第8話「六花氷刃の紅蓮撃」
弱い陽光の下へと、
全身を覆ったシートが、ばたばたと北風にあおられる。
「さて、どう出るか……こちらに武器はないし、相手は」
統矢はヘッドギアのバンドを顎の下に確認しながら、メインモニタが移す
見れば見るほど、そのネイキッドなじゃじゃ馬仕様に統矢は感心する。
潔く大半の装甲を取っ払った、超軽量化の
『よく逃げずに来たわね、
怒気も顕なラスカの声が、全生徒に聴こえるように外部スピーカーから叫ばれた。
既に校庭のあちこちには、観戦するために生徒や教師が立っていた。皆、寒さの中で白い呼気を
統矢も外部への音声出力を最大にして、ヘッドギアのマイクへと言葉を選んだ。
「手続きは踏んだつもりだが、お前のパーツを使ったことに関して言い訳はしない。悔しかったら、俺を倒して奪い返すんだな。……言っておくが、俺は女の下級生が相手でも容赦はしないぞ」
『ハン! 言うじゃない。いいわ、お望み通り今度こそそのガラクタを
「駄々っ子のわがままには付き合いきれん。能書きはいい、かかってこい」
売り言葉に買い言葉で、互いのテンションがヒートアップする中……統矢は冷静にラスカの乗機を観察する。89式【幻雷】の改型四号機……もはや授業用の機体とは全く異なる、原型を留めない程のカスタマイズとチューニングだ。パンツァー・ゲイムではあらゆる武装が
ラスカの機体は、腰の左右にダガータイプの大型ナイフ、目立った武装はそれだけだ。
あとは全身に、小さな
「……あれは
戦技教導部部長、
運転を務めているのは確か、副部長の
『おーし、お前ら! ギャラリーが
辰馬の言葉に、周囲から歓声が上がった。
まだまだ冬の空気が滞留する校庭に満ちる声と声とが、ビリビリと【氷蓮】の装甲を震わせるような錯覚。全校生徒の視線を全て受け止め吸い込みながら、統矢は
その時、突然ドスン! と、足元に巨大なナイフが落ちてきた。
『使いなさいよ。貸したげる……丸腰相手じゃ、アタシ本気で戦えない!』
なんと、ラスカは腰のナイフの片方を、統矢の【氷蓮】の足元へと投げてきたのだ。真っ白な雪の上に突き立つ、
足元のナイフを拾って身構えつつ、統矢は背筋が凍りつく感覚に打ち震える。
「ふん、意外に
『覚えておきなさい、泥棒猫!
統矢へとナイフを放ったラスカの機体は、既にもう自分でもナイフを身構えている。
その動きが、統矢には見えなかった。気がついたら、足元にナイフが突き立っていた。それを警戒しつつ拾う間に、もう片方のナイフをラスカは愛機に装備させたのだ。
モニタの中へと真紅の【幻雷】を睨んで、統矢は
(あれだけ極端なセッティングだ、恐らく通常の【幻雷】の七割程度の重量しか……しかも、先ほどの見えない動き。フレームの関節部が恐ろしい程に最適化されている)
ゴクリ、と喉が鳴った。
同時に、言い知れぬ興奮と高揚感に身体が熱くなる。
そして、背後で機体を待機させる千雪の声が、二機のPMRを同時に前へと押し出した。
『それでは……始めてください』
瞬間、雪煙を巻き上げながら、二機のPMRが校庭を
風がさらう灰色のシートを、マントのように
互いにナイフを突きつけ距離を保ったまま、二機は相手の尾を
「クッ! やはり
『馬鹿ね、アンタ! そんなポンコツで……アタシのアルレインに勝とうなんてさ!』
揺れるモニタの中で、右に左にとフェイントを織り交ぜつつ真っ赤な機体が迫る。
あっという間に【氷蓮】を覆うマントのようなシートが、穴だらけのボロと化した。
ラスカの実力は間違いなくエース級、統矢は死角を巧みに突いてくる一撃を、どうにかナイフで
「強い……エースなればこそ、剣筋も読めるが。このままでは……!」
『小細工は必要ないわね! あっけない……沈め、オンボロッ!』
ラスカの【幻雷】改型四号機が、統矢の【氷蓮】の死角から死角へとまとわりつく。それは統矢にとって、まるで影と戦っているような錯覚さえ感じた。相手の姿を完全に捉えることができないまま、一方的に
金切り声をあげて単分子結晶の刀身が食い込み、【氷蓮】がバランスを崩す。
左肩の
『無様ね、ポンコツ! これで、吹っ飛べ!』
切断されたスキンテープの白が舞う中で、必死に体勢を立て直そうと踏ん張る統矢。
だが、ラスカは
逆手にナイフを握り直したラスカの機体が、真横に一閃……【氷蓮】のスキンテープが鋭利な刃に両断されて風に舞い散る。更にラスカは、辛うじて持ちこたえた【氷蓮】の膝を踏み台に……その場でバク転しつつ強烈な蹴り上げを見舞ってきた。
操縦席にハーネスで固定された統矢は、激震の衝撃に奥歯を噛んだ。
倒れそうになる【氷蓮】を、なんとか立たせて身構える。
まだ千雪は試合を……パンツァー・ゲイムの勝敗を宣言してはいない。だが、左肩の三次装甲を剥ぎ取られた上に、胸部も強烈な蹴りで陥没している。フレームへと浸透したダメージは、機体全体に致命的な損傷をもたらしているかもしれないのだ。
だが、統矢はまだ牙も爪も折られてはいない。
『! ……立ってる!? このっ、沈みなさいよ!』
「沈める、ものかよ……こんなとこでっ! 俺はみんなの……りんなの
『ムカつくのよ、アンタだけが被害者面して。アタシだってね、
感情も
それは、統矢が唯一愛機に握らせるナイフを放り投げたのと同時だった。
一分の隙も無駄もない荷重移動で、まるでラスカ本人の様に動く【幻雷】改型四号機。
――だが、その時統矢の時間は再び瞬間の
『もらったわ! この一撃……
「ああ……避けられない。俺は、避けない。……掴まえたぞ!」
統矢の見開く瞳に、スローモーションでナイフの刃が迫る。まっすぐ頭部をえぐるように狙った、鋭い
脳裏に浮かぶ黒髪の美少女が、授業で見せた柔道のイメージ……それをそのまま、機体へと流し込む統矢。
『なっ……!?』
「俺がナイフを投げた瞬間、避けつつ攻撃するお前の動きは……最も効率を重視すればこうなる。歯ぁ食いしばれ! ……このまま、ブン投げる!」
ナイフを繰り出してきたラスカ機の右腕部を、そのまま巻込むようにして統矢機は背負って全身をバネへと変える。火花をあげて鉄と鉄とが
激しい衝撃音と共に雪柱が立って、激震に校庭が地鳴りを響かせる。
大の字に倒れこんだラスカの【幻雷】改型四号機は、そのまま動かなくなった。辛勝、針の目のように細く小さな
またしても不思議な感覚で、今度は勝ちを拾った統矢。
倒れた機体から飛び出てきたラスカは、そんな統矢の【氷蓮】を見上げてヘッドギアを脱ぐや……それを叩きつけようと振り上げた拳を震わせる。
「強かったよ、お前さ。強敵だった。けど、俺だって負けられないんだ」
そう呟いた統矢も、ヘッドギアを脱ぐや額の汗を拭う。
その時、不意に空気が沸騰するように波立った。
突然のサイレン……それは青森校区のみならず、青森市街地全てに響き渡る。
警報。
今だ居座る寒気を震わせて、敵襲のサイレンが全てを凍らせてゆく。その意味を知る統矢は、改めて感じた。この日本は、本土さえも今は戦場……そして、敵は常にどこからともなく送り込まれてくるのだと。そして、このサイレンは決して訓練ではないことを、悲しいまでに統矢の鼓膜へ叩きつけてきたのだった。
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