第9話「襲来、天よりきたる害意」

 凍えた空気を引き裂く、サイレンの咆哮ほうこう

 青森市全土に鳴り響く警報を、パンツァー・モータロイドの装甲越しに摺木統矢スルギトウヤは感じていた。それは肌を泡立て、いやおうなく緊張感で心拍数を跳ね上げた。

 この警報の意味を、統矢は知っている。

 奴だ……奴ら、

 次の瞬間、ざわつく周囲の中から、悲痛な悲鳴があがるのを97式【氷蓮ひょうれん】のセンサーが拾う。


『嫌……嫌ぁぁぁぁっ! やめて、来ないで……嫌よ、もう嫌!』

『落ち着け、桔梗キキョウ! 大丈夫だ、まだ連中はここまで来てねえ……俺がついてる、俺が!』


 視線を落とすように機体の首を巡らせれば、メインカメラが足元の電動カートを拾う。その運転をしていた戦技教導部せんぎきょうどうぶの副部長、御巫桔梗ミカナギキキョウの様子が明らかにおかしい。温和な令嬢といった雰囲気が霧散し、髪を振り乱して怯えている。その肩に手を置く五百雀辰馬イオジャクタツマも、平常心を装っているが動揺もあらわだ。

 だが、そんな周囲の光景も統矢の思惟しいから遠ざかる。

 そして、胸の奥底より湧き上がるドス黒い憎悪。

 復讐心に火が付いて、一切の思考が暗い心の炎へと掻き消されていった。


「現れたか、パラレイド……やってやる! ああ、やってやるさ!」


 機体を立たせた統矢は、即座に損傷を手早くチェック。

 左肩の三次装甲サードアーマーが吹き飛ばされて脱落し、各所を覆うスキンテープにも損傷が見られる。だが、フレームも動力源もダメージはない。改めて97式【氷蓮】の優れた基本性能に、猛る統矢の気持ちが加速してゆく。

 今こそ、再び戦い始める時……真の敵、かたきを討つ時。


『統矢君? ……待ってください、落ち着いて――』


 五百雀千雪イオジャクチユキの声がレシーバーの回線越しに響いた、次の瞬間には統矢は操縦桿を握って愛機にむちを入れる。Gx感応流素ジンキ・ファンクションを介して統矢の意志と決意が機体の隅々に行き渡り……隻眼のカメラアイに光を走らせるや、【氷蓮】は背のスラスターに火を灯して大きく跳躍した。ボロ布と化したマント状のシートをはためかせて、機体が空へと吸い込まれる。

 あっという間に、青森校区の広い敷地内が遠ざかる。

 僅か数歩のジャンプ飛行で、統矢は校区の外へと飛び出した。

 そのまま建造物を避けるように、幹線道路に沿って機体を飛ばす。PMRパメラは基本的に飛行能力を持たないが、背部や脚部に装備されたスラスターによる短時間の滞空が可能だ。操縦に熟練すれば、長距離の高速移動手段として、こうしたジャンプ飛行を行うこともできる。

 周囲を見渡し敵意を拾おうとする統矢は、カメラが捉えた光に目を見開いた。


次元転移ディストーション・リープ反応の光! あそこかっ!」


 空中でターンするや、統矢の駆る【氷蓮】は出力を全開に速度を強める。

 その向かう先に、空を焦がすような不気味な光が幾重にもきらめいていた。

 それは、次元転移反応と呼ばれる、パラレイドの出現の前触れ……パラレイドは時間も場所も選ばず、必ず突如として現れる。瞬間移動を用いているが、その原理は全くと言っていいほど解明されていない。

 ただ、あの不可思議な妖しい光が発現する時、パラレイドは容赦なく襲ってくるのだ。

 統矢は愛機【氷蓮】を、山間部の方へと向けた。

 まだまだ残雪が残る中に、巨大な足跡を刻みつつ跳躍する。


「どこだ……どこだっ! どこにいる、パラレイド! ……潰してやる、叩き潰してやるっ!」


 既に統矢は冷静ではなかった。

 正気を失っていたかもしれない。

 怨嗟と憎悪に駆られた統矢は今、目を血走らせながら周囲を索敵する。今にも発火しそうなテンションの高鳴りは、センサーとレーダーが拾う敵の反応に爆発した。


「見つけたぁ……来たな! パラレイド! そこを……動くなぁぁぁっ!」


 気付けば統矢は、笑みを浮かべていた。

 心の底から渇望した、敵の存在を前に笑っていた。

 狂気に身を委ねた男の、狂奔きょうほんへと飲み込まれてゆく笑顔。

 統矢は次元転移の光を空へと屹立させながら、多くの反応が山間部へと展開してゆくのを見つけた。大昔はスキー場があって、春先までスキーを楽しむ観光客が満ち溢れていた山並み……今は閑散と廃墟が点在するだけの開けた土地に、無数の敵意が現れた。

 次々と次元転移で三次元空間へと実体化し、瞬く間に統矢の視界を埋め尽くす、敵。


「アイオーン級! 雑魚が……あいつは、北海道のあいつは出てこないのか! 出てこいよ……出てこい! お前を倒すまで、引きずり出すまで……俺は、俺はぁ!」


 獰猛な野獣のように吠える統矢は、乗機がなんの武装も装備していないのに突撃を念じる。撃発する怒りそのものとなった統矢を乗せて、【氷蓮】が疾駆しっくした。

 敵はパラレイドの中でもアイオーン級と呼ばれる、いわば数で押すタイプの雑兵だ。蜘蛛くものように多脚をうごめかせる、全高5メートル程の機動兵器群。だが、西暦2098年の科学が発達した人類文明を、遥かに凌駕する技術力で作られている。

 その恐るべき一端が、右に左と回避運動で突っ込む【氷蓮】をかすめる。

 照射されたのは、荷電粒子かでんりゅうしビーム……光学兵器。

 当たればどんな装甲も即座に融解、貫通してしまう、恐るべき兵器だ。

 だが、ほぼ光速で撃ち出される無数のビームを、統矢は回避し続ける。おおむねアイオーン級の攻撃は数頼み、個々の戦闘力に突出した脅威はない。機械的に出現地点を確保、制圧するだけの、ある種無気力で緩慢かんまんとも言える戦闘行動が特徴的だ。

 だから、統矢には弾幕など意味はない……あっという間に、肉薄。


「あいつを出せ! 出せってんだ、よぉぉぉぉっ!」


 激昂げきこうすさぶ統矢が、ハーネスを身に食い込ませながら前のめりに操縦桿を握る。

 【氷蓮】は群がる百とも千とも数え切れぬ敵の群れの、そのど真ん中へと真正面から突っ込んだ。そのまま一機のアイオーン級に取り付くと、力任せに持ち上げる。多脚をワキワキと蠕動ぜんどうさせるアイオーン級は、たまらずビームを乱射し、周囲の味方へと爆発の花を咲かせていた。

 だが、統矢はアイオーン級のビームの、その砲口の死角を知っている。

 最前線の北海道で、嫌というほど倒した相手だから。

 【氷蓮】は持ち上げたアイオーン級を頭上に掲げて、力任せに引き千切る。スクラップとなったアイオーン級が、ばちばちと火花をあげる中、それを敵陣へと放り込む。

 爆発の炎があがった時にはもう、統矢は次のアイオーン級に殴りかかっていた。

 PMRはもともと、パラレイドとの有視界戦闘ゆうしかいせんとうを目的として開発、建造された人型機動兵器だ。パラレイドにはビーム兵器や異常なステルス性能等のアドバンテージもあって、前世紀のような誘導兵器、航空戦力による戦略爆撃が不可能なのだ。

 だから、統矢の戦術は正しい。

 本来は火器での牽制や支援が必須だが、結果的に格闘戦に持ち込むというのは、パラレイドを殲滅せんめつする最善の選択肢の一つ。統矢は、先ほどまで一緒だった千雪やラスカの機体、89式【幻雷げんらい】の改型かいがたを思い出す。極端な格闘戦仕様は、今という灰色の時代では有効なのだ。

 無我夢中でアイオーン級を蹴散らす統矢は、不意に近付く反応を二つ拾う。

 レーダーが接近を告げる識別は味方で、認識すると同時に周囲に援護射撃が降り注いだ。


『こんのバカ! あんたねぇ、なに単騎で飛び出してんのよ!』

『統矢君、青森県全域に緊急臨戦態勢きんきゅうりんせんたいせいが発令されました。すぐに軍も来ますので』


 キンキンと耳に痛い声音はラスカで、続く落ち着いた声色は千雪だ。

 肩越しに愛機を振り返らせれば、40mmカービン銃を持った二機の【幻雷】改型が舞い降りる。真紅のネイキッドはラスカで、その横のマッシブな空色の一本角は千雪の機体だ。二機の友軍機は周囲を掃射しつつ、統矢の死角を守るように背を預けてくる。

 そして、周囲をアイオーン級に囲まれつつも、二機は同時に銃を統矢へ差し出した。


『統矢君、武装のないその機体では。支援してください。前面の敵は私が』

『ほら、さっさと受け取るっ! 連中に教えてやろうじゃない? 英国人ジョンブルの……アタシの、アタシたちの流儀をね! やっつけてやるんだから!』


 破壊衝動に支配されていた統矢は、突然の援軍に呆気あっけにとられた。それでも唖然としつつ銃を受け取り、それを両手で構えて撃ちまくる。その瞬間、二機の【幻雷】改型は左右別々の方向へと飛び出した。

 特別なカスタマイズを施された、近接戦闘……格闘戦に特化した限界チューンドが吠える。

 メカニカルな重金属音が高なって、次々と周囲のアイオーン級が破壊されてゆく。


「……やるじゃないか、二人とも」


 少し冷静になった統矢も二人を援護するように撃ち漏らしへ銃弾を浴びせる。

 千雪の【幻雷】改型参号機さんごうきは、撃ちだされた砲弾のように吶喊とっかん、圧倒的な瞬発力で次々とアイオーン級をほふってゆく。両手両足を凶器へと高めた、無手の体術が爆発した。その逆方向では、ラスカの四号機よんごうきが次々と敵を火柱へ変える。あれは苦無クナイ状の必殺武器、対装甲炸裂刃アーマー・パニッシャー……敵の装甲へとねじ込んで内部から爆発させる、扱いの難しい武器だ。

 だが、パラレイドは圧倒的な物量で次から次へと次元転移して実体化、倒す程に増えてゆく。

 そして、二丁のカービン銃が同時に弾切れになった瞬間、統矢は一際巨大な次元転移反応の光を見た。それはあたかも、地上へ降臨する天使の前触れのように……光輪となって空に広がる輝き。その中央から、意外な影が姿を現すのだった。

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