第三話 家族の肖像
「折り畳み傘を持っていたにも拘らず、ピコピコハンマーに敗れるだなんて――」
そう言って妻は明るく笑った。
「全日本学生剣道選手権の四年連続個人優勝者、伝説の『魔王』の名が泣くわよ」
「いや、今回の勝負はおかしい。絶対に認められない」
私は反論を試みた。
「だいたい、本体に発光機能付き、しかもボタン一つで伸びるピコピコハンマーというのは、武器として卑怯じゃないか」
「そんなことないよ。魔物を倒して得た太古の秘宝とかじゃないもん。街のお店で買った市販品だもん」
「しはんー」
娘は口を尖らして不満そうに言った。息子は楽しそうに追随する。
晩御飯の食卓を囲みながら、家族全員で先程の闘いを振り返っていた。
「せめて、伸びる機能さえなかったら、遅れはとらなかったはずだ」
「それは負け惜しみだよ。自分から先に突っ込んで罠に引っかかって破れるの、いつものことじゃない」
「う……」
思い当たる節がいっぱいありすぎて、私は何も言えなくなってしまった。
確かにその通りである。例えば先日顧客が開催したコンペでも、先にアイデアを突っ込んで先手を取ってみたものの、競争相手が巧みなプレゼンをやったために、顧客の興味は一気にひっくり返されてしまった。
先手必勝という考え方が、もう古いのだろうか。
剣道の世界も、昔のようなただの力押しで天下を取れる時代ではなくなっているらしい。そろそろスタイルを考え直さないと、先が無くなるかもしれない。
そんなことを私が考えていると、
「その、真正面からぶつかる素直さと、奇をてらわない素朴さがいいところなんだけどなあ」
と、妻がさりげなくフォローを入れてくる。
こういうところが、長い間連れ添ってきた二人の阿吽(あうん)の呼吸だ。
彼女も学生剣道の世界では『魔女』と呼ばれたほどの手練れだったが、私とは違って技巧派である。そして、彼女が常に参謀役にまわってくれるからこそ、私は威厳を保つことができるのだ。
私は、周囲の者を体育会系のノリで巻き込み、一斉蜂起させることは得意だが、その熱情が覚めた後の組織化は苦手である。妻はその逆で、騒がしい一時的なノリからは距離を置いているが、冷徹な官僚組織を育てるのは上手である。互いの得手不得手が組み合わさることで、我々はベストな関係を築いてきた。
「いいとこ、いいとこ」
息子は皿を叩いて、無邪気にはしゃいでいる。三歳だから、もう少しちゃんと話ができそうな年齢なのだが、その方面の発達が遅れていた。見かねた保育士や友人から、
「障害がないかどうか、一度調べたほうがいいんじゃないの」
と、あくまでも好意から言われることがあるが、私も妻も全然気にしてはいなかった。
彼はもともと大器晩成型である。急いでも仕方がない。
その後、今回の娘の戦略的な側面について議論が交わされた。
その流れで、食後の果物をみんなで食べていた時のことである。
話が途切れたことろで、急に娘が深刻そうな顔をして言った。
「ところで、なんだけど――」
三人の視線が娘に集まる。
娘は眉を潜めたままの顔で、言った。
「一ヶ月後に死ぬことが決まったの」
場の空気がさっと変わる。
妻は驚いて、なかなか声が出せなくなっていた。
それでも、喉に詰まったものを押し出すかのように、彼女は何とか言葉を紡ぎ出した。
「――おめでとう、それはよかったね」
私もそれに追随する。
「おめでとう。なんだよ、深刻そうな顔をしているから、別な話かと思った」
「おめでと」
家族全員の喜びがリビングに満ちた。
「いやあ、照れるなあ。前回が前回だったから、しばらくお呼びがかからないんじゃないかと、内心ひやひやしてたんだ」
「で、神様は何か言ってた? 今度は何に転生することになっている、とかそんなこと」
私が尋ねると、娘は胸を反らして、
「今回もやっぱり、勇者に転生するんだって」
と言った。
ただ、なんだか彼女のその口調に寂しさが少しだけ混じっていたような気がしたのは、私の気のせいだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます