顕現 参

 翔真は中庭に着地し周囲を窺う。

―――気配は四つ・・・その内一つは当たりだ・・・

 翔真は穴だらけになった家屋の廊下に立っている人物を見据える。「煙が邪魔」と呟き、翔真は手の形を次々と組み替えていく。すると、緩やかな風が逆巻き白煙を中庭から運び出して行く。瞬く間に風は白煙を外へと吐き出した。翔真の瞳には漸く《標的》の姿が映り込んだ。


「若者は元気があっていいな。家をこんなに散らかすとは」


 嬉々とした声だった。しかし、表情は眉毛一つ足りとも動いていない。翔真はその貌を見て笑いが込み上げて来る。

「何だよ、その貌は?学校に居た時の方が未だマシだったぞ、《左梁竜介》?いや、左梁禅譲って呼んだ方がいいかい?」

 左梁は翔真のあげつらった態度を軽くあしらう。

「まさか私の《真名》まで知っているとは恐れ入ったよ、神楽坂翔真君。―――どうやってこの場所を突き止めた?」

「企業秘密だよ。用心深い奴は穴熊を決め込むから苦労したぜ?」

「答える気はないか・・・」

 左梁は翔真にそれ以上聞く事をしなかった。

 拠点を突き止められた時点で、その議論は既に無意味だからだ。拠点の結界は三重。加えて、拠点を中心として何層にも結界を張っている。玄人であっても探索は困難は筈である。それを超えて来た時点で、神楽坂翔真の力量は充分に把握出来ると左梁は考えていた。

「外にばかり警戒するから肝心の部分が疎かになる。《土》の中に痕跡残してちゃ名折れもいいところだぜ、《土葬使い》?」

「・・・ほう・・・」

―――成る程・・・此処に居る合点もいく・・・

 二人は睨みを利かせる。張り詰めた空気に圧され、左梁の取り巻きは冷や汗を流し後ずさる。力の歴然たる差を眼力だけで思い知ったのだ。

「お前達は《実験体》の保護を最優先に動け」

「「「はっ」」」

 取り巻きは左梁の命令を聞くとその場から消え去った。左梁は廊下の縁から降り草履を履くと、翔真から少し距離を取りながら歩く。

「君が《囮》だという事は分かっている」

「だったら何だよ?」

 左梁は顎髭を撫でながら、

「この場は退け、と云っているのが未だ分からないのかね?」

 身体を突き刺す様な殺気が翔真に向けられる。常人であればその威圧に立ってさえいられないだろう。しかし、翔真は一切動揺しない。寧ろ、不敵に笑ってみせる。

「心地好い殺気だ、禅譲。それに、腹の中はすっかり煮え繰り返ってるってのはよく分かったよ」

「・・・上等だ。若者に胸を貸すのも大人の嗜みというものだ」

 左梁はネクタイを片手で緩め、上着のボタンを外す。

「さあ、構え給え」

 左梁は自然に半身の構えを取る。その構えは手本のように基本に忠実だ。右足を前に出している右構えに一切の隙は無い。

―――合気の構えか・・・掴み技に注意だな・・・

「関心したよ。武道の心得は年食っても忘れてないようだ」

 左梁に対して、翔真は左腕を前に出し同じく半身の構えを取る。右足にやや重心を置くのは先の先を取るための布石。

「・・・口だけではないようだ。充分に私を愉しませてくれ給え」

「それはこっちの台詞!」

 先に動いたのは翔真だ。地面を蹴り上げ左梁との距離を一気に詰める。握り締めた右の拳が狙うのは、人体急所の一つである鳩尾。

「はあっ!」

 翔真は勢い良く右腕を振り抜く。風を切り裂く音がその威力を物語る。が、左梁は難なくそれを掌で去なしてみせる。と同時に、去なした翔真の右腕を掴み上げる。

―――そう来ると思ったよ!

 翔真は左梁の動きを先読みしていた。右腕を掴まれた瞬間、地面を蹴り上げると左梁の顳顬目掛けて左脚を振りかぶり一気に振り下ろす。

「はあぁあっ!」

「むうっ!?」

 左梁は上半身を瞬時に引きその蹴りを紙一重で躱す。蹴りに気を取られた刹那、左梁が掴んでいた腕の力が少しだけ緩んだ。翔真はそれを見逃さず、右腕を勢い良く引き左梁の掌から逃れる。蹴りの勢いから地面に着地すると、翔真は後ろ宙返り繰り返し左梁から間合いを取る。

 翔真は気を抜く事無く構え直す。先に見据えるのは左梁。左梁は左の顳顬から血を流している。翔真の蹴りが擦ったのだ。

「猿回しを見ているかのような動きだな」

「それはどうも・・・」

 不気味な程に左梁の表情は崩れない。しかし、翔真は感じ取っていた。左梁の心中から発せられる霧のように揺らめく憤怒の炎を。

―――感情を敢えて剥き出しにせず心中に留め己の力とする、ね・・・

「久し振りに面白い戦が出来そうだ・・・」

 左梁は新しい玩具を与えられた子供のように嬉々として笑っている、ように見える。翔真はそう錯覚した。敵としては厄介な類いに入るだろう。左梁は先程の攻防を経て殺気を完全に断っている。挑発で殺気を発し動きを読まれた事に感づいたのだ。

「さて、体術だけでは面白くあるまい。君に《土葬使い》の神髄と云うものを見せてやる事にしよう。此処まで来て貰った礼と思ってくれ」

「心にも無い事を・・・」

 翔真が左梁の術を警戒しようとしたまさにその時だった。翔真の周囲の地面が、翔真を串刺しにするべき迫り上がったのだ。円錐状に伸びる地面が翔真を襲う。

「不味い!?」

 翔真は飛び上がりその場から逃れる。翔真は伸び上がる地面を避ける為、後方へと飛び上がっていた。地面の隆起から逃れるには十分な距離だ。しかし、空中に舞う翔真を左梁は見据えると、

「そんな避け方では串刺しになるぞ」

 隆起した地面はその場で板状に形を変えると、小さな突起をその表面へと創出し始める。小さな突起はやがて鋭い鏃となり空中に漂う翔真へと向けられる。

―――ノーモーションで此処までの術かよ・・・面白ぇ!

 数百もの鏃と化した土は一種の連弩だ。

「発射」

 左梁の合図と共に鏃はひょうと音を放つ。それが数十、数百、数千と重なり、嵐のような轟音を立て翔真に襲い掛かる。それらは鏃が集合した巨大な影だ。翔真の視界は墨で塗りつぶしたように黒い影に覆われる。やがて、影は翔真の身体を影へと引きずり込んでいった。

「他愛無い・・・」

 巨大な影は塀を難なく突き破り木々を突き破って行く。それが通り過ぎた後にはハイエナに喰い散らかされたかのような跡が地続きに残っている。翔真の姿は跡形も無い。

 左梁はその光景をただ傍観している。そして、直ぐに気が付いた。

「・・・ほう。あれを避けるか・・・」

 視線を上空へと移し、左梁は顎髭を撫でる。

「威力は上々。でも、俺に当てるにはちょっと遅い」

 翔真は《空中で》胡座をかき左梁の技をそう評価した。

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