第26話 幼馴染との再会

 三十分後、俺たちは学校から離れた公園で休んでいた。

 学校のそばにあるバス停でタイミング良くやってきたバスに乗ったのだ。

 草佩主(くさはぬし)の力は学校内に限定されていたらしく、バスの乗客や運転手は俺たちにまったく興味を示さなかった。

 その後、聞き覚えのあるバス停で降りて、小さい頃は何度も来ていた大きな市民公園の中に入ったのだ。

 唯は木陰に隠れたベンチに座って、うつむいている。俺は少し離れた場所に立って、目の前の広場を見ていた。

 お年寄りの集まりに、家族連れに、小さな子供たちのグループ。みんな自分たちのことに一生懸命で、誰も俺たちのことを気にしていないようだった。。


「落ち着いたか?」


 俺は聞く。

 本当は唯の横に座りたかったが、怖がらせるかもしれないと思い、近づくことができなかった。

 さっきまでは緊急事態だったがために、唯も頭が回らなかっただろう。でもこんな風に落ち着いてしまえば、色々と疑問が生まれるはずだ。

 なぜ化物と戦ってたのか、なぜベランダから現れたのか、なぜベランダから飛び降りても平気だったのか。

 疑問に思うことは山ほどあるに違いない。

 てかベランダ絡みが多いな。

 俺はなんだかなと思い、首をかしげた。


「ねえ。空也は空也だよね? 偽物なんかじゃないよね?」


 唯が唐突に言う。顔をあげず、自分の手を見ている。


「ああ。俺は果村空也。そこは一度も変わってねえよ」

「そっか。そうだよね。信じるからね。よかった」


 唯はほっとしたように息を吐く。

 それからじっと目をつぶり、顔をふせたあと、急に俺を見てきた。


「こっちきて。なにそんなとこで突っ立っているの」


 突然の命令口調。

 俺はうなづき、唯のそばに座る。

 風向きのせいなのか、嗅覚が鋭くなっているのか、唯の匂いがふんわりと漂ってきて、胸の内側が苦しくなる。 


「それで何が起きたの? 一から順に説明してよ」

「それは……」


 何を言うべきか。何を言わないべきか。まったく整理できていなかった。

「さっきの出来事はなんだったの? 空也が学校に来なくなったのと関係あるの? 何が起きていて、空也は何をしているの?」

 唯が俺の手を掴む。


「怖かったんだから! 怖かったんだから! みんなが急におかしくなって、一人ぼっちでせめられて、なんだかみんなの言うとおりな気がして、怖かったんだから! なんで空也はあの時にクラスにいてくれなかったの!」


 唯は俺に抱きつくと、俺の胸に顔をつけて泣きだした。

 俺は急な展開にうろたえながらも、なんとか唯の頭に手をあてる。


「ごめん。悪かった」

「悪くない。空也は悪くない。でも怖かった。怖かったんだから」

「ごめん」

「わるぐない」

 唯が鼻をすする。

「悪くない。悪くない。悪くないけど、怖かったの」

「わかった。だから、ごめんって言っているんだ」

「でも、空也は悪くない」

「だけど――」「悪くないから、謝らないで」

「……はい」


 俺はうなづき、しゃべる代わりに自分の手に力を込めた。

  

 数分間、その体勢でじっとしていたが、唯は「もう大丈夫だから」と言うと顔をあげた。

 俺も手を離して、無駄に咳払いをしてみる。

 恥ずかしくて、唯を見れない。


「それで、空也は、何を、知っているの?」


 唯も心なしか照れているような声をしている。


「ほんの少しだけ。俺は一部の一部だけしか知らないんだよ」

「具体的には?」

「今この町でなにが起こっているのかとか、さっき学校でなにが起こったのかとか。ちゃんとはわからないけど、想像することはできる」

「そっか。でも空也はそれを話したくないんだね?」

 俺は思わず唯を見てしまう。

「なんでそんなに驚いているの?」

 唯は俺を見て、小さな笑みを浮かべる。

「何年一緒にいたと思っているの? 私はあなたの幼なじみだよ? 空也が思っていることぐらい感じとれるって」

「そっか。そうだよな」


 俺は苦笑いを浮かべてしまう。


「私は知りたい。空也もそれを分かっている。でも教えたくない。でしょ?」

「ああ。そうだ。そうだな」


 俺はうなづく。


「唯には悪いけど、たぶん聞かないほうがいい。唯が信じられないとは思わないけど、聞けば、唯は苦しむことになる。

 知らなければ、見ないですむ。見なければ、気付かれないで済む。気付かれなければ、狙われなくてすむ。世の中にはそういう世界もあるんだ」

「さっき私は狙われたけど?」


 唯がいたずらめいた目を向けてくる。俺は何も言えず口をぱくぱくさせてしまう。


「わかった。わかんないけど、わかった。空也の言葉を信じるよ」

「なんで? あんな恐ろしい目にあったのに?」

「だって空也は悪い人。そんな空也が私のために何も言わないことを選んだ。だったら私は従うよ。私は何もわからないけど、空也の考えや思いを信じる」


 唯が微笑む。その笑顔は優しくて強くて、手を伸ばしたくなるほど儚げだった。


「ありがとう。今この場にいるのが唯で本当によかったよ」

「他に誰か一緒にいそうな相手がいるの?」


 唯の声のトーンが変わる。


「いや、いない」


 俺は自分史上最大の素早さで返答した。

 未妙だったらもっと現実的な話になっただろうなと一瞬思ったのだが、それは口に出さないことにした。

 本能が「言うな」と訴えかけていたのだ。

 唯はじっと俺を見ていたが、「まあ、いっか」と納得してくれた。


「でも、ひとつだけお願いがあるの」

「なに?」

「家に帰って。お母さんから聞いたけど、空也のご両親は空也がほっつき歩いていることをすごく心配しているんだって」

「ほっつき歩いているわけじゃないんだけど……」

「それはうちのお母さんの言い草だけど、心配しているのは本当だよ。だから帰ってあげて。元気な姿を見せてあげよう」


 唯が俺の目を見る。

 草佩主(くさはぬし)。

 狙われる危険性。

 俺の存在。

 エスカレートする神の暴走。

 唯。

 未妙。

 父さんと母さん。

 俺は深々と息を吸い、うなづいた。



「わかった。帰るよ」

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