第14話 未妙からの説明2
本日、三度目の小石投入。
かすかな耳鳴りと空気の変わった気配。
「前々から思っていたんだけど、これって未妙でもできるよな?」
俺は振り返って、未妙に聞く。
未妙は十メートル近く離れた場所からゆっくりと歩いてきている。
場所は他人の家の庭。
大きな屋敷と庭があり、そこに小さな社が建っていたのだ。
古びてはおらず、毎日掃除されているようだったが、未妙は「あれだ」と指示してきたのだ。
「それは不可能だ。神域は神域たる陰陽が存在する。儀鬼は近づけん」
「なんでだよ?」
「刃物を持ってげたげた笑う人間がいたとしたら、お前は近づくか? それと同じだ。鬼の直感が逃げろと警告する」
「俺も鬼なんだろ? なんで平気なんだよ?」
「お前は鬼人。私は儀鬼」
未妙は言う。俺の横を通り過ぎて、チェックするように社を一周する。
俺は未妙の言葉の続きを待つが、なにも言ってこない。
「それは説明になっていないからな」
「わかっている。だが言葉の意味がわからない鬼人に説明しても無駄だろう?」
「ちょっと待て。俺なりには理解している。だから説明をしてくれよ」
未妙は俺の顔を見る。あからさまに嫌そうな顔をして、首を振り、何度もため息を吐く。
「そんなに!?」
「この前に出会った野良猫のほうがまだわかってくれたんだが、しかたがない」
そう言うと、未妙は俺を指差した。
「鬼人はその名の通り人だ。鬼の陰陽を持っているが、人の陰陽が支配している。
儀鬼は人の陰陽を疑似的に作れるが、本質的には鬼の陰陽しかもっていない。私は鬼側、お前は人間側に属しているんだ」
俺は「ちょっと待て」と未妙の言葉をやめさせて考えた。
「この世界にあるあらゆるものが固有の陰陽を持っているんだろ? 人なのに鬼の陰陽を持っているってどういうことだよ?」
「いい着眼点だ。人の陰陽は他の存在の陰陽が持っていない特別な性質を帯びている。それは本質的に不易質でありながら、流行質を持っているというものだ」
「……専門用語を説明する時に、専門用語を使うやつは頭がよくないって聞いたことがある」
俺の言葉を受けて、未妙が舌打ちをしながら睨みつけてくる。
「ようは弾力性だ。人の陰陽は移り変わりやすく、そのバランスも他の存在に比べて不安定なんだ。だから鬼の陰陽に限りなく似た状態になることができるし、人の陰陽に戻ることもできる」
「唯は?」
「あの子は鬼になった。鬼はその弾力性が災いして、人の陰陽に戻れなくなった状態だ。
ゴムを引っ張っているとやがて伸びてしまうだろう? それと同じだ。
私は自らの血を流しこむことによって、彼女の陰陽を意図的に伸ばして、鬼の陰陽にした。
そして学校では、お前と彼女のゴム紐を取り換えたわけだ。だがお前にはゴム紐も元に戻す力があった。だから鬼にはならないですんだ」
「ありがとう。わかりやすい」
「比喩には嘘が混じる。わかった気になる。だから不快だ」
未妙が言う。わかりやすいと言った手前、俺は何も言えない。
「私のような儀鬼はゴムそのものを取り換えた状態だ。しかるべき手順を踏むことにより、人の陰陽から鬼の陰陽に移り変わることができる。無理やり変えたわけではないがゆえに、陰陽の変化による傷口も浅い。記憶も性格も元のままで済むし、人の姿にもなれる。だが鬼は鬼だ」
未妙はそう言うと、視線を表口に向けて、「裏に回るぞ。住民が帰ってきた」と歩き出した。俺も慌ててついていき、裏口から抜け出す。
人通りのない細い路地を何事もなかったかのように歩いていく。
「そのしかるべき手順ってなんだ?」
「陰陽師の執り行う〈儀鬼の儀〉だ。その儀式を行うことにより、人は自覚的に鬼となることができる。またその副作用により、人と同じように自らの陰陽に弾力性を持つことができる」
「つまり?」
「自らの陰陽を操ることにより、特殊な現象を起こせる。私の場合は火だが、それは鬼ごとに異なっている」
「じゃあ、俺は未妙みたいにはなれないってことか」
「そうだ。私が鬼人になれないようにな」
未妙が角を曲がって、路地を出る。俺も未妙についていき、車の往来がある大通りに出る。
「陰陽師ってなんだ? 安倍晴明か?」
俺が聞く。未妙は立ち止まると、なぜかすごく不快げな顔をした。
「ゲームと漫画と映画にどっぷり浸かっているな。安倍晴明は陰陽師ではあったが、それよりも有能な政治家だった。彼のことは忘れろ。歴史を紐解くと時間がかかる」
俺はうなづき、頭の中から平安スタイルで五芒星を描くおっさんをわきに置いた。
「陰陽師とはその名の通り陰陽を司る者だ。その生業は陰陽の監視と沈静であり、その目的は帝の安全と朝廷の安定だ。帝や朝廷に影響のありえる陰陽のバランスが崩れていないかを確かめて、そのバランスが崩れていれば回復させるのが、その仕事の趣旨だ」
「鬼退治とか呪術とかは?」
「だから物語の陰陽師は忘れろと言っただろう? そう言った類のことはアルバイトのようなものだ。やってやれないことはないが、その道の専門家は他にいる」
「なるほど。そんなもんなのか」
「そうだ。陰陽師はその存在が持つ陰陽を観察することに長けている者たちだ。陰陽を観察し、場の状況を見極める。その陰陽のバランスを直す。場合によっては、その存在の陰陽に変化を促す。それが陰陽術であり、それ以上は陰陽術から派生した亜流にしか過ぎない」
俺はうなづき、平安朝スタイルのおっさんが鬼も呪いも出てこない世界でうろつきまわる姿を想像した。
うん。映画にするまでもない。コスプレ会場にでも侵入すれば、それで十分だ。
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