顕現 壱

 木々が世界を覆う深い森の中には、月の光は殆ど届く事は無い。夜の帳が降りた後となれば、尚更森の中は黒檀に染まる。その中を暗闇に乗じ、難無く風のように走り抜ける者が居た。神楽坂翔真である。翔真は木々を縫うように森を走り続けている。まるで木々の方が翔真を避けているのではないかと錯覚する位の速さだった。足音は一切聞こえず、風が吹き抜ける音が森の中に鳴る。

―――もうそろそろ到着かな・・・

 翔真は地面から軽々と飛び上がると、一本の巨木の枝にするりするりと昇って行く。頂上に着くと、月明かりが翔真の身体を少しずつ照らしていく。翔真は黒を基調としたシンプルな服装をしている。黒いパーカーに黒いシャツ、加えて黒いスキニーパンツ。黒尽くめの服装は夜の闇に酷く馴染む。

 翔真は身を屈めると、パーカーのポケットから小さな筒状の片眼鏡を取り出す。それを慣れた手付きで右目に装着する。

―――どれどれ・・・

 翔真が見る方向には、森の中にあるには相応しくない巨大な日本家屋が在った。広さは京都御所の半分くらいだろうか。森を切り開いたというよりは、森の中をそのまま刳り貫いて其処に家を建てたというのが正しいと思えるくらい不自然だ。家屋がある敷地以外は森に囲まれており、獣道さえも見つからない。しかし、家の敷地内には枯山水の石庭が広がり、周囲には手入れが行き届いた松が植えられている。石灯籠には明かりが灯され森の中でも充分明るく見える。

「あれは・・・」

 翔真は片眼鏡の横にあるスイッチを押し眼に映る画像を拡大していく。家屋の廊下を眼で追っていく。其処には取り巻きに囲まれ悠々と歩く《標的》が居た。だが、翔真は《標的》を確認すると、再び家屋の周囲へと視線を戻す。翔真が注視しているのは、家の敷地内を囲むように配置されている石灯籠だ。

―――二重・・・いや、三重か・・・ネチネチと結界張りやがって・・・でもまあ、この程度なら破れなくはないけど・・・

 翔真は片眼鏡を仕舞い体勢を戻すと、石灯籠の配置を正確に頭の中で再現する。石灯籠の数は全部で十二だ。

―――十二全ての灯籠を同時に壊さなければ結界がセンサーとして敵の侵入を知らせる。かといって、壊さずに侵入しようとしても結界内で敵に見つかる。そういう仕組みなのはもう分かってる。だから、《その手》には乗らない・・・

 翔真はベルトに差し込んで置いた鉄状の筒を取り出すと、

「距離は約五〇〇メートルってとこかな」

 地面へと飛び降り再び勢いをつけて走り出した。《標的》の敷地内まで瞬く間に距離は縮まっていく。四〇〇メートル・・・三〇〇メートル・・・二〇〇メートル・・・一〇〇メートル・・・

―――此処だ!

 翔真は走る速度が最高点に達すると、軸足に力を込め地面を一気に蹴り上げた。固い地面は勢い良く抉れる。空高く飛び上がると、其処は《標的》の敷地内の上空。翔真は筒の上部にあるスイッチを押すと、

「せーのっ!」

 それを振りかぶり敷地内に向かって放り投げた。

―――初めから結界を《派手に》ぶっ壊すのが俺の役目なんでな!

 放り投げた筒は、空中で三半規管を揺らす爆音と共に一気に弾けた。筒の中からは数百もの子弾が円状に降り注ぐ。子弾は特性の金属弾だ。その威力は容赦なく触れたものを打ち貫く。天高く降り注ぐ鉄の雨は数秒と待たずに全ての石灯籠だけでなく、家屋や石庭までも容赦なく破壊していった。

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