歪曲変動 参
佐渡雄飛は廊下の窓際に凭れ掛かり携帯電話の画面を眺めていた。
室橋高校に於いて、校内での携帯電話の使用は原則として禁止されていない。勿論、授業中に携帯を使用する事は固く禁じられているが、分別を持って使用すれば御咎めは一切無い。
雄飛は携帯画面をスクロールしながら一つ一つの画面を念入りに、目を皿にして確認していく。
―――やはり今日も動きは無しか・・・
予測では此処一週間で動きがあると、雄飛は思っていた。しかし、《対象》には何ら警戒する動きは見られない。ただ、日常を穏やかに過ごしている。不自然な程に。
―――もし今日動きが無ければ計画内容を変更せざるを得ないのもやむなしか・・・直接会いに行って話す事も視野に入れておかないとな・・・
「佐渡雄飛さん」
鵲のように便りを告げる声。
雄飛は携帯画面から視線を咄嗟に上げる。すると、目の前には立っていたのは黒羽咲だ。
日本人形のような長い黒髪。白磁のように透明な肌。作り物のような微笑みには一切の感情が含まれていないように見える。尤も、その造り笑顔を見破れる者はそういないだろう。
―――此方の動きが《全て》掴まれているとは思わないが、隠しカメラは既に何個か発見されている可能性はある。痺れを切らして接触してきたか?それとも・・・
「何でしょうか?えーっと、確か、C組の・・・」
「はい。黒羽咲です」
咲は笑顔で自己紹介をする。
「そうでした。失礼しました。何度か『役員会』で貌を合わせてますよね?」
「ええ。私は保険委員の委員長を任されていますから。つい三日前にもお会いしています。その際は、直接お話していませんが」
生徒会を中心に毎月行われる『役員会』。生徒会と各委員会の委員長とで学内の情報共有や連絡事項のやり取りを行う場である。半年に一回行われる『総会』では予算編成なども行い、生徒の自主的な学内生活の運営が奨励されている。
「それで、今日は何か生徒会に用事でしょうか?急ぎで無ければ放課後に直接生徒会室に来て頂いた方が良いと思うのですが。生徒会長も居た方がいいでしょうし」
雄飛は在り来たりな理由で咲を煙に撒こうと考えた。これから翔真とも会う約束になっている。懸念すべき事案が無くは無いが、今は出来るだけ接触を避けておきたい。
「副会長である《佐渡さんだけに》お伝えしておきたい事があります」
切迫した様子で咲は雄飛に近付く。
「実は、最近、《校内》で《誰か》に見られているような気がするんです」
―――どういうつもりだ・・・?
雄飛は瞳を伏せている咲を見ながら訝しむ。
「えーっと、つまり、ストーカーか何かがこの校内に居るという事でしょうか?」
雄飛の回答に、咲は両手を胸元で合わせ祈るように訴える。
「分かりません。ですが、きっとそのような人がいるのだと思います。最初は、生徒会長の砂川さんにご相談をしようと思ったのですけれど・・・砂川さんも私と同じ女性。私のお話を聞けば、きっと私のように不安になると思いました。だから、此処は副生徒会長であり、男性である佐渡さんにご相談しようと思った次第です。警察に云うのは未だ判断が付かなくて・・・」
「・・そうですか。他の女生徒達を不安にはしたくないと?」
「はい。若しかしたら、私の《勘違い》という事も考えられます。ですが、万が一、本当にストーカーが校内に居ると思うと、怖くて・・・」
咲は胸元で結んだ掌を一層強く握り締める。
演技であるか、本心であるか、雄飛には判断が付かなかった。しかし、接触されてしまった以上、対処をする必要性はある。
―――仕方が無いか・・・此処は、彼女の《口車》に乗っておこう
「分かりました。私の方で少し調べてみます」
「ありがとうございます」
咲は心から安堵したように声を上げお礼を述べる。
「では、具体的に。黒羽さんはどんな所で視線を感じますか?それとも、ずっと誰かに見られている感覚ですか?」
咲は少しだけ考えると、
「私が視線を感じるのは・・・その・・・普段男性が居ない空間。つまり、あの・・・」
咲は頬を赤らめ言葉を濁す。咲の言葉に雄飛は思考を巡らせる。
―――どういう事だ・・・黒羽咲が云っているのは、恐らく女生徒のみが使用出来る場所。女子トイレや女子更衣室の事だろう。あとは、精々体育の授業くらいか。俺は其処に隠しカメラは設置していない・・・本当にただの覗き魔か何かか?
「大丈夫です。大体云わんとしている事は分かりましたから。それで、それは何時くらいから感じるようになりましたか?」
「ここ《一週間》位です。特に、その・・・着替えをしている時に・・・」
「そうですか・・・」
翔真は益々分からなくなった。
一週間というキーワード。それは、此方で警戒していた期間でもある。咲の発言はつまり、黒羽咲を監視している者が雄飛以外にも居るという事を意味している。
―――俺の警戒網を突破して隠しカメラを仕掛けたものがいる、という事か?それとも、外部から監視している《使い魔》がいるという事か?何れにせよ、此方の予想は正しかったと判断すべきだな。この情報を対象に教えられるのは皮肉だが・・・この状況は利用させて貰う
「直接の被害などはありましたか?」
「いえ・・・厭な視線を感じるだけです・・・」
「成る程。校外に出るとその厭な感覚は無くなったりしますか?」
「はい。登下校時特段には。車で送迎して貰っている間も不快感はありません」
咲の発言を信じるのであれば、雄飛以外が咲の監視をしているのは校内だけと断定するべきだろう。雄飛は校外には使い魔を放ち二十四時間咲を監視している。咲はそれには気付いていないと今の所は判断するしかない。勿論、あくまでも《一時的に》だ。
「でしたら、こういうのはどうでしょう?校内にいる時は出来るだけ私と一緒に行動するというのは?きっと犯人は男でしょう。だったら、私が黒羽さんと親し気にしていればきっと尻尾を出すと思うんです」
咲は思案するように頷くと、
「そうですね・・・私は親しい男性の友人はいませんし、犯人が男性であると私も思っています」
「勿論、一緒にいられない時間や場所もありますが。―――それと、もう一つ懸念点があります」
雄飛は人差し指を咲の目の前に出す。
「懸念点とは?」
「犯人以外の生徒にも同じように思われる可能性が高い、という事です。急に男女が親し気にし始めれば、厭でも注目の的になるでしょ?黒羽さんは男性からの人気も高いですしね」
「そんな事は・・・」
咲は頬を赤らめ目を泳がせる。
「でも、それは犯人探しの為に仕方が無い事です。―――佐渡さん。不束者ですが、どうぞ、宜しくお願致します」
咲は意を決したように深々と頭を下げる。
「いえ。こちらこそ。頑張って犯人を突き止めましょう」
「はい!」
咲は嬉しそうに返事をする。その時、昼休みの終わりを告げる鐘の音が鳴る。
「ああ、もうこんな時間ですか・・・」
「この話の続きはまた放課後にしましょう。今日は生徒会の仕事もありませんから」
「ありがとうございます。ではまた」
咲は一礼すると、周囲の視線を避けるようにその場を後にした。
雄飛はその後ろ姿が教室に入ったのを確認すると、後ろ手に隠していた携帯電話を取り出す。
「・・・という事だ、翔真。俺は《直接》黒羽咲の監視をする」
携帯電話は咲との会話の始めから翔真の携帯電話に接続されていた。
「分かった。でも、気を付けろよ。あの女、絶対何か隠してる。俺の嫌いなタイプだ」
翔真は電話越しで嫌悪感を漏らす。
「そんな事は百も承知さ。だが、敢えてこの話には乗る。恐らく、あの女は俺が仕掛けた監視カメラにも使い魔に気が付いている。だから、俺を利用して、《別の監視者》を炙り出そうとしているんだろう。此方からしてもそれは願ったり叶ったりだしな。向こうが此方を《利用している》と思っていてくれた方が何かと都合がいい」
「それは俺も同感。黒羽咲にはもう少し《派手》に泳いで貰わないと。中々海老で鯛は釣れないもんだしな」
「ああ。そうだな。―――放課後の行動はお前に任せる。《例の情報》はもう聞いてるな?」
電話越しで翔真が笑う。
「当たり前。それは俺に任せておけよ。《アイツ》は俺が仕留める」
翔真の声が重く鋭い刃のように響く。
「・・・分かった。だが、殺すなよ。奴には聞きたい事がある」
「りょーかい」
翔真はそう云って通話を切った。
雄飛は電話越しに翔真が居なくなると、教室へと歩き始めた。
―――あの声。明らかに怒っていたな・・・誰かが要らん事を翔真に教えたか?
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