黒幕 参

 翔真が特別棟の屋上へ続く階段へ向かうと、既に雄飛が待っていた。手には屋上の入り口の鍵を持っている。雄飛は無言で鍵を開けると外へと出た。翔真も後ろから続く。

 雄飛は屋上を囲っている柵に背中を預けると溜め息を付いた。眉間には深い皺が刻まれている。翔真はそれを見て、『これは説教だな・・・』と半ば心の中で諦めていた。

「全くお前は・・・どうしてこう無鉄砲な事をするんだ?アレでお前はこの学校の注目の的だぞ。《色んな意味》でな・・・」

 翔真の予想は的中した。先ずは雄飛のお小言を戴いた。

「悪いとは思ってるよ。でも、あれがあの場で一番逃げやすい方法だったんだ。現に、雄飛だって俺が生徒達の眼を集めている内にこっそり逃げ出して来たじゃないか?」

「それはそれ。これはこれだ。―――まあいい。やってしまった事をこれ以上云っても仕方が無い。これからの話をしよう」

「・・・分かった」

 翔真の予想は外れ、雄飛は説教をする事はしなかった。普段であれば、雄飛の説教は三十分は固い。しかし、今回は凌子と美月が関係しているから、と翔真は考えた。

―――なんだかんだであの二人の気持ちを知ったのがかなり《キテル》な・・・俺もそうだけど、雄飛の方があからさまに直ぐ分かる。本人は気付いてないけど・・・

 翔真は雄飛の隣に座り込む。

「俺達の思惑通り、《黒羽咲》は《誘拐されてくれた》。このデータが大いに役立ったのは気に食わないけどね」

 翔真は掌の上でUSBメモリースティックを遊ばせる。

「同感だ。今頃、あの女がほくそ笑んでいるのが目に浮かぶ」

 御手洗良和に力を貸した女、桐生水織。彼女とは遠からず深い縁を持っているが、少なくとも味方では無い。御手洗良和に鳳凌子を襲わせるように手引きしたのはあの女なのだから。

 翔真は携帯をブレザーの内ポケットから取り出し、ある画像を映し出す。

「黒羽咲の自宅の図面。細部まで調べ上げているのは敵ながら流石だと思うよ。これの御蔭で俺達の《標的》の追跡も容易になった」

 画面を指でなぞり、翔真は黒羽咲の自室の画像を表示する。

「黒羽の当主も《こんなもの》が自分の娘の部屋に造られているとは気が付かなかっただろうな」

 翔真は画像のある部分を指差し皮肉気に笑う。

一見ただの床に見えるが、実際はいざという時の脱出路が隠されている。細工が絶妙に隠されているところは実に《彼女らしい》と思う。彼女の部屋に入らない限り、まず外部からは分からない。出口に至っては黒羽邸の私有地の山の中に複数用意されている。一つを除いて他は全てダミー。加えて、ダミーの通路には侵入者用に何重も張られた罠の数々ときている。素人どころか、《その道》のプロでも突破は至難だろう」

 雄飛は関心するように頷きながら続ける。

「だが、それを外部から破り、堂々と彼女の部屋に侵入した者がいる。まあまあの腕前と褒めてやりたい・・・が、其処は残念。未だ未だ詰めが甘い」

「全くだ。《こんなもの》残したてちゃ、自分の手の内をバラしているようなもんだ」

 少しだけ呆れたように、翔真は小さな小瓶を雄飛に放り投げた。雄飛は片手でそれを受け取る。透明な硝子から見える中身。中には《太く尖った毛》のようなものが入っている。

「啓鐘に中身の確認はさせたのか?」

「勿論。俺の予測は正解だった。あいつときたらさ、『今度のお相手は随分と三流のようで残念ですね』だってさ」

 翔真は彼の関西弁の口調を真似てみる。雄飛はくすりと笑うと、

「啓鐘の云う通りさ。だから、早々に手を打つ。今夜標的のアジトを叩く。俺は捉えられた人達の保護。お前はいつも通り―――」

「敵の殲滅、だろ?」

 翔真は語意を強調し雄飛に告げる。自分の仕事は敵を圧倒し殲滅する事である、と。

「その通り。だが、《ヤツ》だけは生かしておけ。聞きたい事があるからな」

「分かってるよ。《力を奪い拘束する》さ」

「・・・それならいい。呉々も無理はするなよ。俺達の《本命》を気取られるなよ?」

「はいよ」

 雄飛は翔真の冷静さに関心した。動揺など一切見せはしない。それが喩え味方であったとしても。それが神楽坂翔真の《強さ》の一つでもある。

―――鳳凌子の言葉に多少心を揺らされたようだが、いつも通りの翔真だな。敵には気の毒だが、五体満足で済む訳は無さそうだ・・・

「雄飛。俺は早速向かうけど、お前はどうする?」

 雄飛が思考を巡らせていると、翔真は何時の間にか柵の上に立っている。

「俺は部下に作戦を告げてから向かう。お前は作戦通り定刻に《奇襲》を」

「分かった。じゃあ、現地で会おうな」

 翔真は柵から飛び上がり三階建てのビルから軽々と落下して行った。下を覗くと既に翔真の姿は無い。文字通り風のように姿を消した。

「やれやれ・・・やっぱり説教しておくべきだった」

 雄飛は誰もいない校庭を横目にぼそりと呟いた。

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