稚拙と誘拐 参

 勘違いをし、一人でてんてこ舞い。見るに耐えず、見られるに堪えない。鳳凌子は人生最大の恥ずかしさを身に染みる程噛み締めていた。穴があったら入りたいとは、このような心境なのだろう。

「まあまあ良かったじゃん。結果的に凌子の裸を見たのは私だけだったんだから」

 凌子の隣で美月はあっけらかんと笑っている。

「もうだったら、何で隠れてたの!?」

「そんなの面白い事態を期待したからに決まってんじゃん。案の定、眼福眼福」

「もう!」

 凌子は頬を風船のように膨らせ拗ねてみせる。

「それ位にしておきなよ、美月さん」

 美月の正面に座っている雄飛が美月を仕方なく諌める。これ以上揶揄うのは可哀想だ。雄飛は率直にそう思ったのだ。

「はいはいっと。―――じゃあ、凌子も起きた事だし。神楽坂君、それと雄飛。私達にちゃんと《事情》を説明してくれないかしら?」

 先程までのおちゃらけた様子からは一変し、美月は真剣な表情で二人に訪ねる。

 翔真、雄飛、凌子、そして美月の四人はリビングルームに集まっていた。テーブルを挟み、翔真と雄飛、凌子と美月が隣同士で座っている。楽しい集まりであれば、凌子を翔真の隣に座らせて上げたいと美月は親心から思っているが、今回に限ってはそれは無い。

 美月は腹の底から憤っていた。雄飛経由で翔真から連絡が来た時は、本気で翔真の事を殴りそうだった。だが、凌子を助けたのは翔真。美月はぐっと気持ちを抑え拳を収めた。

 そして、現在。

 美月は凌子が襲われた理由を二人に問わねばならなかった。何故翔真だけでなく、雄飛も含まれているか。それは、雄飛が翔真との関係を美月に明かしたからだ。

「凌子が起きるまで待っていたんだから、話す内容と算段くらい考えていたでしょ?」

「それはまあ・・・」

 雄飛は歯切れ悪く答える。

「凌子も聞きたいでしょ?」

「・・・うん。それはそうなんだけど・・・」

 凌子の曖昧な返答に美月は困ったように眉を顰める。

 凌子を襲った御手洗は明らかに恣意的に動いていた。勝手な恨みを凌子に向けて辱めようとしたのだ。それに翔真と雄飛が関係しているのか。凌子はそれを疑問に持っていた。

「兎も角、ちゃんと話して貰うまで、私達は帰りませんから!」

「ちょっと美月ちゃん・・・それは少し強引だよ・・・」

「アンタは黙ってて!私は超ーご立腹なの!」

 鼻息を荒くし美月は宣言する。こうなってしまっては、美月は梃子でも動かない。自身が納得しなけらば首を縦に振る事はない。幼馴染である凌子は何度もこのような光景を見ている。そして、最後に勝つのは何時でも美月だった。

「・・・分かりました。俺から話します」

 美月の返答に口を開いたのは、翔真だ。

「ちょっと待て。やはり俺から話す」

 雄飛は翔真を焦った様子で制止する。しかし、

「雄飛の云いたい事は《分かってる》よ。だけど、俺達には話す義務がある。鳳先輩と砂川先輩には聞く権利がある。―――それにこれは俺の失態だ」

 翔真は頭を抱える。

「それは・・・そうだが・・・俺の責任でもあるんだ、これは。しかし・・・」

 雄飛は翔真の云い分に口籠る。

「お前の悪い癖だ。土壇場で腹を決められないのは」

「お前は思い切りが良すぎるんだよ」

 両者は視線を交わす。一切視線を逸らさず暫し睨み合うと、雄飛は目を逸らし一つ溜め息を付いた。

―――俺の根負けだな・・・

「・・・分かった。お前の好きにしろ」

「ありがと」

 翔真は白い歯を見せて笑うと、

「どうやらそっちの話は纏まったみたいね?」

 美月は満足げに云う。

「はい。それじゃ改めて俺からお話しさせていただきます」

 翔真は正面に居る二人に向き直る。

「先ずは何からお話ししましょうか?」

 翔真の言葉に美月は迷い無く答える。

「貴方達の正体・・・素性と云った方がいいかしら?それを教えて」

 想定通りの質問。最初に美月が知りたい事、そして凌子が知りたい事もこれだろう。

 そこから全ての話が始まるのだから。

 凌子は実際に力の発動を見ているし、美月は御手洗を救急車で運ぶ前に力の残骸を見ている。本来であれば、美月はそれを見る筈は無く、凌子にも口止めをしようとしていた算段は簡単に覆ってしまった。

 当初、翔真は事前に凌子と御手洗を竹林の外へと運び出し、戦いの跡を見せるつもりはなかった。見せれば事態に疑問を持つと思ったからだ。

 翔真は雄飛に連絡を取り事情を説明すると、次に美月へと事情を説明した。凌子と美月の関係を鑑みれば、先に此方から話を通しておいた方がいい。事情を説明すれば、御手洗との間にあった出来事は教師達には隠した方が良いという提案を受け入れると考えていた。御手洗と凌子の関係性を知っている美月であるからこその判断だ。翔真の読み通り、美月は翔真の提案を受け入れた。

 御手洗を救急車で運ぶ際に雄飛と美月がその辺の対応をしてくれていた御蔭で、翔真は凌子を難なく自宅へと運び込む事が出来た。凌子はその場におらず、美月が倒れた御手洗を発見した。それが翔真の考えたシナリオだった。

 翔真は自宅で凌子を休ませ、最後に戦いの後処理をするつもりだった。雄飛をその役目にしようとも考えたが、美月や教師達から目を離すのも得策ではない。雄飛も同意見だった。だが、翔真と雄飛は一つ思い違いをしていた。教師や救急隊員同様、美月も簡単に話に乗せ、竹林から、そして講堂裏から切り離す筈だった。

 しかし、此処に大きな誤算があった。

 不自然な状況を冷静に分析し、雄飛が教師の対応をしている隙を抜い、美月は竹林の中心部へと辿り着いたのだ。それは、翔真が事後処理に戻る前だった。隆起した地面はそのまま、一部の竹林は折れて拉げている。明らかに不自然な光景だった。決定的なのは、翔真が握り潰してその場に落としていた《人工術機》の欠片だった。事後処理の際に纏めて証拠の隠滅を計ろうとした事が完全に裏目に出た結果になった。

 故に、翔真は自分達の素性を詳らかに話す事にしたのだ。だが、それだけではない。誓った約束もある。

「俺達は日本国天皇陛下に仕える特殊警護隊、所謂SPってやつです」

「SPってあのドラマとか映画とかで出てくるやつ?」

 凌子は洋画の黒人を思い浮かべた。サングラスを掛けた屈強な男だ。

「平たく云えば同じです。俺と雄飛の場合は警察に所属しているのではなく、直接陛下を警護する組織に属しています。名は『皇宮警察』。俺達の役職は皇宮護衛官です。お二人も名前くらい聞いた事ありませんか?」

 翔真の質問に凌子と美月は貌を合わせる。確かに、翔真の云う通り二人はその名称を聞いた事があった。

 皇宮警察とは、警察庁から独立した天皇・皇族の護衛や警護を担う組織を指す。その権限は多岐に渡り、警視庁や国軍にさえ影響力を及ぼす。日本国の要であり、国家の代表でもある天皇を護る為に組織されたのが皇宮警察の初めとされているが、今となっては霞ヶ関に皇宮庁が置かれるほど組織は巨大化している。

「俄には信じ難い話ね。だってあれって国家資格でしょ?どうしてアンタ達みたいな高校生がなれるのよ?」

 美月は明らかに疑っている様子だった。美月がそう思うのも無理がない。一般的に、皇宮警察官は二十歳から資格試験を受ける事が原則とされている。《原則的に》とされている為、二十歳以下で受験する事も何ら問題は無い。しかし、大卒以上の学力とそれに見合った精神的な成熟が求められているという事もあり、高校生の身分で受験する者は皆無と云って良い。大学在学中に受験する者も少なくないが、合格する者は全受験生の五%にも満たない。高校生ともなれば云わずもがな、である。

「砂川先輩の仰る事も御尤もです。でも、事実は事実ですから」

 翔真はそう云って、ブレザーの内ポケットから一冊の手帳を取り出した。それを二人の前に差し出す。表紙には金箔捺しで旭日章と共に皇宮警察と記されている。

「どうぞ開いてみてください」

 美月は手帳を手に取ると、翔真の貌を一瞥する。

―――これって本物?

 訝し気に中を開くと、其処には制服姿の翔真と役職か階級らしき文字が書かれている。

「皇宮警察・・皇宮護衛官・・皇宮警視正・・・」

 凌子はそれを小学生が教科書を読むように読み上げる。美月は書かれている役職と階級を見て唖然とした。

「アンタ・・・警視正なの?」

「はい」

 断言する翔真が嘘偽りを云っているようには見えない。となれば、この警察手帳は本物であり、翔真の云っている事も事実なのだろう。俄には信じ難い話である。

「納得していただけないのであれば、他にも証明出来る書類ありますのでお見せしましょうか?」

 翔真の提案に美月は諸手を上げて降参した。

「もういいわ。充分分かりました」

 美月は納得したのか、手に持っていた警察手帳を翔真へと返却した。美月の隣では凌子が尊敬の眼差しを翔真に向けている。

「神楽坂くん凄いんだね!」

「それ程でもないですよ」

「謙遜する事ないよ。高校生で警視正なんて凄い!」

 凌子の忌憚ないべた褒めに翔真は照れ臭そうに頬を掻く。

「神楽坂君がって事は・・・雄飛もそうなのね?」

 翔真の隣で黙りとしていた雄飛は小さく頷く。

「雄飛くんも凄いね!」

 翔真とは対照的に雄飛は「ありがとうございます」と小さく答えるだけで表情は全く崩さなかった。隣で楽しそうにしている凌子を横目に、美月は益々訳が分からなくなっていた。

「それで、どうして天下の皇宮警察の、然も警視正様達が普通に高校生してるのよ?」

 一警察官として職務を全うしている以上、学校に通うのは余りにも不自然だ。加えて、二人は警視正。身分的にも高い位置にある。一般的に考えれば部下もいるだろう。高校生活など送っていられる筈も無い。

「詳細は云えませんが、これは任務。―――天皇陛下からの《勅命》です」

 翔真の言葉に、美月は驚愕した。翔真の云う《勅命》とは、天皇がその大権を以て直接命令する行為。つまり、翔真と雄飛は天皇から《直接》命令を受けその任務に従事しているという事だ。

「俺と雄飛の事が室橋高校の理事長である左梁さんも了承済みです」

 左梁竜介。室橋高校の理事長を務めながら、その他にも幾つかの学校を経営している謂わば、学校運営の専門家である。体躯は熊のように大きく豪気であるが、性格は穏やかで面倒見も良く、生徒や保護者からの信頼も篤い。学校経営に関する講義や講演を行いながら日本中を駆け回っている。

「なるほど。理事長も二人の事は知っていると。私達には云えない《お仕事》の内容も知ってるの?」

「一部はお伝えしています。しかし、此方は天皇の勅命を拝命しています。守秘義務がある部分はお伝えする事は出来ませんし、その部分を左梁さんには充分納得していただいています」

 美月は眉を顰める。

「・・・じゃあ、竹薮の中であった、あの《不自然な》現象は伝えてあるの?」

 美月が竹林の中央部で見た、明らかに不自然な地面の隆起。とても人間業とは思えないその現象をその場にいた《誰か》が引き起こした。美月はそう考えていた。

「いえ・・・あれは俺達にとってもイレギュラーでした。理事長にはお伝えしていない部分です」

 翔真は正直に答える。

「そう。でも、アンタ達は私達にその《秘密》を話す《義務》がある。凌子に直接的な被害があった以上、見逃せない!」

 美月は中腰になりテーブルに両手を叩き付ける。

「もし話さないと云えば、私は力尽くで聞き出す!」

 拳を握り締め美月は怒りを露わにした。その怒りは本物だった。火花が散るように舞う怒りを翔真と雄飛は肌で感じていた。

「美月ちゃん、私の事なら気にし―――」

「アンタは黙ってなさい!」

 凌子の言葉を切り捨てるように美月は叫ぶ。

「凌子を助けてくれた事は感謝してる。でも、後少し遅かったら、凌子はあのくそ野郎に取り返しのつかない事をされそうになったんだ!そんなの私は許せない!絶対に・・・許さないっ!」

 空気を無理矢理引き裂くような怒りだった。拳をテーブルに叩き付ける美月の両目には小さな雫が浮かんでいる。それは、凌子への想いの証だ。

「先輩の云う通りです」

 翔真はその怒りから瞳を逸らさず美月を見る。

「俺には話す義務がある。先輩の怒りは正しい・・・俺はそう思います」

 拍子抜けした、と云ってもいいのかもしれない。美月は去なされてしまったのだ。自身の怒りの感情を、それ以上の怒りの感情に。

 美月は見てしまったのだ。翔真の瞳に映る静寂の波間に揺蕩う激昂の炎を。

「・・・話してくれる?」

 美月はテーブルに乗り上げていた上半身を引き、元の姿勢に戻った。凌子は我に返った美月を見て少しだけほっとしているようだった。

「鳳先輩を襲った御手洗良和が使用していた力の源。これがそうです」

 翔真はテーブルの上に小さな機会の破片を置いた。

「これって私が見付けた・・・」

「そうです。これがあの地面を隆起させた力の秘密です。名前は《人工術機》。人類史上最も小型の兵器と云われ、今、天皇陛下が懸念されている事項の一つでもあります」

 凌子と美月には全く聞いた事のない名前だった。兵器と云う響きも自分達の生活から縁遠く感じてしまう。

「お二人の反応が自然です。《人工術機》を知っている者は軍や警察内部で極一部に限られます。所謂、国家機密ってヤツです」

「そんな事を私達が聞いちゃってもいいの?」

 凌子は不安そうに云う。国家機密と云われては心穏やかではいられない。

「あくまでも此処だけの話です。お二人が俺の話を心の中に留めておいてくれればそれで問題ありません。パンドラの筺の秘密は明かされなければただの筺でしかありませんから」

 美月はテーブルに置かれた《人工術機》の破片を手に取る。よく見ると、基盤の上に極小のチップが幾つも敷き詰められているようだ。だが、それだけだ。謂わば、パソコンの中身だけを見せられているようなもの。外部装置がなければ中身を動かす事が出来ない。その中身を動かすものが見当たらないのだ。

「こんなんでどうやって地面をあんな風に出来るのよ?これだけで動くとも思えないし」

「でも、ちゃんと動いてたよ。私は御手洗くんが使うのを見たから」

「だから、どうやって?」

「それは・・・」

 凌子は御手洗が力を誇示してきた事を思い出す。御手洗は掌にそれを握り力を行使していた。これは自分の力であると。

「自分の力で動かしてたんだよ」

 凌子の答えに美月は首を傾げざるを得なかった。

「いや、だから。そりゃそうでしょうけど。具体的にこれをどうやって動かしたって事を私は云いたいのよ。何処にもスイッチなんてないし・・・」

「でも、御手洗くんはそれ以外何も持ってなかったよ。それを御守りみたいな袋に入れたみたいだけど・・・」

「じゃあ、それが鍵って事かしら?」

「いいえ。御守り袋はただ人工術機を隠す為のカモフラージュでしょう」

 凌子と美月の議論に翔真が一石を投じる。

「結論から云えば、人工術機にはスイッチもなければ外部装置も存在しません。これで完成型なんですよ」

 翔真はもう一つの欠片を指先で拾い上げる。

「じゃあ、どうやって使うのよ?」

「簡単です。《イメージして力を行使する》。それだけでこれは力を発揮します。―――百聞は一見に如かず。実演してみましょう」

 翔真は立ち上がると、ベランダへと向かった。其処から小さな鉢植えを一つ拾うと、それをテーブルの上に置いた。鉢植えの中には土があるだけで何も植えられていない。翔真は人工術機の破片を握り締めると、人差し指だけを立て土に触れる。

「多少壊れていますが問題ないでしょ。では、見ていてください」

 凌子と美月は鉢植えに入った土に注目する。すると、突然、翔真の右手が淡い黄金の光を帯び出す。その光が導くように土が急に迫り上がった。

「うっそ!?これって・・・マジ?」

 美月は目の前で起こった事が信じられなかった。

「大マジです」

 やがて淡い黄金色の光は消える。

 美月は腰が抜けたように座り込んだ。一方、凌子は一度見ている所為か冷静だった。

「マジ信じらんない・・・こんな事あり得るの?」

「見て戴いた通りです。人工術機を媒介とし、人が装置となり術の行使をする。それが人工術機です。俺が握りつぶしたので効力はほとんど皆無ですが、こんな状態でも使用出来る」

 翔真は手に握っていた人工術機をテーブルに落とす。

「御手洗くんが使えたって事は、私達でも使えたりするのかな?」

 凌子は小さく手を挙げ質問する。

「勿論です。人工術機は誰でも使用可能です。特に、こんな感じの単純な命令だけを行使する人工術機は簡単ですよ。これに組み込まれている命令は恐らく《任意の場所の土を隆起させよ》と云ったところでしょう」

「そんな事まで分かるの?」

「御手洗が使用していた時から何となく。複雑な構成で組まれた人工術機は人の脳と身体に大きな負担を掛ける。行使するには相当な特殊な訓練が必要になります。しかし、御手洗は難なく使用していた。使っている技も単調。なら、結論は簡単です」

 凌子は「なるほどなー」と頷きながら関心している。

「御手洗はこれをどこから手に入れたのかしら?」

 美月の質問に翔真は即答する。

「それは既に目星が付いています。流石に誰とは云えませんが」

「そう・・・でも、これが無ければ御手洗はもう力を使えないって事よね?」

「その通りです。それと、彼は暫く学校に通えないと思いますよ」

「どうして?」

「さっきも云ったように、これは誰でも簡単に使用出来るものですが、猥らに使用すれば、脳や身体には負担が蓄積する。簡単な造りとはいえ、何の訓練もしていない御手洗良和は人を殺傷する程の力を使用していた。身から出た錆ですが、彼は暫くの間、普通に身体を動かす事もままならない筈ですよ」

「自業自得ね。同情する余地もないわ」

 美月は吐き捨てるように云う。

「他にご質問は?」

 翔真は二人を見渡す。

「私はもういいわ。何か突拍子もない話ばかり聞いて疲れちゃった。取り敢えず今日はこれで勘弁してあげる」

 翔真は頷くと凌子を見る。

「私も別にないよ。怖い思いはしたけど、ちゃんと助けてもらったし。だけど・・・」

 凌子は俯き寝間着の裾を握り、

「その・・・今度また・・・もしも私が危険な目に遭いそうになったら、神楽坂くんは私を守ってくれたりするのかな・・・?」

 凌子は潤んだ瞳で真っ直ぐに翔真を見詰める。美月は凌子の言葉を否定しようと思った。が、制止する手を元の膝の上に戻した。翔真の存在は短い時間の中で育まれた凌子の心の支えとなっている。美月はそれを感じていた。

―――二回も命を救われれば無理もないか・・・凌子はそういうのに弱いしね・・・

「私とも約束しなさい。凌子をちゃんと護るって」

 二人に迫られたが、翔真は動揺する事は無かった。

「勿論です。俺は鳳先輩を守ります・・・必ず」

 決意にも似た言葉だった。

「うん!ありがとう!」

 凌子は頬を緩ませ安心したように微笑む。美月もそれを見て同じく安心したようだ。


「では、今日はこれくらいでお開きにしよう。時間も遅い」


 沈黙を保っていた雄飛が口を開いた。リビングにある置き時計を見れば、時刻は二十二時を過ぎていた。

「そうね。明日も学校だし今日はお暇しますか。凌子の制服も乾いたでしょ」

「はい。先輩が眠っている間にブレザーとブラウス、それにスカートをアイロン掛けしておきましたから。取ってきますね」

 翔真は立ち上がり脱衣所へと向かおうとする。

「ちょっと待って!神楽坂くんがアイロン掛けしたの?」

 凌子も同様に立ち上がり翔真に迫る。

「はい。そうですよ。スカートのプリーツも皺一つありません」

 自信満々に云われ、凌子は益々困惑した。

―――私が着ていたのを神楽坂くんが触ったって事だよね!?どうしよう!変な匂いとかしてないよね!?

 凌子が一人でてんやわんやしていると、横目に美月がにやけているのが見えた。

―――美月ちゃんめー!知ってて神楽坂くんにアイロン掛けを頼んだな!

 美月は凌子の視線に気付くと素知らぬ貌を決め込む。

「えっと、神楽坂くん、ありがとう。わざわざ取りに行ってもらわなくても平気だよ。ついでに着替えちゃうから」

「そうですか」

「うん。そうさせてもらうね」

 凌子はそう云い残すと脱兎の如く脱衣所へと行ってしまった。

―――また美月さんに遊ばれて気の毒に・・・

 雄飛は遠い目で凌子を見送った。その直後、ブレザーの内ポケットに入っていた携帯が振動した。雄飛は携帯を取り出し立ち上がるとベランダへと移動し始める。

「はい。佐渡です」

 連絡をしてきたのは、佐渡の部下だ。

「ああ。沖田さんですか。どうしたん―――」

 沖田が話す内容が信じられず、雄飛は思わず言葉を呑み込んでしまった。携帯電話からは沖田の声が漏れている。翔真と美月は只事ではないと直感した。

「・・・分かりました。では後ほど」

 会話が終わり雄飛は電話を切った。

「何があった?」

 翔真は雄飛に訪ねる。雄飛の動揺の先にある事象。

「黒羽咲が自宅から姿を消した・・・」

 雄飛は噛み締めるようにそう告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る