第35話 未妙の心は誰のモノ?

 七条輝之。

 その男は未妙の言葉とは裏腹に、圧倒的なダメ人間臭を漂わせていた。

 ほっそりとした体形に、金髪と白い肌。

 整った顔立ちはスクリーンに映し出されても、人目を引き付けるほどの魅力に満ちている。

 ただ着ているシャツはユニクロのインナーらしきもので、食べ物のシミと思わえる汚れが点々とついている。七分丈のズボンはただ破れただけの薄汚れたもので、足元はかかとを踏み潰した革靴というスタイルだった。

 威厳を感じさせないという点では、完璧な装いだ。


 俺は逆に称賛したい気持ちにさえなっていた。


「ラブっ! 過ぎっ! 杉ラブっ!」


 七条が腰をくねらせながら、木のようなポーズをとる。

 たぶん杉ラブポーズだろう。


「満足か?」


 未妙が言う。


「ここから杉ラブ乱舞が始まるんだけど、そこまでやっていい?」

「ダメだ」

「5分ちょっとだよ」

「コンマ一秒でさえ許さん」

「みーちゃんはつれないなー」

「みーちゃん!?」


 俺は思わず口出しをしてしまう。

 七条が然りという顔をし、未妙が不機嫌そうに顔をゆがめる。


「そう。俺とみーちゃんは陰陽師仲間だったんだ。もし彼女が儀鬼にならなければ、この席は彼女のものだったんじゃないかな」

「嘘を吐くな。お前が人の下につくようなタマか」

「みーちゃんの下になら、喜んではいつくばるにょ。奴隷的な意味で」

「どんな意味合いであれ、お前みたいな化け物を足蹴にする趣味はない」

「足蹴! 杉山少女倶楽部の名曲『まじでアシゲに恋をした』をさりげなく入れてくるあたりに、みーちゃんの愛情を感じるね」


 七条はそう言って、デスクの引き出しを漁り出す。たぶん『まじでアシゲに恋をした』を探しているのだろう。

 未妙は舌打ちをしてから、そっとデスクの上に手を置いた。


「そろそろ冗談はやめにしろ。これ以上はしゃぐならば、この部屋を燃やし尽くすぞ」

「無理でしょー。陰陽師のみーちゃんならともかく、儀鬼のみーちゃんじゃ勝ち目はないよ」


 七条は立ち上がると、机をこんと叩いた。

 その瞬間、全身にしびれが走った。

 電気ショックを受けたように、体中が反りかえりそうになる。

 首と両手両足に紐をかけられて、全方位から引っ張られているみたいだ。

 自由がまったく効かない。


「<潜縛>か。味方の鬼しか来ないような場所で、よくそんな術式を準備しておけるな」

「備えあれば患いなしってやつだよね。まあ、みーちゃんには無効化されちゃっているけど」


 七条が言う。

 未妙は微かに笑うと、その手をデスクの上から離した。

 七条はにこりと笑い指を鳴らす。

 とたんに、体を縛り付ける力がなくなり、俺はその場に座り込みそうになった。


「儀鬼なのに、自分の陰陽をいじくり回せる。それも僕の術に勘づくと同時に、ほぼ完ぺきに調和させてくるとは。みーちゃんは本当に化け物だね。そのまま陰陽師になっていたら、どれだけの鬼を支配できたことか」

「陰陽師は神の奴隷だろう? 私は神を殴り飛ばしたかったんだ」

「知っている。もし鬼にならなければ、君がのたれ死んでいたこともね。だからこそ残念ぶっているんだよ」


 七条と未妙が目を合わせあう。

 二人が何を言っているのか、俺にはさっぱりわからなかった。

 七条がイスに座って、深く腰掛ける。


「それで用件はなーに?」

「草佩主(くさはぬし)を鎮めた。次の迷神の情報をくれ」

「ずいぶん苦労したみたいだね?」

「こいつのせいだ」


 未妙が俺に目を向ける。俺は軽く頭を下げる。


「果村空也君。十五歳。元高校一年生にして、新米の儀鬼。クラスメイトの前で自分が鬼だと暴露して、友達を恐怖の渦に巻き込んだスーパールーキー。儀鬼になった直後に、神殺しをしたという意味でも、期待の逸材だね」

「は、はあ」

「安心していいよ。君の話はニュースには一切出ていなかったろ。クラスメイトの大部分は勝手に現実的な嘘をこしらえて、世間もそれに乗ってくれている。幻覚作用のある薬物を教室にぶちまけて、うんちゃらかんちゃら、というやつさ。僕たちが沈静化するまでもなかった」


 七条の言葉を受けて、俺はほっとする。

 未妙に言われて、スマホも置いてきたので、地元の情報は入っていなかったのだ。


「君の両親及び北村唯は我々の監視下に置いておく。しょぼい使い魔を張り付かせるぐらいだけどね。身内から鬼が出ると、こっちの世界を知りたがるからね。変な道に迷いこまないように見張っておくよ」

「ありがとうございます」

「気にしないで。君のためじゃなくて、ちーちゃんに媚びを売っているだけだから」

「その売り物を受け取っているつもりはないからな」


 未妙が口を挟む。

 七条は「つれないお人やわー」と寂しげに言った。

 未妙が苛立ちをあらわにしながら、舌打ちをする。


「それで、迷神の情報は?」

「ない。本当にない。あやかし案件ばっかなんだよね。荒魂(あらたま)になったジモティー神もいらっしゃらないし、今動いている案件は、お金好きな儀鬼たちにすべてあげちゃったし」

「本当か?」

「ううん。嘘。迷神だと思われる情報がある地方から来ている。たぶん低くても、草佩主(くさはぬし)クラスの神様だと思うよ。でもみーちゃんにはあげられない」

「なぜ?」

「お荷物がいるでしょ?」


 七条が楽し気に、未妙が苛立たしげな様子で、俺を見る。

 俺は二人を見て、「まあ、納得のできる意見ではあるな」とつぶやいた。


「こいつは置いておく。だからその情報を渡せ」

「ダメだね。みーちゃん一人だと危うい案件だし、パートナーなしじゃあ、カードをオープンにする気はないよ」

「ならば陰陽師を貸せ。お前が十分だと判断する要員をよこせ」

「迷神案件だよ? 誰も参加したがらないって」

「お前の権力でどうにかしろ」

「遠慮しておく。いくら僕でも身内を死地に追いやりたくはない」


 七条が言い、未妙が黙る。

 未妙の甘さに付け込んだ、いい言葉だなと思った。


「ならば、なざ私にその情報を見せた? 渡す気がないならば、お前は隠し通せるだろう?」

「ご明察。僕の条件を呑んだら、プレゼントしてあげるよ」

「条件とは?」

「僕の使い魔になって」


 七条がさらりといい、未妙の表情がゆがんだ。


「果村空也君に説明してあげるとね。陰陽師と鬼だと、陰陽師が圧倒的に優位なんだ。僕らはあやかしを仕留めるための術式を持っているからね。その中の一つに首輪をつける術式がある。それを使えば、鬼は陰陽師のモノになる。

 もちろん鬼にだってメリットはある。主人となった陰陽師には絶対服従だけど、主人の保護を受けられる。コンビとしてうまく機能すれば、2倍3倍の駆除能力を持てるってわけだ」


 七条が「サイコーでしょ?」とでもいうように大げさな笑顔を俺に向けてくる。

 俺は反射的に顔をゆがめてしまう。

 どう考えてみても、未妙が不利な取引としか思えなかった。

 だが未妙は迷神に関して、かなりの執着を持っている。誰も行わないような仕事をたった一人で、陰陽師兼鬼としてやり続けているのだ。

 もしかしたら受けるかもしれない。

 俺はそう思い、背筋に鳥肌が立つのを感じた。


 未妙はただ一人で未妙という存在なのだ。

 この人の強さや弱さが、俺や唯を救ってくれた。

 もし未妙が誰かの子飼いになっていたら、唯は殺されて、俺もこの場にいなかったかもしれない。

 未妙の強さ。未妙の弱さ。

 その全てが目の前の男に支配されてしまうのは、絶対におかしい。

 それは完膚なきまでに間違っている。


「俺が未妙のパートナーになる。七条さんよりもふさわしい相手だっていうの証明してやるよ」


 七条が不敵そうに、未妙が驚いたように、それぞれの視線を投げかけてきた。

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