第32話 草佩主との殺し合い3


 暗闇に満ちていた夜空に、無数の光が瞬きだす。

 星よりも強い輝きで、俺たちのいる広場を照らす。

 草佩主(くさはぬし)がたじろぐ。

 腕を降ろして、周りを見渡す。

 知らない場所に放り出されたみたいに、警戒した様子で周囲をうかがう。

 空を舞っていた草も自分の周りに降ろして、防御を固める。


「耐えろ!」


 未妙の声。

 同時に草が燃えて、体が自由になる。

 俺は後ろ跳びして、未妙のそばに近寄った。

 未妙は鬼の姿で立っていた。

 その表情は苦しげで、今にも座り込んでしまいそうだった。

 腕の草も広がっていて、すでに鎖骨近くまで生えている。


「うまくいったのか?」


 俺は草佩主(くさはぬし)を見ながら聞く。

 草佩主(くさはぬし)は何かしらの変化に戸惑っているのか、じっと俺たちを見つめている。


「〈宿返し〉は成功した。だが私の陰陽がまだ人の陰陽に引きずられている」

「つまり?」

「私の力は半分程度だと見込んでおけ」


 未妙はそう言うと、手のひらに火をまとわりつかせて、じれったそうに腕の草を焼いた。


「あとお前の戦いかたを見ていたが、愚か極まりないな」

「うるせえ。わかっている。殴られても平気だったからいけると思ったんだよ」


 未妙は鼻で笑うと、指先に火を灯して、俺の頬にでこピンを喰らわせた。


「熱っ」


 俺はほっぺたをさする。


「なににせよ弱点はある。お前の能力は珍しいが、無敵ではない」

「珍しい? 肌が硬くなるのが?」

「違う。お前の能力は別のところにある」


 未妙はさっきまで俺が捕まっていた場所をあごで指す。


「お前がバカみたいに捕まる前、一度だけ腕が草から外れたのに気付いたか? 私は術を行いながら、その動きを見ていたんだ」

「ああ。覚えている。火事場の馬鹿力ってやつだろう?」

「違う。あの時、草は千切れていなかったんだ」

「いや、どういう意味だ? 全然わからない」


 俺は素直に言う。未妙があからさまにため息を吐く。


「あの時、お前は草をすり抜けたんだ。お前の力は質量変化。自分の密度を変えられる」

「質量変化? 密度?」


 マジで意味がわからなった。


「単純に言おう。お前は誰よりも硬くなれるし、壁や銃弾をすり抜けることもできる」

「それは……すげえな」

「ああ。だが使いこなせるかどうかは、お前しだいだ。もし草が心臓のそばにある時、密度を高めてしまったら、お前は一瞬で死ぬ

 ある意味では最弱の力かもしれない」

 

 俺は数秒ほど考えてから、未妙の言葉の意味を理解し、「「ああ。なるほど。それは気付かなかった」と素直に言った。


「おしゃべりは終わりだ。来るぞ」


 未妙が草佩主(くさはぬし)を指差す。

 草佩主(くさはぬし)の焦点が俺たちに合っていた。草の刃が体の周りを取り囲み、足もとでは草がゆっくりと生え出している。

 未妙は自らの体に炎をまとわりつかせる。


「いいか? 〈宿返し〉によって草佩主(くさはぬし)はこの地域一帯の陰陽を使えこなせなくなっている。だが油断はするな。神は神だ」


 俺はうなづき、足に力を込める。


「作戦はない。出たとこ勝負だ。私は力が続く限り、草佩主(くさはぬし)の邪魔をし続ける。お前は神本体を叩き潰せ」

「了解した」

「死ぬ前に学べ。 死んでからでは少し遅いぞ!」


 未妙はそう言うと、跳び上がった。空中で「伸。円。球」と言い、体にまとわりつかせていた炎を球体状に膨らませる。

 草佩主(くさはぬし)が空に向かって、草を飛ばす。威嚇めいた声をあげて駆けてくる。

 草の刃が炎に呑まれる。

 未妙は背中から炎を噴出させて、滞空し、草の刃を消していく。

 俺は駆け出し、未妙と草佩主(くさはぬし)の間に割って入る。

 どんな風に戦えばいいのか。どうすれば勝てるのか。

 そんなことはまるでわかっていなったが、それでもするべきことは理解できた。

 死ぬ前に学ぶ。そして神を叩きのめす。

 それだけだ。

 草佩主(くさはぬし)が跳びかかってくる。

 先ほどと同じように首筋を狙ってくる。

 俺はその攻撃をかわして、相手の脇腹を殴りつけようとする。

 草佩主(くさはぬし)の動きのほうが早い。

 脇腹に届く前に、拳を掴まれてしまう。

 そのまま手を引っ張り、俺との距離を一気に縮める。

 歯。

 草佩主(くさはぬし)が俺の首筋に噛みつこうとする。


 だったら。


 俺は自分の肩を上げて、逆に噛みやすくしてやる。

 草佩主(くさはぬし)は俺の首筋を噛む。

 痛くない。予想通り、俺の首筋は草佩主(くさはぬし)の歯よりも硬くなっている。

 俺は空いているもう一方の腕を使って、草佩主(くさはぬし)の胴体を掴む。そのま体重をかけて、押し倒そうとする。

 もう一度馬乗りになって叩きのめす。

 違和感。

 草佩主(くさはぬし)から嫌な雰囲気がする。

 俺は反射的に逃げようとするが、草佩主(くさはぬし)のほうが早かった。

 草佩主(くさはぬし)の腕が胴体から外れて、俺の足首を掴む。

 腕が浮かび上がり、俺を連れ去る。

 俺は慌てて体をひねった。するりと足首が外れて、地面に落ちる。

 気付かないうちに密度を薄くして、草佩主(くさはぬし)の手から逃れられていたらしい。

 立ち上がって、草佩主(くさはぬし)に視線を向ける。

 草佩主(くさはぬし)は口から金属をこすり合わせたような音が漏らすと、全ての腕を一本につなぎ合わせた。

 腕をしならせて、巨大な鞭のように殴りつけてくる。

 俺は腕を上げてガードする。

 軽い衝撃はあるが、痛みはない。

 顔を守りながら、草佩主(くさはぬし)に駆けよっていく。

 草佩主(くさはぬし)は腕を引くと、鞭としていた腕を、槍のように突き刺してきた。

 衝撃。

 みぞおちに、草佩主(くさはぬし)の腕がめり込む。

 軽い痛みとともに、息が漏れる。勢いが殺されて、その場に立ち止まってしまう。

 草。

 草佩主(くさはぬし)の腕から草が生えだし、俺にまとわりついてくる。

 体の上をうごめきながら、顔の表面にへばりつき、目鼻口を押さえられる。

 俺は自分の顔をひっかき、草をはがすが、それ以上の速さで草がまとわりついてくる。

 視界が悪くなり、息も苦しくなる。

 痛み。

 草佩主(くさはぬし)の腕が俺の脇腹に突き刺さっていた。

 逆方向からも痛み。

 今度は頭を揺さぶられる。

 なにをされているのかもわからないまま、ありとあらゆる方向から衝撃を受け続ける。

 意識がふらつき、平衡感覚が崩れだす。


「愚か者が!」


 未妙の声とともに、炎が巻き起こり、顔をおおっていた草が燃やされる。

 俺は熱の痛みと、息苦しさから解放されたのを受けて、大きく息をする。

 未妙がそばに駆け寄ってくる。


「二度も同じ手を喰らうな。しかも草に気を取られていて、守りも甘くなっている。あれでは窒息死するまえに撲殺されていたぞ」

「そうは言っても、どうにもならねえんだよ」

「泣き事は死んでからにしろ。きたぞ!」


 草佩主(くさはぬし)が声をあげて、駈け出してくる。

 地面からは草が生まれて、空中にも舞い上がっている。


「いいか! そろそろ私も限界に近い。お前に振りかかる草は全て焼き払ってやるから、今度こそ草佩主(くさはぬし)をしとめにいけ!」


 未妙が叫び、空中の草が焼き尽くされる。

 俺は草佩主(くさはぬし)に向かって走り出す。

 拳を振るって、相手の顔面を殴りつけて、そのまま馬乗りになって、乱打する。

 今度こそ決めてやる。

 そう思うと同時に、違和感を覚えた。

 さっきまでと同じ展開。

 未妙が草を焼き、俺が草佩主(くさはぬし)と殴りあう。

 この状況を誰が作った?

 俺か? 未妙か? 違う。草佩主(くさはぬし)だ。

 なぜわざわざもう一度繰り返す?

 なぜこの状況を作りあげる?

 神は予測不能かもしれないが、それなりの計算をしてくるはずだ。

 二度も三度も同じ流れを繰り返して、どんな勝算があるっていうんだ?

 俺は拳を振るう速度をわずかに落として、あたりに目を配る。

 未妙の火。空中を舞う草。地面に生える草。

 俺と未妙。近づいてくる草佩主(くさはぬし)。

 なぜ?

 なぜなんだ?

 なんで草が舞っているんだ? なんで草が生えているんだ?

 どうして草佩主(くさはぬし)は草で俺や未妙を狙ってこないんだ?

 嫌な寒気と共に、一つの可能性に気がついた。

 俺は体を丸めて、全力で草佩主(くさはぬし)に体当たりをする。そこから、さらに手のひらで押し出して、相手との距離を広げる。

「未妙! 罠だ! この草は模様だ! 大部分は目くらましで、あとは学校の時と同じ術式かなんかだ!」


 俺は叫ぶ。

 未妙は炎を巻き起こしながらも、周囲に目を向ける。

 草佩主(くさはぬし)が絶叫し、草が緑色に発光しだす。

「燃やしてくれ!」


「駄目だ! 遅い! 跳べ! 後は任せたぞ!」 


 未妙はそう言うと、「これで撃ち尽くしだ! 炎! 最! 天!」と両手を振りあげた。

 草佩主(くさはぬし)の足元から炎が噴き上がり、上空に弾き飛ばす。

 俺は草佩主(くさはぬし)に向かって全力で駆けていき、自らの密度を軽くした。

 上昇気流に乗って、草佩主(くさはぬし)を追い掛ける。

 熱風を全身で感じて、火傷のような痛みを覚える。

 地上では草と草がが繋がりあい、一つの物体になりつつある。

 八つの顔を持つ蛇。

 その輪郭が見えてくる。


「させてたまるか!」


 俺はさらに密度を軽くして、草佩主(くさはぬし)を追いぬいた。

 視界の中には、いくつもの腕。

 草佩主(くさはぬし)から離れて、全ての腕が俺を突き刺そうと飛んでくる。

 俺はそれよりも早く、自らの密度を高めた。


「これで眠ってくれ!」


 全力で拳を振り下ろし、草佩主(くさはぬし)の顔面を叩き潰す。

 そのまま質量を上げていき、拳をめり込ませていく。

 草佩主(くさはぬし)の腕が刺さるが、効かない。

 殴りつけた状態のまま、地面に向かって、落下する。

 風が吹き、地面がすぐに目の前になる。

 俺は草佩主(くさはぬし)を叩き落とすと同時に、自らの拳を振り抜いた。

 衝撃。

 落下の勢いとともに、俺の腕が草佩主(くさはぬし)の顔面に突き刺さる。

 顔を突きぬけて、地面に穴を開ける。


「っんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん」


 草佩主(くさはぬし)が顔に穴の開いた状態で、叫び声をもらした。

 体をびくつかせて暴れまわるが、力が少しずつ弱まっていく。

 やがてぴくりとも動かなくなり、それから俺は腕を抜いた。

 空中からは草佩主(くさはぬし)の腕が落ちてきて、広場では八つの顔を持つ蛇が崩壊をしはじめていた。


「立てるか?」


 未妙は俺のそばに寄ってくると、俺の腕を掴んで、草佩主(くさはぬし)からどかしてくれた。

 草佩主(くさはぬし)の体が発行する。

 手足の先から崩れていき、砂のように溶けていく。草佩主(くさはぬし)が生みだした草も枯れていき、あちらこちら転がっている腕も壊れ出している。


「死んだのか?」


 俺は息を吐きながら聞く。


「いや、死んではいない。荒魂から和魂に戻っているだけだ」

 未妙は言う。その腕から生えていた草も焦げ茶色になり、ぱらぱらと抜けていく。

「つまり?」

「人に害をなさない神様に戻って下さる、ということだ」

「なるほど。それなら悪くない」


 俺は未妙のまねをしてにやりと笑おうとするが、うまくできなかった。

 あれ?

 視界が急に反転する。バランスを取る間もなく、その場に座り込んでしまう。

「やべえ。すごく気持ち悪い」

 俺は頭をおさえる。


「内なる力を大量に使ったからだ。お前はまだ井戸から水を汲み上げる力が低いからな。そうなるのも当然だ」

「それは先に教えてくれよ」


 俺は気持ち悪さに耐えきれず、その場に寝転んでしまう。

 夜空に向かって、お腹の底から息を吐く。



「ひとまず。バイバイ、草佩主(くさはぬし)って感じかな」

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