……不可避の死だ。

 周囲の皇国軍こうこくぐんの正規兵たちも、動揺に戦列を崩しつつ悲鳴を叫んでいた。

 既にもう、戦線の維持は不可能で、戦争行為そのものが瓦解がかいしていた。


『セラフ級確認、くりかえす! セラフ級確認! 個体名……ゼラキエル! 北海道をやった奴だ、クソッ』

『各機、各個に残敵を牽制しつつ後退! 後退せよ! あらゆる交戦行為を認めない! 撤退! 撤退だ!』

『大湊の連合艦隊へ支援要請! 戦略兵器の使用を要請しろ!』

『そこのパンツァー・モータロイド! 青森校区の幼年兵だな! 下がれ、死ぬぞ!』


 次の瞬間、再び目の前のゼラキエルから光がほとばしる。18m程の巨体の頭部、その双眸そうぼうから苛烈かれつなビーム攻撃が地を裂いた。そのまま空をも断ち割って、またも遠くの青森市街地へと爆発の煙があがる。

 為す術もなく、圧倒的な火力の前に正規軍は後退し始めていた。

 そして、ゼラキエルは周囲のアイオーン級もろとも、人類同盟じんるいどうめいの皇国軍主力PMRパメラ、94式【星炎せいえん】を駆逐してゆく。火力を結集しつつ応射するPMRが、一機、また一機と火柱に変わった。

 そして、統矢の中で凍っていた戦慄の記憶が呼び覚まされる。


「あいつは……あいつはぁ!」

『統矢君、落ち着いてください。ラスカさん、フォローを。対装甲炸裂刃アーマー・パニッシャーの残りは』

『全部使っちゃったわよ! あとはコイツで相手をするっ! ……どいてなさいよ、パラレイドに恨みがあるのは、アンタだけじゃないんだからね!』


 視界の隅で、赤い89式【幻雷げんらい改型かいがた四号機が両手に大型ナイフを構える。

 だが、五百雀千雪イオジャクチユキの制止を振り切り、統矢は目の前の恐怖へ向かって吠え荒ぶ。獣のような声を張り上げながら、フルスロットルで愛機97式【氷蓮ひょうれん】を押し出した。

 包帯姿に見えて痛々しい【氷蓮】は、ボロ布を棚引かせて大剣を引きずりながら疾駆しっくした。

 たちまち目の前に、そびえ立つゼラキエルの巨躯がモニタを圧倒してくる。

 だが、遥かな高みから見下すような機械的な視線を、統矢はにらみ返して機体を駆る。荒ぶり猛る統矢の意志をGx感応流素ジンキ・ファンクションが拾って、血の通う我が身の如く【氷蓮】が跳躍した。


「倒す、倒すっ! 今、ここでぇ……かたきを討つんだっ! 俺が!」


 謎の所属不明機アンノウンからひったくった刃を、両手で頭上へと大きく振りかぶる。上段の構えから、機体を覆うほどの巨刀を統矢は振り下ろした。

 だが、信じられない大きさの単分子結晶たんぶんしけっしょうでできた大剣が、容易に弾かれる。

 巨体からは想像もつかぬスピードで、ゼラキエルは素手の拳で剣戟けんげきを振り払った。

 同時に、着地する統矢の【氷蓮】を影が覆う。

 慌てて回避に機体をひるがえせば、一瞬前の自分がいた場所をゼラキエルの巨大な脚部が踏み潰した。まるで、巨象きょぞうにたかるありにも等しい攻防……だが、統矢は既に冷静さを失っていた。

 目の前に今、北海道を消滅させて幼馴染を……更紗さらさりんなの命をうばった敵がいる。

 倒さねばならない、因果いんが応報おうほうせねばならない。

 それだけが今、統矢を熱く熱く戦いへと駆り立てる。


『正規軍が退きます、これは……統矢君、私たちも下がりましょう。大湊艦隊からの戦略支援攻撃が来ます。着弾まであと3分。離脱を!』

『こっちの白いのはどうするのよ! 千雪、これ! 最初に出てきたの、動かない……あーもぉ! 確保して離脱するから』


 戦術データリンクで繋がった統矢の機体にも、左右のサブモニタへと数字が浮かんでゼロへと加速を始めた。デジタル表示のそれは、大湊軍港の艦隊からの戦略支援……ここいら一帯をゼラキエルもろとも消滅させるための気化爆発兵器だ。

 セラフ級にとっての有効打撃には、それでも足りないのは知っている。

 だが、本土の防衛戦力を結集させるまでの時間が必要なのだ。


「はぁ、はぁ……あと180秒! どうする、どうやって倒す……倒すんだ、今ここで!」


 呪詛じゅそのような言葉を呟き、統矢は息を荒げる。

 その間も、無情に時間は彼の手をすり抜け、指と指の間を落ちてゆく砂のよう。

 そして、気付けばゼラキエルと対峙するPMRは統矢の【氷蓮】だけになっていた。

 否、もう一機……殿しんがりに立つように、巨大な豪腕を身構える空色の機体があった。


『統矢君、撤退を。私が支援しますので』

「撤退? 逃げるのか? 奴が、あの時のパラレイドが目の前にいるのに! 今!」

『死んでしまいます! 統矢君、あなたも……統矢君の胸の奥へ消えた、幼馴染さんと同じ場所にいってしまうんです。死んでしまうと、仇も取れないし、戦えなくなるんです』


 身を切るような千雪の言葉は、珍しく語気を荒げて統矢の耳朶じだを打つ。

 それでようやく、統矢の体に思考と知性が戻ってきた。


「……ッ! ……わかった、撤退する」

『戦略支援の着弾まで、あと120秒。私が次の一撃を打ち込むと同時に跳んでください』


 それだけ言うと、千雪は【幻雷】改型参号機にズシャリと腰を落とさせる。青森校区戦技教導部せんぎきょうどうぶ、通称フェンリルと呼ばれるチームで拳姫けんきの名を欲しいままにするエース……【閃風メイヴ】。

 次の瞬間、撃ち放たれた砲弾のように重装甲の機体が飛び出した。推進力を全開にした空色のPMRは、スラスターの光を煌々と燃やして吶喊とっかんしてゆく。

 気付けば統矢は、それが当然であるかのように後を追って跳躍する。


『統矢君! あなたは離脱してください。私が殿に』

「下がるなら一緒だ、このデカブツは俺の方がよく知ってる! ……もう、誰も目の前で死なせない! 死ぬ瞬間すら忘れる恐怖に、誰も置いていかない!」


 統矢の絶叫に呼応するように、目の前のゼラキエルが太い両腕を前に突き出した。巨大な拳を握ると同時に、肘部から炎があがって燃え上がる。何事かと思った次の瞬間には……ゼラキエルは、両の拳を前腕部ごと発射してきた。

 信じられないことに、撃ち出された鉄拳が統矢と千雪を襲う。

 左右に別れて回避した二人の、そのすぐ横を死が擦過さっかした。


「腕を、撃ち出した? あれだけの質量だ、かすっただけでもタダじゃすまないぞ」

『気をつけてください、統矢君。今の一撃……戻ってきます!』


 阿吽あうんの呼吸で統矢は、気付けば自然と千雪と背をかばってゼラキエルに相剋そうこくする。不思議と、千雪に背を預けてもいい気がして、それが当然だと思えた。そういう人間をもう、失ってからは得られぬと頑なに信じ込んでいたのに。

 ゼラキエルの鉄拳は遠くの空で翻るや、爆音と豪炎をまとって戻ってくる。


『離脱します、統矢君! ……拳で来るなら、拳で穿うがつのみ!』


 背後で大質量がぶつかり合う衝撃音を聴きながら、統矢は愛機に躍動を念じて身も心も重ねる。そうしてまた、あの奇妙な感覚が訪れるのではと信じて疑わなかった。

 一瞬が何倍にも引き伸ばされた、全てのときが動きを止めたかのような感覚。

 あらゆる全てが知覚で感じ取れる、圧倒的な空間支配力……それはまた、統矢の脳裏を包んで別世界へといざなった。


「見える……この感覚は、また……ッ! おおおっ! 勝負は預けたっ、次こそ殺す! 絶対に倒す! お前だけは……俺が倒すんだ!」


 両腕を失ったままでも、ゼラキエルは目の前に壁となって立ち塞がる。その胸に装備された真紅のパネルへと光が集束していった。それを統矢は覚えている……あれは、地殻を破壊する程の膨大な熱量を発生させる、ゼラキエルの最大最強の攻撃だ。北海道を海の底へと消した、恐るべき熱線の超大規模放射。その高まりに、ゼラキエルの胸が赤々と燃え出す。

 だが、すかさず統矢は愛機の纏うボロ布を剥ぎ取るや、それをゼラキエルの頭へと叩きつけた。顔面をシートで覆われた敵が、一瞬だけ動きを止める。

 それは、背後で千雪が左右の空飛ぶ剛腕を直撃コースから逸らすのと同時だった。


「よし、離脱する……千雪、悪ぃ……その、あ、ありがとう」

『いえ。フルブーストで飛びます。着弾まであと12秒』


 二人のPMRがありったけのフル出力で跳躍する。スラスターを全開に、ジャンプで戦域を離脱。その直後、遠くの艦隊より放たれた弾道弾の気化爆発が、周囲を白い闇で染めていった。

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