一年前~日本某所 『ムネナシ』と呼ばれる少女①
学校帰りの制服姿の少女が、公園の傍を通りがかったときのことである。
「うわぁ~ん」
「公園にこわいお兄ちゃんがいっぱいいて遊べないよぉ」
そんな子供達の泣き声が聞こえてきたのだ。
すると、少女は即座に進路変更し、全速力で公園へと突っ込んでいった。
「ムネナシだ! ムネナシが来たぞ!」
「ほ、本当だ! 初めて見たが、確かにムネナシだ!」
「あれだけ走って微動だにしないとは……正にムネナシの名に恥じないな!」
突然の少女の登場に、公園でどちらが上だの誰が頭だのを拳で語り合っていた『こわいお兄ちゃん』、要するに古典的な不良共に、ざわめきが走る。
「人をジブリキャラみたいな仇名で呼ぶんじゃなぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁいっ!」
彼らに向かって叫びながら、少女は駆ける。
そして、数歩の距離まで到達したところで、
「あたしは
鞄を放り出して仁王立ちになり、全力ツッコミの体で名乗る少女。
揺れない胸!
邪魔にならない胸!
どこにあるのか解らない胸!
『ムネナシ』と呼ばれた少女。
AAAの胸を持つ女子中学生、
彼女の立ち姿は三つ編みお下げに黒縁眼鏡と文学少女か委員長かという風情。
が、その実は、
「ケ・ン・カ……リョーーーーセーーーーーバーーーーーーーーーーーイッッッ!」
何かの必殺技のように叫びながら、拳を蹴りを頭突きを肘打ちを目つぶしを金的を繰り出し、十人ほどいた不良共を問答無用で叩き潰してしまう、武闘派少女だった。
「ったく、公園は公共の場所。あんた達がたむろってて子供が遊べなくて泣いてるんよ? 恥ずかしくないの? せめて人様に迷惑かけんように暴れる場所は選びなさい!」
あっという間にボコボコにされた不良達は、千沙菜の啖呵にほうほうのていで公園を去っていった。
千沙菜は、それを見届けると放り出していた鞄を拾い、公園を出ようとする。
すると、
「ありがとぉ、ムネナシのおねえちゃん!」
「ありがとぉ」
さっき泣いていた子供達が戻ってきて、千沙菜に笑顔でお礼を言う。
「ど、どういたしまして……ちゃんとお礼が言えて、えらいね……でもね、あたしの名前は『音無』だかんね」
「「うん、ムネナシのおねえちゃん!」」
「……」
流石に子供に強くツッコむ訳にもいかず、手を振る子供達に引きつった笑みで応えながら、千沙菜は公園を後にしたのだった。
公園の不良退治からほどなく、通りがかった路地の奥にカツアゲ現場を発見する。
当然、それを見逃す千沙菜ではなかった。
「くぉら! 弱いものいじめして金せびってんな!」
「げぇっ! ムネナシじゃねぇか!」
「あたしは音無だ!」
ツッコミと同時に、カツアゲ少年の股間に蹴りがクリーンヒット。
「!」
悲鳴を上げることもできず、少年は悶絶して崩れ落ちる。
「あ、あの、ありがとうございます、ムネナシさん」
おずおずと、カツアゲされそうになっていた少年が礼を述べる。
「あたしは音無だ! ったく……あんたその制服、この辺りの中学じゃないでしょ?
噂になってると思うけど、ここらは変な連中が多いから一人で来ない方がいいよ」
「はい、ムネナシさんの噂は聞いています! 数々の武勇伝が僕達の学校にまで伝わってきています! まさか、ご本人に助けていただけるなんて、感激です! 生で見ると、胸だけでなく身長も小さいんですね!」
「だから音無だ! 身長もそりゃ150センチないほど小さいけど、そこはどうでもいいだろ! じゃなくて、『ガラの悪い連中が多いってことが噂になってるよね』って言ってんの!」
「そうですね、そういえばそんな話を聞いたことがないこともなくはないかもです」
「って、どっちなの!」
「ムネナシさんの武勇伝に比べれば些細な噂だということです!」
「やっぱりか……」
相手はその口ぶりから素直に武勇を褒めているつもりのようだが、千沙菜は自らの不本意な二つ名の知名度を実感して切なくなる。
「ま、まぁ、身をもって知ったでしょ? さっきみたいな連中に絡まれたくなかったら、これからは不用意にこの辺に足を踏み入れないように気を付けなさい。あたしがいつでも通りがかって護ってあげられる訳じゃないかんね」
「はい、今後気を付けます!」
千沙菜の言葉を本当に理解しているかは微妙だったが、絡まれていた少年は返事だけはしっかりとして去っていった。
カツアゲ現場から離れてすぐ、今度は背後から声がかかる。
「その二次元に迫る比類なき平面胸、ムネナシ殿とお見受けする」
「嫌なお見受けだな! あと、あたしは音無だっつうに!」
「この辺り一体の不良連中が誰も敵わぬというお噂、かねがね伺っております」
「ツッコミスルーすんな!」
「貴女を倒せば、拙者が最強ということなり」
「だから人の話を聞け! っていうか、お前その口調いつの時代の人間だよ!」
千沙菜を倒せば地域最強というのが、不良連中の間で通説となっているらしい。
そのため、こういう輩の挑戦も日常茶飯事だった。
そして、それを倒す度に彼女の武勇伝が積み重ねられていく。
『ムネナシ』という二つ名と共に。
「ああもう、また面倒臭いのが出たなぁ……」
辟易とする千沙菜であったが、不良はそんな様子に全く頓着せずに名乗り上げを、
「拙者、名を……げぅ」
「五月蠅い」
しようとしたところで、千沙菜に問答無用で鳩尾に肘をぶち込まれる。
「な、名乗り上げの途中で、こ、攻撃とは、ひ、卑怯な……」
流石は最強を目指すだけあって一撃では沈まず、不良は苦しげながら非難の声を上げる。
「人を失礼な呼称で呼ぶ奴の名など聞く気はない! 名乗るにしても、せめてあたしの名前を正しく呼んでからにせんかいっ!」
だが、千沙菜はそんな非難は全く聞き入れず、くの字に前のめりになったその顔面に容赦なくトドメの跳び膝蹴りをかます。
「ひ、ひでえ」
断末魔の言葉を残して、時代がかった口調の不良は名乗る間もなく倒れ伏した。
これが、千沙菜の日常であった。
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