第2史 1章 彷徨う神と奢る陰陽師
第34話 陰陽道と鬼道の支配者
「最近の鬼はオタクが多いのか?」
俺はビルを見上げながら、聞いた。
場所は秋葉原駅から徒歩10分。
目に前にあるのは、古びれた雑居ビルだった。
「土地柄で決めつけるな。私の知る限り、鬼のオタク比率は一般人よりも低い」
未妙はうそぶく。服装はストライプ柄のTシャツにジーンズという女子らしさを微塵も感じさせないもので、この街の雰囲気にいやに似合っていた。
俺と似たような服装をしているせいか、学校のクラスメイトとつるんでいるような感覚を覚える。
ずしりと胸が痛くなる。
俺が鬼と語った後、クラスは大混乱に陥った。
気絶し、逃げ出し、硬直し、笑い出すやつや、机の下に隠れるやつさえいた。
こたえたのは、そんな恐慌状態に陥っているのが、顔見知りのクラスメイトだったという点だ。
知らない人間にビビられるのは構わない。
だが目の前で人間関係が吹き飛ぶのを見るのは、かなりきつかった。
友達に嫌われるっていうのは多感な思春期には、とてもハードなことなのだ。
唯は俺のもとに駆け寄ってこようとしたが、それよりも早く、俺は逃げ出した。
もし唯が平然と俺に話しかけてしまったら、俺の演出も意味がなくなると思ったのだ。
本当は叫ぶなり、教壇をたたき割るなり、鬼っぽい演出をする予定だったのだが、それも取りやめて、窓から逃げ出したのだ。
「どうした? 嫌な雰囲気でも感じるか?」
未妙が俺を見て、聞いてくる。
「いや、大丈夫だ。横のビルに、パソコンのパーツとアニメのポスターが貼られていて、ちょっと残念な気分になっているだけだ」
「小さい男だな。この土地は色々と都合がいいんだ。アクセスも悪くないし、鬼の出そうな雰囲気もない。それになによりも皇居の鬼門にあたるからな」
「鬼門?」
「そうだ。鬼に鬼をぶつける。シンプルな論理だろう?」
「いや、その前に、鬼門の意味を教えてくれないか?」
「すまない。お前の愚かさを見くびっていた」
未妙はそういうと、あからさまなため息をついた。
俺はむっとしながらも、そのリアクションに耐えた。
聞くは一時の恥。聞くは一時の恥。
「鬼門という言葉ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「ああ。縁起が悪いっていうイメージがある」
「間違っていない。単純に言えば、鬼の通り道にあたるのが鬼門だ。そこから邪気や悪い鬼が入り込んでくると言われている」
「なるほど。つまり邪悪な何かが来やすいルートだから、鬼で守りを固めているっていうことか」
「そうだ。それに加えて、わかりやすいというのもある」
「どういうことだ?」
「鬼がいそうな場所に、味方の鬼を集めておく。そうすれば他の場所に鬼が出てきた時も、すぐに敵と判断できるだろう」
「確かに。鬼は儀鬼だけじゃねえもんな」
「その通り。皇居を守るという点では、神田明神も守護しているし、別に綻びになるような場所ではない。まあ、鬼というイレギュラー存在を押し込むために、都合のいい場所ってことだ」
「儀鬼にとっても世知辛い世の中なんだな」
「ああ。だが私としては、鬼が幸せな世界には住みたくなな」
未妙はそう言うと、雑居ビルの扉を開けて、中に入った。俺も慌ててついていく。
古びたポストの前を通って、古びたエレベータのボタンを押す。
何の変哲もないかごが降りてきて、未妙と俺は中に入った。
【5F】のボタンを押して、普通にあがっていく。
「何もないんだな」
「何もないとは?」
「秘密のルートがあるとか。実は地下に部屋があるとか」
「馬鹿か? 建築基準法を無視して建物を作り、それが一般人にばれたらどうする? ネットで瞬殺されるに決まっているだろう?」
「いや、その通りなんだけど」
俺は黙った。未妙が言うことは百パーセント間違っていなかったが、夢を打ち砕かれた気分だった。
エレベータが止まり、雑居ビル感が溢れるエントランスに降りる。
目の前には塗装の剥げたドア。
未妙はノックもせずに、そのドアを開けて、中に入った。
俺はよくわからないまま未妙についていく。
中はオフィスっぽいレイアウトになっており、20人は働けるような事務用のデスクとイスが並んでいた。
しかし人は誰もおらず、夏休み中の教室みたいだった。
「誰もいないか。好都合だ」
未妙はそう言うと、フロアの奥に向かって歩き出した。喫煙所のように簡易的に区切られた場所があり、そこにもドアがついていた。
未妙はドアの前に立つと、ノックをして、数秒ほど待ち、またノックをした。
数秒ほど待つが、リアクションは特にない。
俺は目線で未妙に疑問を向けると、未妙はやれやれとでもいうように首を振った。
「七条! いるんだろ! 入るぞ!」
へこむどころか穴が開きそうな勢いで、ドアをノックしてからとドアノブを回す。
あっさりとドアが開いて、未妙が部屋の中に入る。
俺も後ろからついていき、部屋の中に入り、
その光景に目を奪われた。
異空間。
オフィスとしてはあり得ない風景。
場所を間違えたかのような感覚に陥る。
そこは、誰がどう見ても、アイドルオタクの部屋だった。
見たことのない3人組のポスターが壁と天井のいたるところに貼ってある。にこっと笑ったり、ドレスを着ていたり、かっこよくポーズをとったりしているが、どれひとつとして見たことがない。
俺の情報収集力にも問題はあるのだろうが、どう想像してみても、あまり知名度の高くないアイドルだと思われた。
その魔空間の中心で、ヘッドホンをつけて、巨大ディスプレイを見ている男がいた。
金髪で肌は白く、白人のように見えたが、その髪質や肌質を見る限りでは、日本人のようだった。肩を振って、楽しげにリズムをとっているところを見ると、このアイドルたちのコンサートかPVあたりを見ているのだろう。
俺たちはデスクを挟んで男の正面に立っており、絶対に気付くような立ち位置だったが、男はチラ見することもなく、ディスプレイを楽しげに見ている。
「うぅうううううううう!」
男が突然声をあげて、手を回し始める。
未妙があからさまに苛立ちながら、男に近づいていく。
「3! 2! 1!」
「仕事しろ」
男が「永遠のアイドル! 杉山少女倶楽部!」と叫ぶと同時に、
未妙はパソコンのコンセントをぶち抜いた。
「あぁああああああああ! 杉ラブポーズがぁあああ!」
男がディスプレイをつかんで叫ぶ。未妙はその手からディスプレイを引き抜いてから、俺に向かって言った。
「あいさつしろ。この方が陰陽道と鬼道を統括する若き天才。七条輝之だ」
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