第一話 巨乳《ボイン》獣襲来! ペタバイト、大地に立つ!
ACT.1-1 新天地で不本意な二つ名からさらば
四月。
海を臨む街、
かつては霊山として崇められていたことも、忘れられて久しい。
その山頂近くにひっそりと佇み、崇拝の象徴であった柔浜神社も、数年前に朽ち果ててその役目を終えていた。
そんな神社の跡地を利用して、一つの学園が設立されることとなった。
この四月で、三度目の新入生を迎えたばかりの新設校。
各学年百人程度の比較的小規模な学園である。
その学園――
『入学式』と毛筆で記された看板の出たその正門前。
「うぉっしゃ! シ・ン・セ・イ・カーーーーーーーーーーーーーーーーーーツ!」
千沙菜は万感の思いを込め、諸手を挙げて叫んでいた。
その身を包むのは、濃いグレーのブレザーに同色を基調としたチェックのスカート。ブラウスの首元を飾るリボンタイの学年色の青がちょっとしたデザインのアクセントになっている、真新しい北多学園の制服だった。
「ちぃちゃん……嬉しいのは解るけど、ちょっと恥ずかしいよぉ」
そんな千沙菜を窘めるのは、同じ制服姿の合歓子。
「何言ってんの! 苦労に苦労を重ねて、どうにか合格してこの日を迎えたんよ! ねむちゃんとも同じ学校になれたし、何より、あの嫌な二つ名ともおさらば! その無上の喜びを表現しようと思ったら、もう叫ぶしかないかんねっ!」
合歓子の受験指導はスパルタだった。思い出すだに恐ろしい。問題を間違えるとあんなことやこんなことが……何度も
それでもここまで辿りつけたのは、ひとえに、この新生活への期待が大きかったからに他ならない。
「ホントに、ホントに辛かったんだから……」
「仕方ないじゃない。あれは、全部ちぃちゃんのためだったんだよぉ? だからわたしは、涙を呑んで、あ~んなことやぁこ~んなことをぉしてたんだからぁ」
言葉とは裏腹に、当時を思い出してかツヤツヤとした笑顔で合歓子。
「ぜったい、好きでやってたよね、ねむちゃん?」
「うん、ちぃちゃんのことは大好きだよぉ」
「ひぃ! そ、そこは駄目……」
噛み合わない合歓子の言葉に、本能的な危機感を呼び起こされる千沙菜であった。
「もう、みんな見てるから落ち着いてよぉ。それに、浮かれてばっかりじゃいられないでしょぉ? 新天地の代償として、バイトしないと小遣いゼロじゃなかったの?」
「う、そ、それを言われると……」
二人は親元を離れ、数日前から麓のマンションに隣同士で部屋を借りて一人暮らしを始めていた。といっても、そのマンションは学園が間に入って管理しており、実質的には寮のようなものであった。
千沙菜の両親は一人暮らしを許容して家賃等の最低限の生活費は負担してくれた。
だが、「遊ぶ金まで面倒はみれん!」と言い切ったのだ。
ゆえに、小遣いは自分でバイトをして稼がないとゼロなのである。
喜びに水を差す現実から目を背けるべく、千沙菜は周囲に視線を巡らす。
と、気付く。
「目立つというなら、ねむちゃんも人のこと言えないかんね! さっきから男の視線独り占めじゃない!」
生徒も保護者も教師もなく、通りがかる男性の誰もが合歓子に視線を向けていた。
いや、正確にはこの一年で更に育ちGへと至った、制服の上からでも隠し切れない豊かな双丘こそが注目の的だった。
「も、もう……育っちゃったものは仕方ないじゃない!」
「かぁぁぁこぉの乳富豪がっ!」
千沙菜の手が素早く伸び、そのGだけにグレートな感触を確かめる。
「あぁん! って、ちょ、こんなことしてる場合じゃないでしょぉ! 早く行かないと遅れちゃうよぉ!」
「あ、そ、そうね。急ご!」
言われて合歓子の胸から手を離し、千沙菜は三つ編みを揺らして駆け出す。尚、哀しいことに胸は微動だにしない。
「あ、ま、待ってよぉ!」
こちらは胸を激しく揺らしながら、合歓子もそれに続いた。
二人並んで校門を潜り、入学式会場である講堂まで桜並木の下を駆けていく。
「へぇ、立派なもんねぇ」
ほどなく辿り着いた北多学園の講堂は、本格的なオペラでも上演できそうな規模のしっかりとしたホールとなっていた。新入生やその保護者、何かしらの役割のある上級生や教師陣が入っても、座席には余裕がある。
「ほらほら、はじまっちゃうよぉ」
「うわっと、そうだった!」
感心したように入り口に立ちすくんでいた千沙菜は、慌てて座席へと向かう。
いよいよ始まる入学式。
新入生のこれからの明るい未来を象徴するかのように、『北多学園第三期生入学式』と書かれた立派な横断幕が、舞台にはかかっていた。
この儀式を終えれば、真に新天地に迎え入れられる。
そんな期待に、千沙菜は否応なく気持ちが昂ぶり、再び叫びたい衝動を必死に堪えねばならなかった。
舞台に、スラリとしたパンツスーツ姿の女性が現れる。
裾広がりの肩口までの髪型に、全体的にスマートで華のある立ち姿。
彼女の顔は、千沙菜もパンフレットの写真で覚えがあった。若くして北多学園を創設した
その手にしたワイヤレスマイクを通し、凜とした声が会場に響く。
〈新入生の皆さん、ようこそ北多学園へ! 私が学園長兼理事長の北多愛です。まずは、町からバスで一時間もかかるような山の上の学校に通おうと思った、その意気込みを嬉しく思います〉
「結構元も子もないことを言っちゃう学園長だよぉ」
「でも、あたしは何か親近感が湧いちゃうねぇ」
そういう千沙菜の視線は学園長のスラリとした胸元に。
「もう、なんだかんだで胸ばっかりじゃない、ちぃちゃん」
そんな風に千沙菜と合歓子がひそひそと話しているうちに、学園長の挨拶は進む。
〈この学園は、まだまだ生まれたてです。皆さんが伝統を、歴史を創っていくのです! いえ、むしろ『伝説になる』ぐらいの勢いでも構いません! 皆さんの可能性、是非、この学園で開花させてくださいっ!〉
興が乗ってきたのか、熱の籠もった言葉で学園長は挨拶を締めた。
「くぅ、何か、こういうノリはいいやね」
「……確かに、ちぃちゃんと合いそうだねぇ、この学園長」
千沙菜は学園長の言葉に、更に新生活への期待を膨らませていた。
隣には親友の合歓子がいて、変な奴らと関わることもない。
何より、誰も自分を不愉快な呼び名で呼んだりすることもない新生活が始まる。
この瞬間までは、そう信じて疑ってはいなかった。
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