第6話「氷の華は再び芽吹く」
このシートに座るのは、何度目になるだろう?
開きっぱなしのハッチの上では、
「
素早く次々とスイッチを
遂に、ここまで来た……千雪と二人、コツコツと直してきたのだ。
応急処置を終えた【氷蓮】は、微動に震えながらついに再び動き出す。統矢は左右の
オイルの臭いと、甲高い巨大なパーツが織りなす駆動音……統矢の鼓動が高鳴る。
「千雪、降りてろよ。……立つぞ」
授業用のパンツァー・モータロイドが並ぶ
ゆっくりと動き出す【氷蓮】のコクピットで、統矢は全神経を集中して機体へ自分を重ね、一体感に没頭してゆく。PMRに難しい操縦技術や、
「大丈夫です、統矢君。私、ここにいますから」
「千雪」
壁へと寄りかかるように崩れ落ちていた【氷蓮】は、ゆっくりと身を起こし始めた。力なく垂れ下がっていた両の腕が、しっかりとコンクリートの床を
開けたままのコクピットハッチの上で、千雪はまるで寄り添うように機体の装甲へ身を預ける。そして静かに、確かに歌うような
「さあ、立ちなさい……立って。あなたはもう、大丈夫……立てます」
彼女はまるで、
それは母親のようでもあり、自然と統矢の頬を熱く
充満する機械油の臭いに汚れて、薄暗い中で轟音と共に【氷蓮】が立ち上がる。
そんな機体の上で、
そして、【氷蓮】は全身のラジカルシリンダーを伸縮に
再び大地に両の脚で立って、ゆっくりと背筋を伸ばす。
PMRハンガーの高い天井へと、白い機体が突き立った。その中央で計器の中に正常値を拾いながら、統矢は
「全システム、オールグリーン……正常だ。駆動系にトラブルはないし、出力も正常値……とりあえずは、動く。こんなに早く直るなんて、な」
ハーネスを外して大きく息を吐き出すと、気付けば
だが、そんなコクピットに突然、千雪が飛び込んできた。
「統矢君!」
「おわっ、な、ななっ、なんだよ千雪……おい、離れろよ」
「統矢君、やりましたね! この子が喜んでます……本当に直ったんです」
突然、千雪が抱きついてきた。
突然の密着で、統矢は呼吸も鼓動も千雪に支配される。
千雪は初めて統矢に、
「お、お前、さ……千雪」
「はい?」
「……笑うんだな。なんか……あ、いや、それより。いいから離れろって」
「あ……すみません。つい、嬉しくて」
統矢から身を引く千雪は、やはり眩しくニコリと微笑む。
どこか別世界の住人のような、ある種異世界の美しさが見せた、
「と、とりあえず、その……あ、ありがとな、千雪」
「いいえ、どういたしまして」
「お前が手伝ってくれなかったら、こんなに早く【氷蓮】は直らなかった。お前、どうして……俺なんかに手を貸した?
以前から謎に思っていた問い掛けを、率直に統矢は千雪へとぶつける。
だが、千雪は少し不思議そうに目を丸くして、それからやはり笑った。
「それは、統矢君がいい人だからです。PMRを大事にする人に、悪い人はいませんから」
「そ、そうか?」
「ええ」
「俺は……いい人、なのか?」
「ええ、とても」
再び操縦桿を握って、統矢はゆっくりと【氷蓮】を屈ませる。片膝を突いて
振り返って見上げる【氷蓮】の姿は、見た目には酷いものだった。
味気ないダークグレーの装甲は各所で破損し、それを覆うスキンテープの白がまるで包帯のよう。頭部のセンサー類もありあわせの部品で直したため、バイザーフェイスの89式【
包帯で真っ白な機体、それが今の【氷蓮】の状態だった。
だが、統矢は満足だった。
全てはここから……まずは、機体を動ける状態にすることから。今は手に入らないパーツも、これから戦う中で調達してゆけばいい。本土でも少数ながら、正規軍に【氷蓮】は出回っているのだから。
そっと隣に立つ千雪と共に、直った機体を見上げていると、乾いた
「いやあ、お見事! まさか本当に直しちまうとはなあ。やるね、転校生……摺木統矢君?」
わざとらしい拍手に振り向けば、そこには一組の男女が立っていた。
そして、その片方……手を叩く男の姿に統矢は見覚えがあった。
「あんたは、このあいだの……」
「兄様!」
統矢が記憶を掘り起こしていると、隣から意外な声が走った。
そう、確かに千雪は目の前の上級生を「兄様」と呼んだのだ。
「兄、様? 千雪、それは」
「自己紹介がまだだったな。俺が青森校区戦技教導部……通称フェンリルの部長、
「わたくしは副部長、
長身の男子は、千雪と同じ五百雀姓を名乗った。あまり似た兄と妹には見えないが、その整った顔立ちは
その隣の女子は、
「さて、本題だ……摺木統矢。お前さん、この機体を直して……どうするつもりだ?」
「俺は、戦う。パラレイドと戦う。奴らを倒すまで、戦い続ける」
即答で答える統矢の瞳に、暗い炎が燃える。
もう心に決めている……人類の天敵と呼ばれるパラレイドは、既に統矢の故郷である北海道をこの星から消し飛ばしてしまった。全世界規模であらゆる国家を蝕んでいるパラレイドは、次はこの本土を狙ってくるだろう。
だが、そんな統矢の決意に、尖ってささくれだった声が返ってきた。
「はぁ? 戦う? アンタが? 冗談! ……そんなくだらない理由で、アタシの予備パーツを使った訳ね。どうしてくれんのよ、千雪!」
声のする方向を振り返って、統矢は見る……そこには、酷く小さな
「お前は……?」
「アンタが使ったパーツね、アタシがストックしてた予備パーツだったの! どうしてくれるのよ、こんな
「……鉄屑?」
「ゴミ屑でもいいわよ? ……なによ、文句ある?」
千雪が静かに「手続き上は問題ない筈ですが」と言葉を
やれやれと肩を竦めた辰馬が、見ていられなくなったのか割って入る。
「千雪のパーツ使用申請を許可したのは俺だ。それよかラスカ、気に食わないってんなら、どうだ? お前さんの言う鉄屑の試運転も兼ねて……パンツァー・ゲイムでシロクロつけようぜ」
ラスカと呼ばれた金髪の少女は、ビスクドールのように
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