第18話 神と愚か者

 光の壁が揺らぎ、未妙と草佩主(くさはぬし)がわずかに反応する。

 俺は二人に勘付かれたことに気付きながらも、地面を踏みしめて、跳び上がった。

 草佩主(くさはぬし)の腕を一本掴んで、もう一方の腕にぶん投げる。

その勢いのまま、最後の一本を殴りつける。

 地面に落として、俺も落ちる。

 バランスを崩しながらも、蹴りつけて、遠くにどかす。

 ふう。

 俺は一息吐こうとしたが、すぐに自分の考えが浅かったことに気づいた。

 足に草がからみついている。

 引き千切ろうとする間もなく、上へ上へと登ってくる。


「愚か者!」


 未妙が草佩主(くさはぬし)を蹴り飛ばして、俺の足元に火をつける。

 俺は熱さに驚きながらも、その場から逃げ出す。


「なぜきた!」

 未妙が叫ぶ。体から噴き出していた炎はすでに消えていたが、その目は獣のような光に満ちていた。

「わかんねえ!」


 俺は叫びかえす。

 鬼となっているせいか、声を荒げたくなってしまうのだ。


「あの三本の腕が未妙を狙っていたんだ。それに気付いたら、もうここにいた」

「このばか――」


 未妙は言葉をかけるよりも早く、俺を蹴飛ばした。

 俺は吹き飛び、地面に倒れる。

 草佩主(くさはぬし)の腕。

 鋭い風切り音と共に、目の前を通り過ぎていく。

 鋼鉄の鎧だって突き抜けそうな勢いだった。

 俺は慌てて立ち上がり、未妙のそばに寄った。


「いいか。私が『いけ』と言ったら、全力でこの場から離れるんだ。お前が破った穴を通って、敷地の外に出るんだ」


 未妙が言う。

 その目の先には、 草佩主(くさはぬし)が立っている。

 腕はすべて外れており、草佩主(くさはぬし)の周りに浮いている。


「俺は未妙を助けにきたんだぞ」

「違う。逃げろといっているんじゃない。別のフォローをしろ」


 未妙は草佩主(くさはぬし)を見たまま、ズボンのポケットから『世界』を取り出した。


「外に出たら、こいつの画面を押せ。話している暇はない。言うとおりにしろ。これが最良の手だ」


 未妙は早口で言うと、一歩前に出た。


「足手まといがいると注意がそがれる。私が合図を出すまで、離れていろ」


 手を広げて、下がれと合図してくる。

 俺は不満ではあったが、未妙の指示に従った。

 未妙は両腕を水平に伸ばして、炎を吹き上がらせる。


「あの六本の腕が同時に攻めてきたら、私もかわしきれん。お前は自分の仕事に集中しろ」


 火の勢いが強くなっていき、すぐに未妙の体ほどになる。

 草佩主(くさはぬし)の鼻が大きく膨らみ、息が吐き出された。


「いけ!」


 未妙が叫ぶ。

 同時に、俺は走った。

 地面に草が生えて、足もとにからみつこうとしてくる。


「炎・点・連」


 火の塊が背後から飛んでくる。

 足元の草がことごとく燃えていく。

 俺は振り返ることもできず、未妙の言ったことだけに集中する。

 全力で駆け抜けて、光の壁までの距離を縮めていく。

 三歩。二歩。一歩。

 腕を伸ばせば、外に出れる。

 そう思った時、、視界が突然おおわれた。

 反射的によけようと、スピードを緩めてしまう。

 草だった。

 空中に草が生えたのだ。

 

「無視して走れ!」

 

 未妙が叫び、俺は前に向かおうとする。

 だが遅かった。

 動くよりも早く、強烈な力で喉が締めつけられた。

 草佩主(くさはぬし)の腕。

 その一本が俺を掴んでいた。


「っ! っ! っ!」


 俺はその腕を掴んで、引きはがそうとするが、びくともしない。

 逆に押し込まれてしまい、地面に倒される。

 全身を草がおおい、身動きが取れなくなっていく。


「素人が!」


 未妙が叫びながら、草佩主(くさはぬし)の腕を蹴り飛ばす。同時に、炎をはためかせて、草を燃やす。

 風の音。

 未妙の背後から、別の腕が飛んでくる。

 未妙は咄嗟に振りむくも守り切れず、体勢を崩される。

 俺は立ち上がり、その腕を掴もうとする。


「余計なことはするな! さっさと逃げろ!」


 未妙が苛立たしげに言う。

 腕を振りあげて、炎を身にまとい、草佩主(くさはぬし)の腕をなぎ払う。


「こうなったら一か八かだ! 穴が広がる前に、一撃で叩きのめせるか試してやる!」


 未妙はそう言うと、大きく腕を振りまわして、炎を空へと投げ飛ばした。

 炎は筒のように細長くなると、敷地の中を泳ぎ出した。

 両端の形が変わっていく。

 片方は細くなり、もう片方には目と口が生まれる。

 龍。

 敷地の上を、炎の鱗を持った龍が駆けまわる。


「絶・炎・流」


 未妙が腕から火を吐き出し、龍の口元に投げる。

 龍は炎を喰らうと喜びに悶えるかのように、体をくねらせた。

 より激しくより巨大な炎をまとわりだす。


「空也! いけ! もう一度走れ!」


 未妙が言い、俺は慌てて走り出す。

 草はもちろん、草佩主(くさはぬし)の腕よりも早く、光の壁にたどり着く。

 飛び出して、外に出て、振り向くと同時に、『世界』を見る。

「やれ!」

 未妙が言うままに、俺が画面を押した。


<二重結界・終(じゅう)>


『世界』の周りで空気が歪み、強烈な風が巻き起こる。

 俺はよろめきながらも、『世界』を光の壁に向けた。

『世界』から光が溢れだし、俺が出てきた場所を覆いつくす。


「消え去れ!  草佩主(くさはぬし)!」


 未妙は腕を振りまわして、炎の龍を操ると、その口を草佩主(くさはぬし)に向けた。

 龍が草佩主(くさはぬし)を呑みこみ、爆発する。

 巨大な火柱となって、敷地の中を燃やし尽くす。

 俺は咄嗟にしゃがみこんで、手で目を守った。

 強烈な熱風が光の壁を通り抜けて、襲いかかってくる。

 何が起こっているのかわからない。

 荒々しい炎が吹き荒れているだけで、どこに誰がいるのかまったく見えない。

 未妙は大丈夫なのか?

 俺は光の壁に近づいて、目を凝らす。

 その時、空気が揺れた。

 甲高く鋭い草佩主(くさはぬし)の叫びが聞こえてくる。

 炎の向きが変わる。

 竜巻に飲み込まれるように、上へ上へと流れていく。

 視野が広がっていき、敷地の中が見える。

 未妙が立っていた。

 草佩主(くさはぬし)も立っていた。

 二人は微動だにしないまま、ただ相手をじっと見ていた。

 頭上から、荒々しい鳴き声。

 俺は反応して声の聞こえてきたほうを見る。

 炎の龍が捕まっていた。

 草の網に囲い込まれて、身動きが取れなくなっていた。

 未妙が片手をあげて、龍を動かそうとする。

 草佩主(くさはぬし)は両腕をあげて、龍を締めつける。

 龍から吹き出る炎によって、草の網が焼き切れるが、それ以上の速さで草が増えていく。

 網目が少しずつ小さくなっていき、炎の龍を覆い隠す。

 草佩主(くさはぬし)が腕を振る。

 炎の龍がその腕の方向に動いた。

 暴れまわりながらも、網に引きずられていく。

 未妙は歯を食いしばりながら、腕を振るが変わらない。

 網に操られて、龍が左右に揺さぶられる。

 草佩主(くさはぬし)のうなり声。

 腕が大きく振られて、薙ぎ払われる。

 草の網が激しく動き、龍が光の壁にぶつかった。

 壁が歪み、ひびが入っていく。

 爆発音。

 俺は反射的に体を丸めて、耳を塞いだ。

 光の壁は砕け散る。

 粉雪のように、粒子が降り注いでくる。


「円・炎・縛!」


 未妙が叫ぶ。

 炎の輪が出現し、草佩主(くさはぬし)を取り囲むように、一気に小さくなっていく。

 草佩主(くさはぬし)は腕を伸ばした。

 全ての腕を繋いで、大きく広げると、輪の縁をつかむ。

 草。

 炎の輪に草が生え、一瞬で消火されてしまう。

 未妙の顔に驚きの色が浮かぶ。

 草佩主(くさはぬし)は自分で作った草の輪を頭上に浮かび上がらせてから、ばらばらにした。

 風に巻かれて、草が広がる。


「逃げるぞ!」


 未妙が叫ぶ。

 俺は何が起こっているのかわからず、反応が遅れてしまう。

 草佩主(くさはぬし)が腕をあげて、振り下ろす。

 同時に、草の雨が降り注いだ。

 そういうことか。

 俺は腕をあげて頭を守る。

 刃物のように鋭い草の雨が体を切り裂いていく。

 草があらゆる箇所に刺さり、鋭い痛みが立てつづけに広がる。

 服が破れ、全身から血が染みでてくる。


「早くしろ!」


 未妙が俺の腕を掴んで、強制的に走らせる。

 草の雨は降ってこない。

 代わりに炎が傘のように頭上を覆っていた。


「今は勝てない! さっさと走れ!」


 未妙は俺を引っ張りながら、手を上げる。


「炎・炎・炎」


 火が噴き上がって、草の雨を燃やす。


「今日はこれで打ち止めだ! ひたすら走れ!」


 未妙は俺から手を離すと、走る速度をあげた。

 俺は炎の傘から出ないようにと、必死で未妙の後を追っていった。

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