歪曲変動 肆

 放課後になり、時刻は十六時五十分を過ぎている。

 部活に行く生徒、下校する生徒、委員会の仕事をする生徒、図書館で自主学習する生徒。放課後の過ごし方は様々である。

 鳳凌子はまさに下校しようと下駄箱に来ていた。今日の倶楽部活動は休みとなっていたからだ。美弥子は風紀委員の仕事があり、翔真もバイトで早々に下校している。凌子自身は特にこれと云って用事は無いが、一人で活動をしていても矢張り寂しいものがある。

―――美月ちゃんも生徒会のお仕事か・・・

 凌子は溜め息を付きながら自分の下駄箱の前に立つ。凌子は美月、若しくは美弥子と下校する事が多い。一人で帰る事は稀なのだ。その事が何となく寂しさを胸へと誘い込む。

―――仕方ないよね。皆忙しいだもん・・・

 凌子はもやもやとした気分で下駄箱を開く。

「なにこれ?」

 下駄箱を開けると、下履きの上に何やら封筒らしきものがある。それを下駄箱の中から取り出してみると、

「鳳凌子様へ・・・これってまさか・・・」

 凌子は恐る恐る裏面を見る。差出人を確かめる為だ。

「神楽坂翔真より・・・」

 凌子の思考は其処で一時停止した。脳がたった七文字を処理し切れなくなったのだ。

―――どうしてどうしてどうして!?どうして神楽坂くんが私に・・・その・・・ラブレターを・・・

 ラブレターとは決して断定出来る訳ではない。

 だが、凌子はまるで少女漫画の一場面の中にいる気分だった。自身の貌が火が噴いたように熱くなっているのを感じている。自分で思っていて恥ずかしくなる。凌子が周囲を見回すと、下校しようとしている生徒がちらほらと見える。

―――どこか別の場所に行こう!

 凌子は翔真からの手紙を素早く鞄に仕舞い込むと、下駄箱から近い女子トイレへと向かった。凌子は室内に入るなり、脇目も振らず個室の中へと入った。

―――此処なら、誰にも見られずに済む

 凌子は鞄の中から手紙を取り出すと、封を慎重に外し中の手紙を広げる。中に入っていたのは手紙が一通。凌子は書かれている文章に目を走らす。

『鳳凌子さんへ。突然のお手紙ごめんなさい。ですが、どうしてもお伝えしたい事があり、この手紙を書かせていただきました。放課後、講堂裏の竹林でお待ちしております。神楽坂翔真より』

 凌子は読み終えると、頭の中でメリーゴーランドが賑やかに廻るような感覚に襲われた。煌びやかに舞う光が視界を明滅させる。

「やっぱり・・・ラブレター・・・だった」

 その言葉を口にすれば、益々その言葉の実感が沸々と胸の内で沸き上がる。その感覚は苦しくも、しかし心地好いものだった。だが、頭の中では一向に考えが纏まらない。自分の中で様々な推測と理想と現実が交じり合い収拾がつかないのだ。

「兎に角、講堂裏に向かわないと!」

 腕時計を見れば時刻は十七時を少し過ぎたところだった。凌子はトイレの個室を勢い良く飛び出すと、一直線に指定の場所へと向かった。

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