第31話 草佩主との殺し合い2

 草の刃に切られながら、草の大蛇と未妙の前に滑りこむ。

 目の前には、巨大な蛇の口。

 俺は両手を広げて、覚悟を決めた。

 その時、体の内側がうごめいた。

 血管という血管が脈を打ち、神経という神経が電気を流す。

 俺とは別の俺が、全身を揺り動かす。

 鬼の血。

 まったく別の何かが俺の中で産声をあげた。

 未妙を守る。草佩主(くさはぬし)を叩き潰す。

 そのための力を俺に与えてくれ。

 体が歪む。

 筋肉が張り、骨がきしむ。

 今まで聞こえなかった音が聞こえ、今まで見えなかったものが見えるようになる。

 草佩主(くさはぬし)の気配。未妙の息遣い。草の大蛇の一枚一枚。

 全てが切り刻まれて、コマ送りの映像のようになる。


「隠れろ!」


 俺は両手を広げて、大の字になった。

 同時に、草の大蛇が突っ込んでくる。

 葉。葉。葉。

 視界の全てが緑色に覆い尽くされる。

 一息。

 草の大蛇が通り過ぎていき、草佩主(くさはぬし)の元に戻っていった。

 俺は自分の体を眺めまわす。

 鋭く伸びた爪に、筋肉で覆われた手の甲。肌は灰色となり、金属質のようになめらかになっている。手足はもちろん体自体も大きくなっているらしく、余裕のあったはずの服も窮屈になっている。

 俺は目の前に腕を持ってきて、まじまじと観察してしまう。

 未妙のように鮮やかではなかったが、文様が浮かび上がり、白い光を放っている。


「遅い。遅すぎる。なるんだったら、もっと早くなってくれ」


 未妙が俺の後ろから声をかけてくる。


「俺はなんなんだ?」

「知らん。だが少なくとも儀鬼ではあるだろうな」


 未妙は俺の横に立つと、にやりと笑った。


「ようこそ。魑魅魍魎の跋扈する世界へ」


 それから「まあ、十分後には退場しているかもしれないがな」と付け加えた。

 俺はうなづき、草佩主(くさはぬし)を見る。

 草佩主(くさはぬし)は今さら儀鬼なった俺に不審さを覚えているのか、その場から動かずにうかがうような視線を向けてくる。


「いいか? これから私は〈宿返し〉を行う。そのためには人間の姿に戻り、陰陽を調整し、術を発生させなければいけない。

 最速でやるが数分はかかる」

「つまり?」

「耐えろ、ということだ」


 未妙はそう言うと、じりじりと後ずさりをはじめた。

 まじか。

 俺はそう思いながらも、両手を広げて、草佩主(くさはぬし)の前に立ちはだかる。

 草佩主(くさはぬし)は死にかけた未妙ではなく、元気な俺を先にしとめようと思ったのか、その場から動かないで、じっと俺を見ている。

 いつの間にか、草の大蛇も消え去り、空には無数の葉が舞っている。

 あの蛇は俺には効かないと思ってくれたのかもしれない。

 このままじっとしてくれないかな。

 そう淡い期待を抱くが、やはり駄目だった。

 草佩主(くさはぬし)は突然四つん這いになると、伸ばしていた腕を肩、脇、腰に刺しこみ、十本足の獣に変わった。

 うねるような咆哮をあげて、駈け出してくる。

 俺は自分が何をできるのかもわからなかったが、その動きを止めるために前に出た。

 間合いが一瞬で詰まり、草佩主(くさはぬし)が跳びかかってくる。

 腕で俺の体を掴み、首筋に歯を突き立てる。

 金属音。

 痛みはまったく感じない。


「っああ!」


 俺は草佩主(くさはぬし)を掴み、力任せに投げ飛ばした。

 草佩主(くさはぬし)は空中で体を回転させると、両手両足を使って、綺麗に着地した。

 すぐに次の一手。

 さっきの倍以上の速さで、駆けてくる。

 俺は姿勢を低くして、草佩主(くさはぬし)を待ち受ける。

 三。二。一。零。

 衝撃。

 草佩主(くさはぬし)とぶつかり合い、相手の勢いを完全に殺す。

 俺は手を伸ばし、相手の首を掴んで、地面に叩きつけた。

 馬乗りになり、両手を使って、乱打する。

 一撃。二撃。三撃。

 一つ一つに力を込めて、草佩主(くさはぬし)を仕留めようとする。

 未妙の力などいらない。

 俺だけで十分だ。

 そう腕を振りおろしていく。

 草佩主(くさはぬし)が動く。一本の腕をすり抜けさせて、俺の手首を掴み、捻りあげる。

 重心がずれて、体勢が崩れる。

 草佩主(くさはぬし)は俺の腹に衝撃を加えると、足元から抜け出した。

 俺はすぐに立ち上がって、草佩主(くさはぬし)を追い掛ける。

 大丈夫。ダメージはない。

 傷一つついていない。

 自分が無傷であることを確かめつつ、草佩主(くさはぬし)に詰め寄っていく。

 草佩主(くさはぬし)が立ちあがる。俺に向かって、両手をかざしてくる。

 手足に違和感。

 草が絡みつき、縛られている。

 この程度で動けなくなると思うなよ。

 俺は腕に力を込めて、引きちぎろうとする。

 ちぎれない。

 逆に引っ張られて、腕の関節を締められる。

 痛み。

 骨がきしみ、皮膚が伸びる。


「いてえな! ちくしょう!」


 俺は全力で腕を振るった。

 一瞬の反発のあと、抵抗がなくなる。

 草が千切れたと思い、前に進もうとするが、それよりも早く、次の草が絡まってきた。

 足を思いっきり振る。

 草は伸びるが千切れない。

 足もとからどんどんと伸びていき、腰まで伝ってくる。

 俺は体をねじり、草を掴んで暴れまわるが、抜け出せない。

 体の自由が奪われていく。

 なんだよこれ。一撃も喰らわずに負けるのかよ。

 あんだけ迷って、儀鬼になったのに、こんな風に終わるのかよ。

 自分がどれほど弱かったのか。自分がどれほど愚かだったのか。

 そのことを強く感じる。

 草が腰から伸びていき、肩まで捉えられる。

 腕が動かなくなり、首筋に這いよってくる。

 

 その時、空が光った。

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