第6話 俺の告白、唯の告白

 すっと背筋が寒くなる。

「空也の話で言うところの、治療された後ぐらいからかな。うっすらと意識はあったんだ」

 唯が悲しげに笑みを浮かべる。


「一週間。それが私の期限なんでしょ?」

「え、いや、何を言っているんだよ」


 一瞬で喉が枯れてしまったのか、俺はうまく声が出せなかった。

 自分でもわかる。嘘にさえなっていない下手なごまかしかただった。


「ありがとう。空也の言葉で信じられた。私が今生きていることは奇跡なんだね」

「そんなんじゃねえよ。唯が生きているのは当たり前で普通のことだよ。確かに、あの鬼は言っていた。一週間後に戻ってくるって。でも逆に言えば、

 あの鬼を撃退できれば、唯は助かるってことじゃねかよ。俺が守るから。絶対に俺が唯を助けるから。鬼を倒すことはできないかもしれないけど、逃げて逃げて逃げまくることぐらいならできる。あいつだって諦めてくれるよ」

 唯は首を横に振る。

「いらない。私はきちんと生きるよ」

「なんで!」


 俺は思わず前のめりになって、机のふちを掴んでしまう。


「空也に迷惑をかけたくない。これは私の問題だから」

「ちげえよ! 元はと言えば、俺のせいで――」

「違うよ。空也は悪くない。ただ私の運が悪かっただけ」

「ゆいっ! いや、違う。ごめん。なんでもない」


 俺は背もたれにもたれかかり、天井を見上げた。

 がんばれとか。あきらめるなとか、そんなこと言うなとか。

 俺が口に出していいはずがない。

 唯がもっとも辛いことは間違いなく、唯がもっとも苦しんだことは間違いない。

 その上で、今の言葉を言っているのだ。

 俺が何かを言うなんて、無責任な上にでしゃばりすぎな気がした。


「ありがとう。空也のそういうところ嫌いじゃないよ」

「唯がなにを言っているのか、まったくわからないから」


 俺は視線を唯に戻すと、肩をすくめた。

 自分の馬鹿さ加減が嫌になる。

 唯は唯なりに答えを出していたのだ。

 その答えを受け入れるために、俺はいただけなのだ。

 俺の言葉ひとつで唯の人生をどうこうできるなんて、俺の思い込みにしかすぎなかったのだ。

 唯は俺よりもずっと大人で、俺は唯よりもずっとガキだった。

 そのことを強く痛感する。

 

 俺は机に肘をつき、頭を抱え込む。唯に合わせる顔がなくて、ただ絞り出すような声で言う。


「唯のことを助けたかった。ただ、それだけなんだ」

「知っている。ありがとう」


 唯の声が優しすぎて、俺は息苦しささえ覚える。


「そうじゃない。俺のためなんだ。俺が後悔したくないから、ただそれだけで唯を助けようとしたんだよ」

「違う。空也はそんなに賢くない。打算なんて考えてない。私は知っている」

「でも、でも、でも、俺は唯のことを助けられなかった。あの時なにもできなかったんだ」 


 俺は言う。

 胸が痛み、体中から力が抜けそうになる。

 唯に言ってほしかった。

 お前のせいでこんなことになったと。

 空也が誘わなければ、何も起きなかったのにと。

 徹底的に俺を痛めつけて、俺のせいだと怒ってほしかった。

 そうすれば、俺は謝れた。

 ごめんなさいと言って、自分の罪を認められた。

 だけど唯は言ってくれなかった。

 俺は楽になるのを許してくれないほど、唯は優しかった。

  

「大丈夫。私と空也は何年間の付き合いだと思っているの? その間にどれだけ私のことを救ってくれたのか、空也は知らないでしょ」

「それを言ったら、俺だって……」

 

 俺は唯を見つめる。

 唯は生まれる前から付き合いのある相手だった。

 母親のお腹に中にいた頃から、その存在を知っている。

 まだ唯という名前がつく前から、俺たちは繋がっていたのだ。

 

 幼稚園の頃、俺は唯といつも一緒だった。

 まだ性別の区別もなくて、取っ組み合いの喧嘩をしては、泣かされていた。

 小学生の頃、俺と唯は微妙な距離だった。低学年の頃は一緒に遊んでいたが、学年が上がるにつれて、だんだんと距離が遠ざかっていった。

 唯が女の子であることを意識するようになり、男友達からからかわれるのが嫌で、学校では話しかけるなと唯に言っていた。

 でも嫌いではなくて、家族同士の集まりでは、昔のように話していた。

 

 中学生の頃、俺と唯はお決まりのようにからかわれていた。

 唯は大人な対応で受け流し、俺もいつしか慣れてしまった。

 その間、俺は唯のことを何度か好きになり、唯は何人もの男子の告白を断り続けた。

 

 高校生になると、唯は急に大人びてきた。

 顔立ちからは幼さが消え、時々はっとするほど美人になってきた。

 性格は逆に子供じみてきて、ふざけたりからかったりしてくることが多くなってきた。

 ちょっとした遊びのたびに、「これ負けたら、買い物に付き合って」だとか

 「罰ゲームとして、カラオケをおごりね」と要求してきたり、

 友達同士でとった写真をいきなりおくりつけてきたり、自由気ままにふるまうようになってきた。

 俺があげたヘアピンを喜んでつけて、髪型を変えたり、

 友達に対して「両親の次に私のことを知っている人間」と言ったりするようになった。

 唯はこれからどんな大人になるのか、三年間の高校生活をどう過ごすのか。

 俺はそこにどう関われるのか。

 楽しみだった。

 幸せだった。

 もっと一緒にいたい。

 もっと唯を見ていたい。

 俺は唯のことが好きだ。

 唯のことを愛している。

 俺は息をするように唯のことを大切に思い、心臓が脈打つように恋をしているのだ。


「唯――」

「言わないで」


 強い口調で言われる。


「今、空也からなにを言われたとしても、私は受け入れられない。同情だと思ってしまう。私は空也に憐れんでほしくないの」


 唯が俺をじっと見つめてくる。

 俺は声を出せない。

 金縛りにあったように、体を動かすことができない。


「ありがとう。空也」


 唯が涙声で言う。


「私は空也のことがずっと好きだったよ」

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