第二話 クレイジー・バス! 激しく揺れるバスとバスト!
ACT.2-1 悪巧みは会議室で(その1)
株式会社ドッピア。
柔浜町に本拠を置く医療器具メーカー『
親会社の武根化成工業は、昨年帰国した坂月教授を研究員に迎え、その発明品である『
その立役者となったのが、
一年前当時に英国支社勤務であった彼は、以前から趣味の場で坂月教授と交流があった。そこで坂月教授が実用化に漕ぎ着けた『
丁度その頃、一番の弟子を失い身の振り方を思案していた坂月教授にとっても渡りに舟の提案であり、快諾を得ることとなった。
だからこそ、今の業績があると言っても過言ではない。
その功績が認められ、まだ三十前の彼が代表取締役社長となり、武根化成工業の社内ベンチャーとして起ち上げたのが、株式会社ドッピアだった。
子会社ではよくあることだが、オフィスはその本社ビルに間借りしている。現在、そのオフィスの十畳ほどの広さの会議室では、定例の業務に関する会議が開かれていた。
柔和なテノールで司会進行を務めるのは、オールバックに仕立てのいいスーツを着た上品な物腰の男。社長の二丘である。
「では、坂月教授とロナ君は例の豊胸ジェルの研究を頼みます」
「うむ。先日の分は即効性はあったが問題があったからな、改めて検討しよう」
鷹揚に頷いたのは上品なグレーのスーツに身を包んだナイスミドル、
「了解致しました」
慇懃に答えるのは、黒いスーツに艶やかな黒髪ストレートロングヘアーのピシッとした印象の女性。教授の教え子であり、現在はその秘書兼研究助手でもある
「ナミオ君には、ネット通販のシステムの改善を。扱えるクレジットの種類が増えたんで対応をお願いします。それと、先日受注分の発送作業と新製品の仕入れと在庫切れの備品確認と壊れた椅子の修理とちょっと汚れてきたのでオフィスの窓拭きをお願いします」
「了解です」
無茶な量の要求に軽く答えたのは、スーツの上着を脱いでネクタイも緩めたラフな格好の男。物流全般のシステムから雑用まで、多様な業務を担当する土内ナミオだ。名字の通り、ロナの弟でもある。
「私は、引き続きY社とG社に営業をかけて更なる販路を開拓します」
社長の二丘が自身の予定を告げて、最後となる。
従業員三名、研究員一名、計四名が株式会社ドッピアの全社員である。
ネット通販がメインであり、物流の多くも親会社と繋がる業者に委託しているため、この人数でも回るのだ。
ニッチな製品をニッチに売る、その販路開拓部分を独立させた企業ともいえよう。
因みに、ドッピアとはアルファベットでDOPPIA。
後ろの二文字を入れ替えるとDOPPAI。
Dおっぱい。
『全ての女性のおっぱいをD以上に!』という理念が込められた社名である。
必然的な帰結として、ドッピアが扱うニッチな製品とは『各種豊胸製品』であった。明確な理念に基づいたマーケティングが実を結び、新興企業ながら着実に売り上げを伸ばし、その筋では名の知れた企業となりつつあった。
そんなドッピアには裏の顔があった。それは……
「では、次の議題に移りましょう」
合図と共に、四人が座る椅子が舞台の奈落のように床へと吸い込まれていく。
ほどなくして再び椅子が浮上してくると、そこには先ほどまでとは違った姿。
合わせて、テロップのようにゴシック体で何やら文字の書かれた透明なプレートが各人の前の机の中からせりあがってくる。
二丘が座っていた席には、オールバックに丸レンズのグラサンをかけた仕立てのいいスーツ姿の男。先ほどの会議のときと丸レンズのグラサン以外は何も違わないのだが、一応違う姿だ。
その席のプレートには『首領 プレジデントK』と記されている。
坂月教授が座っていた席には、髪に白いものがほどよく混じった初老の男。白衣の上に黒いマント、目元には両目が繋がった幅広のサングラス、手にはステッキ。こちらも、スーツの上に白衣とマントを重ねてサングラスをかけただけではあるが、やはり違う姿だ。
その席のプレートには『巨乳を科学する プロフェッサーπ』。
ロナが座っていた席には、黒いスーツにバタフライマスクをしたスタイルのいい女。これも、バタフライマスク以外違いはないのだが、違った姿であることには変わりない。
その席のプレートには『秘書兼
ナミオが座っていた席には、黒いスリーピースのスーツに蝶ネクタイの年若い男。彼だけ、しっかり着替えている。
その席のプレートには『みんなの執事、執事といえば セバスチャン』と、オチ扱い的な文言が。更に、彼の手にはお盆があり、そこには人数分の湯飲みが置かれていた。
全員が揃ったところで、セバスチャンは席を立ってお茶を配り始める。
「いつも思うんだけど、俺だけ扱い酷くないです? 『執事』って体よく言われてるけどお茶くみ兼雑用係だし、衣装の着替えが一人だけ手間がかかってるし」
「使いっ走りと言われないだけ感謝しなさいデス」
「あ、やっぱり使いっ走りなんだ、俺……」
「落ち込むことはないわ、ナミ……じゃなくてセバスチャン! 貴方は誰にも負けない立派な使いっ走りよ! わたくしは、知っているわ」
「うん、姉さ……じゃない、レディ・Fがそういうなら、俺は頑張るよ!」
「相変わらず激しいシスコンデスね」
「まぁ、姉弟の仲がよいのは美しいことではないか」
「そうデスね、お陰で性格に激しく難がある以外は比較的万能選手のセバスチャンを手懐けられている訳デスし」
「本人前にして言う台詞じゃないですよねぇ、それ?」
「落ち着きなさいセバスチャン」
「ごめん、レディ・F。落ち着くよ」
そんな姉弟漫才のようなやりとりの後、二丘、もとい、プレジデントKが、柔和なテノールとはほど遠い、別人のような似非外国人風の作った声で号令をかける。
「それでは、TKB団の作戦会議を始めマーーーーーーーーーーーーーーーース!」
『全ての女性のおっぱいをD以上に!』を社是とする株式会社ドッピア。
それは、巨乳至上主義団体TKB団の隠れ蓑でもあったのだ。
「それで今日の議題は、あのにっくき『ペタバイト』についてデーーーーーース!」
「この我輩の生み出した
「申し訳ございません。わたくしが不甲斐ないばかりに」
「いや、ロ……じゃなくて、レディ・Fよ。
「それよりも、あんな辱めまで受けて、さぞや恥ずかしかっただろうに……」
「いえ、実験にリスクはあってしかるべきです。あれも、その一つと受け入れておりますわ。お気遣い無用です。それでもお気遣いいただけるなら、責任を取ってわたくしを嫁にしてください。愛しい愛しいプロフェッサー!」
「いや、君とは親子ほどの年の差だぞ? 流石に嫁に貰うのはだな……」
「愛があれば、年の差なんて!」
「と、とにかく、君は責任を感じる必要はない! この屈辱はあのペタバイトを改めて出し抜いて雪げばよいのだからな」
レディ・F(二十三歳)の攻勢に危機感を感じたプロフェッサーπ(四十六歳)は、強引に話を締めた。
そこで、二人のやりとりを呆れたように見守っていたプレジデントKが口を開く。
「それで、プロフェッサーπ。その『ペタバイト』について調査して貰っていたはずですが、何か解ったことはないのデスか?」
「うむ。『ペタバイト』の正体は不明だが、関わっている人間は特定できた」
「なんデスと! それは一体何者なのデスか?」
「文倉静真。我輩の元弟子だ」
「おお、以前プロフェッサーが言っていた、貧乳という邪神を礼賛する邪教徒であるがゆえ、袂を分かったという彼デスか……しかし、それは確かな情報なのデスか?」
プレジデントKは余りに簡単に人物が特定されたことに、懐疑的な様子だった。
「はい。調査の結果、あの学園の三年生に文倉静真という生徒が在学していることが確認できましたわ。更に、学園長の北多愛が文倉先輩の従姉であることも判明しています」
「なるほど。あの、貧乳が服を着て歩いている愛ちゃ……北多愛の従弟デスか。確かに、そこまで繋がれば本人で間違いなさそうデスね」
レディ・Fの説明に、プレジデントKも納得する。
「奴は、我輩と決別する直前、BOINの対極にある『
「『ペタ』と読める『北多』に『PETA』に『ペタバイト』。つくづく不愉快な名前デーーーーーーース!」
「……あのー、素朴な疑問ですが、こちらが相手に気付いたのなら向こうもこちらの正体に気付いてるんじゃ?」
「気付いているだろうな」
セバスチャンが挟んできた疑問を、プロフェッサーπはあっさりと肯定する。
「『気付いているだろうな』って、そんな暢気な! それ、ものすごくマズいんじゃないですか? 坂月教授の所在なんて調べたら一発で解るでしょうし。そうなったら警察とかの捜査の手が伸びてドッピアもやばいんじゃ? この不況で職を追われるのは嫌ですよ!」
「いいえ、それは杞憂なのデーーーーーーース! もしも警察沙汰にすれば、学園が狙われたこと自体が明るみに出マーーーーーーース! そうすれば、マスコミが騒ぐデショう。たとえ学園が被害者でも、
「な、なるほど、そう言われてみればそうですね」
プレジデントKの説明に納得し、セバスチャンは胸を撫で下ろす。
「ところで、プレジデントKってあの北多愛と知り合いなんですか? 何か、さっきからよく知ってるような口ぶりですけど?」
「さて、どうデシょうね? ま、まぁ、あの貧乳が不愉快なのは確かデス」
プレジデントKはセバスチャンの疑問をはぐらかし、さっさと話を切り替える。
「しかし、嫌がらせの王道は騒乱と思っていマシたが、あんなのが居るとなると、別の手段を考えるべきデスね」
「なら、あのペタバイト撃っちゃいましょうよ! ヘッドショット、相手は死ぬ」
「いくらなんでも殺しちゃ不味いデショ! すぐ撃ちたがらないでください!」
懐から拳銃を取り出して構えたセバスチャンに、プレジデントKは即座にツッコむ。
「秘密結社なら銃の一つぐらいあってもいい、それに納得したのは社……じゃなくてプレジデントKではないですか?」
「正直ノリで言っただけデーーーーーーース! だからといってまさかあっさり密輸するとか思いマセんよ、普通」
「これぐらい朝飯前ですよ」
セバスチャンは銃マニアだった。しかも、英国で射撃クラブに入り浸り撃ちまくって磨かれたその腕も超一流。更に、本来日本では御法度のはずのそれを容易く密輸してしまう程度の能力を持つ、何とかに刃物のような男だった。
「その能力は素直に評価しマスけどね……まぁ、密輸してしまったものはどうしようもないデス。下手に処分して足が付くのも困るんで、バレないように頼みマスよ?」
「大丈夫ですって。でも、せっかくだから使いましょうよ? 心臓に一撃、相手は死ぬ」
「さっきからオチで『相手は死ぬ』って言いたいだけデショ!」
「その通りです」
「開き直るんじゃありマセん!」
漫才のような会話が一段落したところで、プロフェッサーπが厳かに口を開く。
「プレジデントKよ。次の作戦なら、我輩に考えがある」
「ほほう。して、その考えとは?」
「我らのような秘密組織伝統の作戦があるであろう?」
「伝統……」
「ああ。北多学園は山の上にある。原則は麓からのバス通学が基本だ」
「! 幼稚園でないのは残念デスが、確かに、それは伝統に則ってマスね」
「あのペタバイトとかいう奴も、流石に暴走バスは止められまい! 次の作戦は通学バスジャックでいこうではないか!」
「オッケーデーーーーーーース! その作戦で行きマショーーーーーーー!」
こうして、TKB団の次の作戦が秘密裏に決定されたのだった。
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