第17話 神と儀鬼の戦い
一筋の光が地上から空へと伸びていき、街の中を照らし出す。
あの下に、未妙がいる。
そう思った瞬間、迷いは消えた。
全身を使って、駆けていく。
あの化け物の姿が思い浮かび、未妙が膝をつく姿を想像してしまう。
不快感。
嫌悪。
怒り。
体がきしむような感覚と共に、筋肉が張っていく。
視力も鋭くなっていき、光に照らされているかのように遠くまで見える。
唇に牙が刺さる。
髪の毛が角にまとわりついて、邪魔くさい。
俺は叫びだしたい衝動を抑えながら、全速力で走っていく。
何度か道を曲がり、光のふもとにたどり着く。
そこは神社のそばにある幼稚園で、敷地を取り囲むように、光の柱が空に向かって伸びていた。
目を細めて、中を見る。
未妙がいた。
そして、神もいた。
未妙は見慣れつつある鬼の姿で、相手をじっと睨みつけている。
赤い肌には不思議な文様が輝き、未妙が戦闘態勢であることをあらわしている。
神はその外見をうまく見ることができなかった。
全身がぼろきれのような布で覆われていて、手足の一部しか見えなかったのだ。
フードの影に隠れているせいで顔も見えず、人間と似たような輪郭をしていることがわかるだけだった。
「ようやく捕まってくれたな」
未妙が言う。
「何度かやりあったからわかるだろうが、私にはそれなりの力がある。この場で私とやりあえば、そっちもそれなりの代償を払うことになる」
考える間を与えるかのように、言葉を区切る。
「どうする? 草佩主(くさはぬし)。私と敵対して、力の大部分を失うか? それとも素直に叩き潰されて、和魂(にきたま)に戻るのか?」
草佩主(くさはぬし)と呼ばれた神はなんの反応も示さず、未妙に顔を向けている。
外から見ている限りでは、言葉が届いているのかさえわからなかった。
「ここまでお膳立てしてやったんだ。早く決めてくれ」
未妙がそう言った時、草佩主(くさはぬし)が動いた。
腕をあげて、未妙を狙う。
二人の距離は一メートル以上離れていたが、草佩主(くさはぬし)の腕は想像以上に長かった。
簡単に未妙まで届き、その首を捕まえようとする。
「神はこれだから嫌いだ。一人として説得に応じたためしがない」
未妙は毒づきながら、その腕を払いのけて、間合いを詰める。
受け流した腕が鞭のようにしなる。関節などないような動きで、未妙を捕まえようとする。
未妙はその動きを予期していた。
しゃがみこみ、腕をかわして、相手の足を払おうとする。
草佩主(くさはぬし)は跳び上がり、未妙の一撃をかわす。同時に腕を地面に突き刺して、体を回転させる。
遠心力を使って、腕を頭上に持ち上げて、地面にたたき落とす。
その大ぶりな一撃に対して、未妙は大きく距離を取った。
腕が地面にめりこみ、土ぼこりが舞いあがる。
同時に、腕の周りから大量の草が生えてきた。
逃げた未妙の足にまで届き、からみついていく。
「炎・地・延」
未妙の足元で火が起こる。からみついた草が燃え上がり、他の草も燃えていく。
「お前の力は知っている。私とお前では相性が悪すぎる」
未妙は火の中を駆け抜けて、草佩主(くさはぬし)に拳を振るう。
草佩主(くさはぬし)は身動きがとれず、その一撃をまともに食らう。
炎。
未妙の拳が燃え上がり、草佩主(くさはぬし)の体を焼く。
草佩主(くさはぬし)は吹き飛ばされながらも、体を回転させて、未妙の炎をかき消した。
ローブが燃え落ち、その姿があらわになる。
俺は息を呑んだ。
肌が真っ白ではあったがひび割れていて、その関節は球体のような物体でぎこちなくつながっている。
目はガラス玉のように透明で、口は固く閉じられている。鼻だけが人間と同じようにかすかに動いていて、その自然さが逆に不自然だった。
体を覆っている服は弥生時代の人間が来ていたような単純な服で、胴体のあたりを白い縄のようなもので縛っていた。
体を隠していたローブとは違う物質でできているのか、その服は薄汚れていたがどこも燃えていなかった。
その姿は美しくもなければ、厳めしくもなく、壊れかけた操り人形のようだった。
だが俺は頭を下げたい衝動に駆られていた。
自然と膝を曲げたくなるような、見えない存在感が草佩主(くさはぬし)にはあった。
草佩主(くさはぬし)は腕を引き戻すと、綺麗に折りたたんだ。関節は360度曲がるらしく、太さが三倍に、長さが三分の一になる。
未妙は草佩主(くさはぬし)をにらみつけながら、ゆっくりと近づいていく。
草佩主(くさはぬし)は未妙に顔を向けながら、じっと待ち受けている。
距離が少しずつ縮まっていき、あと半歩でぶつかりあえるほどの間合いになった時、草佩主(くさはぬし)が吠えた。
前かがみになって、地鳴りのような音をあげる。
口は閉じられたままで、鼻だけが膨らんでいる。
草佩主(くさはぬし)が飛び出す。
一気に距離を詰めて、腕を伸ばし、未妙の頭を砕こうとする。
未妙はその腕を避けながら、逆に拳を振るう。
腕が交差し合い、クロスカウンターのような形になる。
その時、草佩主(くさはぬし)の腕が三本に分かれた。
一つ目の腕が未妙を掴んで、拳の向き先をずらす。
二つ目の腕が枝分かれして、未妙の喉元を狙う。
最後のひとつは元の軌道のまま、殴りに向かう。
「炎!」
未妙が叫ぶ。
二人の間に炎が発生し、爆発する。
衝撃によって、草佩主(くさはぬし)の拳もそれる。
二人の足が地面から離れて、宙に浮く。
未妙は体を回した。
横に回転して、自分の腕を掴んだままの草佩主(くさはぬし)を地面に引き落とす。
草佩主(くさはぬし)を下敷きにして、未妙がその上に乗っかる。
「炎・全・焼」
未妙が叫ぶ。
同時に、体全体が燃え上がった。
巨大な火の塊となって、草佩主(くさはぬし)を覆い尽くす。
草佩主(くさはぬし)は逃げ出そうとしているのか、体をやたらめったら動かしている。
長い腕を利用して、体の向きを変えて、横に転がる。
未妙は離れない。
がっしりと掴んで、草佩主(くさはぬし)を呑みこみ続ける。
空気の温度がじりじりとあがっていき、炎はより大きくなっていく。
草佩主(くさはぬし)は必死の様子で体を動かし、地面を転げ回る。
未妙は寝技でも使っているのか、草佩主(くさはぬし)の体から剥がれおちずに粘っている。
草佩主(くさはぬし)の抵抗がが少しずつ衰えていく。
未妙が勝った!
そう思い、興奮と喜びで声を上げそうになった時、一つのことに気付いた。
草佩主(くさはぬし)の腕が落ちている。
三本の腕が二人から一メートルも離れていない距離に落ちていた。
どれも二人から見えない位置にあり、未妙も気付いていなさそうだった。
焼け落ちた?
いや違う。あの三本の腕の場所はあまりにも不自然だ。
その時、三本の腕がゆっくりと浮かびだした。
未妙の背を取るように、音もなく動いていく。
草佩主(くさはぬし)はすでに動かなくなり、未妙はゆっくりと体を起こしていく。
その背中からは緊張の緩みが読み取れる。
まずい。このままだと未妙が殺される。
俺は腕を前に突き出して、光の壁に飛び込んだ。
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