第76話「見廻り組」
さる神社の
本来は
二十代から三十代の男性で構成され、屈強な者もいればスラリとした体格の者もいるし、
まだ十代の
「ほう。彩子さんの弟子かい!」
「彩子殿の弟子なら安心だ」
「甘酒飲むか? 体が温まるぞ」
蘭丸は人見知りで神経質なところがある。他人との交流は生きていくうえで大事な要素であることは分かっているのだが、どうにも上手くやれない。
初めての場で緊張して、話しかけてくる者たちに型通りの挨拶をするのが精一杯であった。本来なら蘭丸のほうから見廻り組先輩の方々へ挨拶をしなければいけないのだが。
いつの間にか場の雰囲気、会話のやり取りなどが彩子を中心に回っていることに気づく。察するに、彼女は皆から慕われているようである。
「
「含みのある言い方だな」
単に妖刀使いだから敬意を払われているというわけでもなさそうで、
蘭丸はその光景を、輪の外側から不思議そうに眺めていた。
「豪勢ですね」
「せめてもの……さ。今夜が最後の食事になる者も居るかもしれないからな。神社方も気を遣ってくれているんだ」
それは自分かもしれないと、蘭丸も気を引き締める。
「
彩子の隣に腰を下ろして、蘭丸も寿司に手を伸ばすが味などよく分からない。
「師匠、一つ疑問に思うことがあるのですが」
彩子は詰まらなさそうに大トロを摘まみながら、弟子の質問を
「年が明けても参拝客というのは陽が昇り始めてから神社にやって来るわけですよね」
「まぁ、そうだ」
神社に着くまでに
「では師匠や見廻り組の出番など、殆ど無いと思うのですが」
「よく気がついたな。その通りだ」
蘭丸は呆気にとられた。では、何のための集まりなのか。
「その
物足りなさそうに茶を啜ってから、彩子は言葉を繋ぐ。
「つまり、わざわざ死の危険を冒してまで初詣に来る者がいるんだよ」
蘭丸の細く長い眉が
彩子が近くの巫女に御神酒を所望すると、蘭丸の表情があからさまに曇った。家で散々酒を呑んできたのに、まだ呑むのかと呆れているのである。
「命の危険を冒して
「そんな
「そうだ。莫迦なことだ。そんなわけは無い」
ところがそんな流言に惑わされて、夜にやって来る者が少ないながらも居るという。
「命を賭けて願ったのだから、私の願いは必ず叶う。叶うはずだ。叶わなければならない。思い込みというのは厄介なものさ」
「それで死んでしまっては、元も子もないのでは?」
「そうは言うがね。例えば親が余命幾ばくも無い不治の病に掛かってしまったとする。医者にもどうすることも出来ない。子供に出来ることといえば、神頼みくらい。そんな心境なら流言にも乗りたくなるかもしれない」
彩子は
「事情は人それぞれだと思うが、藁をも掴みたい気持ちで必死なのだろうさ」
そんな人たちの行動を否定するのは簡単だが、思い留まらせるのは容易ではない。
「この御神酒と同じさ。神聖なお酒を頂くことで、神様の霊力を体内に取り込み妖と
「彩子ちゃんは相変わらず身も蓋も無い言い方をするねぇ」
「確かに酒を呑んで強くなるなら、こんなにラクなことはない。でもまぁ、
男が蘭丸に酒を勧めてくる。
「いけるクチなんだろう? 彩子ちゃんの御弟子さんだもの」
「蘭丸は
素っ気無い声で彩子が蘭丸の気持ちを代弁した。
「あらまぁ。ソイツは残念」
言いながら、男は豪快に盃の中の酒を飲み干した。
彼は
「彩子ちゃんが今年も参加してくれて嬉しいよ」
妖刀『電光石火』を持つ渚 彩子を
意外であった。
予想外は他にもある。
この部屋に入った時、蘭丸はすぐに見廻り組の面々を見回した。おおよその実力は、振る舞いと眼光の鋭さで分かる。
――皆、自分よりも弱い。
それが蘭丸の見立てであった。若さゆえの
どんな時でも、日常そのものが修行。そんな蘭丸自身の生真面目さが、ある程度相手の実力を
一度だけとはいえ、浅葱と剣を交えたのも大きい。
渚 彩子と
ところが見廻り組の連中ときたら、食事中とはいえ隙だらけなのである。
――これでは俺一人で全員を斬り殺せてしまうではないか。
溜め息の後、蘭丸は慌てて首を横に振った。慢心は禁物。己の最大の敵は己自身だ。
「殺し屋でもあるまいに……」
蘭丸は冷たい夜風に当たろうと席を立って参道に出た。
白く染まった息が
蘭丸は冬の、特に夜の匂いが好きだった。
鼻の奥を刺激する空気は
気が研ぎ澄まされて、騒がしい室内に居るよりも落ち着く。
蘭丸は暫し闇を見つめていたが、閃光の如く身体を返して刀の
「ちょっと待った!」
後ろに立つ小田切 秋津が慌てて叫ぶ。蘭丸は姿勢を正して非礼を深く詫びた。
「背後に気配を感じると、体が自然に動いてしまうもので」
蘭丸は音無しの頃から背後に敏感なのだ。元殺し屋の哀れな習性といえる。
「
小田切は
「組長殿は壬祇和の剣に覚えがあるのですか?」
他に言いようがあるところを、彼は
「僕も昔、師事していたんだよ。彩子ちゃんの
「兄弟子……だったのですか」
壬祇和一心流の元門下生であれば、実力の程は測れない。暗殺剣ゆえ、他者に己の力量を悟らせないよう訓練されるからだ。暗殺者が普段から
「そんな御大層なもんじゃない。僕は中許し《初許しの次。下から数えて二番目の伝位》にも届かなかったんだから」
小田切は照れ臭そうに頭を掻いた。彩子への馴れ馴れしい態度は同門ゆえ、幼馴染みゆえであったからなのか。蘭丸は納得した。
「僕と違って、彩子ちゃんは凄かったよ。女だてらに、なんて言うと怒られそうだけどね。どんなに頑張っても、埋められない才能の差というものはあるのだと思い知らされた」
何故か蘭丸の脳裏に雨下石 浅葱の影が
「師匠は、いつ頃から妖刀使いになったのですか?」
特に聞きたいわけではなかった。間が持たなかったのだ。
「んー? そうさなぁ。ちょうど君くらいの年頃だったかな。それから間も無くして父君が亡くなってからは、
その頃から「鬼の彩子」などと呼ばれ出し、町へ出ては
「父一人、子一人の親子だったからねぇ。いろいろあったんだろうなぁ」
秋津は夜空を見上げた。まるで虚空に過去が映し出されているかのように。
「三年くらい前から、見廻り組にもちょくちょく顔を出してくれるようになってね。妖刀使いが居ると戦力が何倍にもなるから正直、大助かりだよ」
丁度、蘭丸を弟子に取った頃と時期が重なる。
「それだけじゃない。彩子ちゃんが普段、
蘭丸の息は、闇に一際白く浮き出た。
たまに所用と言って居なくなる彩子が、実はそんな
「この町の者は皆、彩子ちゃんに感謝しているんだ。見廻り組への参加も無料奉仕だからね。妖刀使いなら普通、金を取る。なかなか出来ることじゃない」
もう間も無く日付が変わる。年が明ければ見廻り組は神社から外に出て、妖と一戦、二戦交えることとなるだろう。
もしかしたら小田切 秋津は、喋ることで緊張を紛らわせているのかもしれない。
「それにしても、彩子ちゃんは丸くなったよなぁ……。何か心境の変化でもあったのかなぁ。ねぇ、蘭丸くん?」
「秋津、余計なことは言うな」
まるで
「それと皆の前で私のことを
やはり
「たっ、ちょっと待った。褒めたんだよ僕は」
「昔からお前のお喋りは
「痛い、痛い」
この他愛も無い騒動を、
「呑気な連中だねぇ」
闇に輝く青い瞳と青い髪。洋装の少年が退屈そうに呟く。この寒空の下で、身震い一つしていない。
「ほんに
「
「食べる」
洋装の少年が開けた口へと
「おい、狐。我が次期当主に馴れ馴れしいぞ。本殿《神社でいう神様が住まう建物》へ引っ込んでいろ」
「
程よい具合に力の抜けた声で、狐耳の女性が不平を言う。
「まぁまぁ。
「我は狐を好かぬ!」
鵺は妖退治の
どちらも祀られる存在同士、仲良くすれば良いのにと亜緒は思うのだが鵺の言動に口を挟むつもりは無い。彼は
「
「呑む」
「亜緒よ、何故ゆえこんな
「んー?
「
鵺が呆れたように溜め息をついた。
「それにしても皆、何でこんな所にわざわざ参りに来るかな」
「亜緒ちゃん、それ営業妨害とモラハラ~」
「本当は稲荷神社が怖いところだって、知らないんだろうな」
「でも願い事は速攻で叶えちゃうからね~」
ここの稲荷神社は
願いは叶い易いが、見合った代償を人生の
「亜緒ちゃんだって、いつか私に何か願い事をするかもしれないよ? 例えばピンチに陥ったときとか」
狐耳の女性はヘラヘラと締まりなく、どこか嬉しそうだ。
「
鵺が機嫌悪そうに言い放つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます