黒幕 壱

 仄暗い部屋の外が俄に騒がしい。騒がしいと云うのは、自発的なものではなく、強制的に起こされたという意味だ。

―――何だか妙な胸騒ぎがする・・・

 少女は横に倒していた身体を引き摺り、ドアの前へと近付いて行く。ドアの前に何とか辿り着くと、ドアの上部にある細いスリットへと身体を押し上げる。スリットの隙間からは外の様子が窺える。枯木のような指先をスリットへと掛けると、薄い蛍光灯の光が漏れている先を少女は窺う。

―――これは・・・?

 常時控えている監視の人間がいなくなっている。耳を澄ませると遠くで人の叫び声と銃声が聞こえる。その中に一人、聞き覚えのある声があった。

「妹の敵だぁあああ!」

 激しい怒りと憎しみが込められている叫び声。それは敵を追い立てるように響いている。声が擦れても彼女はきっと叫び続けるのだ。彼女の復讐を。

―――お姉ちゃんだ・・・

「私は・・・ここ・・・私は・・・ここ・・・」

 少女は必死に声を出そうと試みる。しかし、咽喉からは声が音になって出てくれない。息が漏れるだけで言葉になってくれない。衰弱し切った身体は《言葉を発する》という機能すら忘却の彼方に追い遣ってしまった。


『私は・・・ここよ・・・』


 乾き切った身体の何処にあったのか。少女の瞳から大粒の涙が零れていた。少女は涙を流さずにはいられなかった。感情が抑えられず身体が求めているのだ。自分を助けに来た姉の存在を。姉が自分の為に戦っている事を。


「残念だが、君の願いは叶わない」


 スリットから覗いた先には何時の間にか男が立っていた。能面のように張り付いた無機質な表情はこの状況に於いても一切変わらない。

「彼女の訪れは私にとって僥倖であるが、こう暴れられては困ってしまうのでな。此処は大人として、彼女を《仕置き》せねばならない」

 男は淡々と云った。

「この・・・外道・・・」

 少女は憎々しく男を睨み付ける。罵倒する言葉は声が擦れて言葉になっていない。だが、その意図は男に伝わったようだった。

「下らん。私の大望の為に君達のような《汚れた血》の女を使ってもらうだけ有り難いと思え。なに、君の姉を殺す事はしないさ。彼女は私の大切な《実験材料》だからね」

 男はそう云い残し振り返ると、闇の中へと消えていった。少女は男を何としても止めねばならないと思った。しかし、少女にはその《力》が無い。男を睨み付ける事しか出来ない自分が不甲斐無く、姉を救えない自分が悔しかった。少女はドアの前で力無く崩れ落ちた。

―――お姉ちゃん・・・

 程なくして銃声は止み、そして咆哮は消えた。

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