File:4 対立のサスペンデッドゲーム



 大阪府警本部。


 取り調べのルールは年々厳しくなっている。

 取調室と言う密室空間では、何が起こっているか分からない。過去には刑事による暴行や暴言、脅迫きょうはく、長時間の拘束によって冤罪えんざいが生まれ大問題になった。それからは、1日8時間以上の取り調べは禁止とされ、冤罪を防ぐために動画や音声録音がされるようになってからは、昔ほど閉ざされた場所ではなくなった。

 と言うのは表向き。

 ドアの向こうや透過鏡マジックミラーの向こう側に人の気配は感じるが、姿は一切見えない。部屋の隅に設置してある無機質な監視カメラの視線だけが露骨で、時間内に収まるように事務的なやり取りを徹底した刑事たちと、面白みもない数時間を過ごすことになる。

 客人のようにもてなされることなどない。

 上座かみざと言えば聞こえはいいかもしれないが、部屋の奥に通されるのは逃走防止のためだ。その証拠に蕗二は今、腰をロープでくくられ、パイプ椅子に繋げられている。

 猛獣のいる領域テリトリーで、餌として死ぬ運命にある獲物の気分だ。

 薄く平たいクッションの上で身じろぐと、椅子がきしむ音がやたらと部屋に響いて居心地が悪くなる。

 視線を上げ、鉄製のドアの横にはこちらに背を向けノートパソコンの前に座っている刑事は置物のように沈黙している。

 たとえ世間話を持ち掛けたところで、答えてくれそうな気配さえない。

 ただ独り言を一方的に話す頭のイカレた奴にしか見えないだろう。

 そう、今は友人を殺したイカレた野郎でしかない。

 机に肘をつき、指を組んで額を押しつける。

 狭くなった視界で、蕗二は深呼吸を繰り返した。

 小松が殺された。

 警察が嘘をつくはずがない。だとしたら、あまりにも突然すぎる。

 殺された理由はわからないが、二葉の事故死と無関係とは思えない。

 恐らく警察も気がついているはずだ。同窓会に参加していた他の同級生たちにも話を聞いているだろうが、家にやってきた刑事たちの態度は明らかに、蕗二を犯人だと強く疑っていた。

  二葉の事故死と小松の死、奈須からの「三輪蕗二に聞け」というメッセージ、酒で抜けた記憶、栩木の「奈須に気をつけろ」。

 一体どういう事だ。何が起こっている。

 落ち着けと口を動かしてみるが、ただ焦りが強くなるだけだ。

 机の上、唯一もてなしとして置かれた紙コップに手を伸ばした。

 湿気しっけてふにゃりと歪む紙コップをそっと持ち、水を口に含む。ぬるく何も味のしない水だったが、緊張から喉が渇いていたらしい、一気に飲み干してしまう。ごくりと音を立てて飲み込み、深く息を吐き出す。

 そして、ふと思う。職務質問の相手は誰だろうか。

 蕗二は紙コップに口を付けたまま、思い浮かぶ過去の仲間の名前と顔を検索する。大阪に5年で勤めていたこともあり、顔馴染みも多い。見ず知らずの人間とは違い、駆け引きや腹の探り合いをする必要はない。事件のことは教えてくれないかもしれないが、同じ刑事として話ができるかもしれない。

 ふいにドアの向こうが騒がしくなる。

 首を傾げたとほぼ同時に勢いよくドアが開いた。

 あまりの勢いにドアは大きな音を立てて壁に当たり、跳ね返る。蕗二が顔を上げれば、そこにはヒグマのような男が立っていた。

 蕗二が「げっ」と引きった声を上げたのを引き金に、男のこめかみに太く青い血管を浮かび上がった。

お前おんどれ、何さらしとんじゃ!」

 建物が揺れるほどの怒声を上げた男。後ろで血相を変えた刑事たちが止めようとしがみついても止まらず、蕗二はえりを掴み上げられる。尻が椅子から浮き、蕗二が堪らずうめき声をあげる。

「白状せぇや! わてお前おんどれ殺人鬼に育てた覚えはないで!」

 唾が顔中に飛び散り、鼓膜が耐えられないとばかりに甲高い耳鳴りで訴えてくる。蕗二は降参だと顔の横に両手を上げた。

「み、三枝みつまたさん! ちゃうんですって!」

「なにがちゃうねん! どつき回すぞ!」

 がくがくと首を揺すられながら首が締め上げられ、顔の皮膚が痺れながら膨らんだ気がした。蕗二は必死に男の腕を叩く。周りの刑事たちも「あかんあかんあかん! 首絞まってる!」「三枝さんホンマやめたって!」と声を上げ、必死にすがりつく。そこでやっと三枝が手を離した。持ち上がっていた腰が座面に落ちる。締め上げられていた喉が解放され、水に戻された魚のように息を吸い込むが、慌てすぎてせ返る。吸っては咳で吐き出してしまう苦しさに視界が涙でかすんだ。

 机の上、倒れた紙コップを見つめながら背中に冷たい汗がにじむ。

 よりにもよって、この人が出てくるとは。

 この刑事、三枝みつまたは大阪の警察官の間では知らない人がいない。もちろん、蕗二もよく知っている。ひと昔前の暴言や脅迫めいた言動が目立つ刑事と言ってもいい。新人泣かせとも揶揄やゆされ、パワハラで訴えられたことは数知れず。

 だが、大阪本部がこの男を解雇しない理由がただ一つだけある。

 尋問じんもんの最終兵器なのだ。

 だいたいの容疑者は警察署に連れてこられた時点で観念し、自らのやったことを白状する。が、往生際の悪いもいる。なんとしてでもげ足を取ろうと、証拠がないとみるやいなや強気に出るケースがあった。職質や取り調べでも、身長が平均値以下で体が細い男性警察官や女性警察官、特に現場に出たばかりの若い警察官は、舐められてしまい話が進まない、話がこじれることがある。蕗二も大阪で勤めて日が浅い時は、血の気の多い容疑者から話を聞き出せず捜査が難航したそんな時、この男に助けられた。

 三枝みつまたが取調室に入って10分もすればどうだ。今まで強気だった容疑者が、ころっと態度を変えて素直になっているのだ。ヒグマのような気迫と体格、そして乱暴な言動に、いくら足掻あがいても無駄だ勝てないと膝をつく。

 つまり最終兵器の三枝みつまたが出てきた以上、警察は厄介な案件と考え、とっとと事件を終わらせたいと言う事だ。

 向かいのパイプ椅子がきしみを上げる。喉をさすりながら顔を上げれば、腕を組んだ三枝みつまたがこちらを見下ろしていた。

「三輪、お前も刑事や。わてが何言いたいか分かるやろ」

 低く威嚇いかくする三枝みつまたに、蕗二は椅子に座り直す。

「身に覚えがないってうたら、笑いますか?」

 恐る恐る問うた蕗二を、三枝みつまたは鼻で笑う。

「アホか、全然面白おもろないわ。嘘つくんやったらもうちょいマシな嘘ついたらどうや。何もなかったら警察は動かんで」

 腕を組んだまま顎を上げた三枝に、蕗二は冷汗が毛穴から染み出す気がした。

 身に覚えがないのは本当だ。だが疑われている以上、ひたすら覚えはないと言ったところで意味はない。自分が取り調べをしていたら、ただの言い訳だと今の三枝みたいに鼻で笑うだろう。

「そういやお前さん、東京ですごいえらい怪我したらしいやん? 体調は大丈夫なんか?」

「え? ああ、はい」

 突然の質問に驚く。だが三枝に心配している気配はない。

「でも、この時期絶対有給取ってるんやってな? 理由を聞いてもええか?」

「ええはい。父の、命日です。今回は療養も兼ねてます」

「いつ大阪こっちに戻ってきたんや?」

 そこで蕗二は堪らず笑ってしまったが、三枝は眉一つ動かさなかった。

 茶番だ。警察は取り調べをする時点で容疑者のことはあらかた捜査している。たとえ分かっていても聞く。無駄な作業のように見えるが、証拠が間違っていないか確認する大切な作業でもある。それなら協力するべきだろう。

 蕗二は肩の力を抜いて、椅子の背にもたれかかった。

「大阪に帰ってきたんは、一昨日おとといの昼前くらいで、リニアで大阪駅に着きました。その日、母に同窓会があるって言われて、19時半に「まるやきどり」って言う焼き鳥屋に行きました。開催時間の5分前には着いたと思います。で、その店の前で五百森いおもりと会って、一緒に店に入りました。店の中で奈須なす二葉ふたば椋村むくむら小松こまつ山梨やまなしがおって」

 蕗二は指を折りながら、人数を確認する。

「何時か確認してへんけど、途中で栩木とちぎが来て、そっからひたすら飲みました。10時くらいまで店で飲んでたんは記憶にあるんですけど、それ以降は覚えてません。ただ次の日、起きて母に確認したら、椋村と五百森に連れ帰ってもらったってのは、聞きました」

 そこで一度言葉を切る。二葉の事故について、勝手に捜査していることは伝えない方がいいだろうか。もし話せば、【特殊犯罪対策捜査班】についても話さなければいけなくなってしまう。押し黙った蕗二に、三枝は片眉を器用に上げ、首をひねった。

「お前、どないした? 記憶ぶっ飛ぶほど飲まへんやろ?」

「……すみません」

 それ以外の言葉が出ない。蕗二は警察の集まりで、酒はまったく飲まない。酒に強くない自覚もあったからだ。でも、あの日は同級生たちとの10年ぶりの再会とゆるしを経て、いつになくはしゃいでしまった。

 「『酒で記憶がない、覚えてへん』は、ぶっちゃけ通用せぇへんで」

 蕗二のつむじに、溜息交じりの三枝の言葉が降ってくる。蕗二は小さく頷き、ふと顔を上げて腕を組んだままの三枝をうかがう。

三枝みつまたさん。そもそも小松は……どう、亡くなったんですか」

 数々の現場で、遺体を見てきた。一課と言う部署は殺人を多く担当する分、眠るように亡くなっている遺体をほとんど見ることがない。刺され、殴られ、苦痛に歪み、時に顔の造形が分からないこともあった。

 小松に何があったのだろうか。

 無邪気で子供のような奴だった。素直すぎてたまにキツイ言葉が刺さることはあるが、裏表のない正直さにチームが険悪になることもなかった。あいつが殺される理由が浮かばない。

 上げた視線が、気がつけばまた膝の上の拳を見ていた。

「ホンマに知らんねんな?」

 かけられた言葉に、ただ頷く。

「撲殺や。頭ボッコボコになっとった。腕や背中にも防御創あざがあるから、かなりえらい抵抗したんちゃうか?」

 同情するように三枝は重い溜息を吐いた。

「凶器は、まあ撲殺定番の金属製のバットやった。今まで見たことないレベルでバットが曲がっとったから、犯人は残酷えげつないやっちゃで。ほんで、その持ち手からお前の指紋が出てきた」

三枝は隣に立っていた刑事に掌を向ける。刑事は脇に抱えていたタブレット端末を三枝に渡す。三枝は画面を指先でつつき、左右にスライドさせると画面を向けてきた。

「これに見覚えはないか?」

 見せられた画面に、蕗二は胸を強く殴られたような衝撃に息を詰まらせた。そして三枝のタブレット端末を奪い取り、穴が開くほど画面を凝視する。映っていたのは、スポーツメーカーのロゴが入った金色の金属バットだ。ところどころ深く大きなへこみがあり、赤黒い血がべっとりとこびりついている。

 背筋から頭に向かってムカデがい上がるような寒気に体が震えた。

 見覚えがある。あの店で、目の前で見た。間違いない、栩木とちぎ二葉ふたばに渡したサイン入りの金属バットだ。ただ、栩木のサインは書かれていない。

「サインは、サインはなかったんですか?」

「サイン? そんなんなかったで」

 サインがない。だったら別のバットか? いや、三枝は蕗二の指紋がバットから出たと言っていた。だったら辻褄が合う。だってそうだろ、俺がバットを触ったのは、あの一瞬だけだ。

 蕗二は勢いよく立ち上がる。音を立てて床に倒れた椅子が、蕗二を制止しようと腰紐が引くが、吠えるのは止められない。

「二葉の、二葉の店にバットがあるか調べてくれ! お願いします!」

 頭の中で、繋がらなかった点と線が結びつこうとしていた。

 鳥頭とりとうから借りた資料によれば、二葉の後頭部に何かぶつけた跡があるとあった。あれは冷蔵庫にぶつけたんじゃない。バットで後ろから殴られたあとだったとすれば? 犯人は二葉をバットで殴り殺そうとしたのかもしれない。だが殴り殺してしまえば、殺人として捜査されてしまう。だから犯人は、隠蔽するためにわざと七輪を置き、まだ生きていた二葉を一酸化中毒で殺害した。だが、なぜ俺は今犯人にされている? 違う。犯人は俺が二葉の事故死を嗅ぎ回っていたことをどこかで知ったんじゃないか? 二葉の殺人がばれるのは犯人にとって不都合だ。だから、罪を被せようとしたんじゃないのか? いや待て、なら小松は? 小松はなんで殺す必要がある。小松が殺されたのはいつだ。俺が、俺が二葉の事件を嗅ぎ回ったから殺されたのか?

 気ばかりが焦り、刑事たちに抑え込まれて椅子に座らされても、心臓は暴れ回っていた。胃が強い力で押されたような圧迫感と、吐き気がこみ上げてきて、口の中に唾液が溢れてくる。蕗二は震える手で口を押さえ、浅く息を吸って吐き気を堪えた。

「二葉って、さっき名前言うた同級生やんな?」

 タブレットを操作しているのか、かつかつと画面を叩く音がする。

「事故死しとるんか、しかも昨日」

 何か言いたげな視線が刺さるが、蕗二は吐き気を抑え込むのがやっとで、目を伏せるしかなかった。

 座ったまま様子を観察していた三枝は、突然振り返り、部屋の片隅で調書を取っている刑事の肩を叩いた。

「一回いて。こっからは事件関係ないことしゃべるさかい」

 刑事は頷き、ノートパソコンを閉じた。三枝みつまたは机に肘をつき、血の気のない蕗二に顔を近づけた。

わても、ちょっと気になっとんねん。指紋も何も、バット以外なーんも出てーへん。奇妙けったいやろ? まるでお前じぶんが犯人やって誘導されてる気がしてしゃあない」

 両肘を机に突いただらしない格好で蕗二を見ながら、三枝は顎を撫でる。

お前じぶん、頭カアアッて来たらよう吠えよるけど、人をどついたりするんは見た事ないさかい、もしかしたら酒で潰された可能性もあるんちゃう? その間に、バット握らせて犯人に仕立て上げたとか……証拠としては弱いか」

 伸び始めた髭を探すように顎を撫で回していた三枝は蕗二の隣に立っていた刑事に視線で問う。刑事は厳しいですねと頷いた。せやなと困ったように唸った三枝がのけぞり天井をしばらく見上げ、反動をつけて戻ってくる。

「答えにくいかも知らんけど、同級生に恨まれるような事あったんか?」

「恨み……」

 恨みなんて、ひとつしか思い浮かばない。勝手に野球部を去ったことだ。だが、同窓会の日、許されたと思っていた。そう言ってくれた。あれは、自分をめるための罠だったの言うのか。口では許すと言って、全部嘘だったのか。

 だが、全員≪ブルーマーク≫が付いていない。だとしたら、あの場に俺が現れて、突然思いついた犯行だっていうのか? じゃあ二葉と小松が殺される理由は? 仲間割れか? 二人は反対して、殺されたとか? なんだそれ。だったら見殺しにしてくれた方がよかった。二葉の奥さん泣いてたじゃねぇか。俺が一人死んでたら、丸く収まったんじゃないのか? 調理場だってあった。店で殺して、ばらばらに解体して、全員で手分けして捨てちまえばよかったのに……

 怒りや悲しみに戸惑い、次々と湧き上がる感情が多すぎて、今自分の感じる感情が分からない。長く正座をし過ぎたような痺れが、頭の奥からやってくる。何も考えたくない。頭が重くて、机に肘をついて額を押さえる。このまま机に突っ伏して眠ってしまいたいとさえ思った。すると現実逃避を許さないとばかりに肩が掴まれ、体が揺すられる。億劫おっくうな視線を隠そうとせず、手の下から三枝を見上げると、真剣な眼差しが向けられていた。

「釈放や」

 言葉の意味が分からず眉を寄せれば、三枝をもう一度はっきりと言葉を発音する。

「しゃ・く・ほ・う。取り調べは終わりや」

 床に椅子が擦れる音とともに立ち上がった三枝は、蕗二の腰紐を解くように腕を振りながら指示する。突然のことに、蕗二は思わず腰紐を解く刑事を止めるほど混乱した。

「なんで……ですか?」

 見上げた先で、三枝がわざとらしい溜息を吐いて、呆れた表情を浮かべる。

「お前さん、何年刑事やっとんねん。これは任意の事情聴取やで? 拘束力はないねんから、終わったら家に帰すんは決まりやろ? あとはそうやな、顔やな」

「か、顔?」

お前じぶん、顔見てみ? 死人みたいな顔しとるわ。勝手にあれこれ考えて落ち込むんは好きにしてくれて構わんけど、早とちりは絶対あかんで。な?」

 肩に手を置かれ、労わるように優しく叩かれる。眼の奥が熱さで痛んで目を瞑る。そうだ、落ち込んでいる場合じゃない。確かにすべて俺の推測だ。犯人から本当の理由を聞かなければ。そして、真実を知るのも自分への罰だ。何も知らずにただ逃げるのは、父を殺して自殺した犯人と同じことだ。

 瞼を上げる。強い光を灯した蕗二の目に、三枝は口の端を持ち上げた。

「ええな、その表情。ほんじゃ、早よ帰る準備しーや?」

「はい」

 腰紐が解かれ、所持品検査で預けていた液晶端末や財布をポケットに入れているとドアが勢いよく開いた。勢いがあまり、壁に跳ね返ったドアに体をぶつけた刑事は、少し大げさに痛がっている。

「なんや落ち着きないがっさいやっちゃなぁ、どないした?」

「し、失礼いたしました」

 背筋を伸ばした刑事は口の端に手を当て、三枝に耳打ちをする。大人しく聞いていた三枝の目が鋭く変わっていく。

「何があったんですか……」

 蕗二が机を回って近づくと、気まずそうに視線を彷徨わせる刑事。三枝は苛立たしく後頭部を掻きむしる。

「いくらお前さんが刑事や言うても、部外者や。詳しく言われへんけど、今しがたある男に捜索願が出たんと、もう一人遺体ホトケさんが見つか……」

「誰ですか!? まさか、山梨じゃないですよね!?」

 食いかかった蕗二に、三枝も他の刑事たちも驚いて目を剥く。

 小松とよく一緒にいたのは山梨だ。小松が巻き込まれたのなら、山梨もいた可能性がある。ただの憶測だ、当たっているわけがない。そう思いたいが、三枝の反応でうっすらと勘づいてしまった。血の気を引かせた蕗二に三枝と顔を見合わせた刑事はこれ以上話せないと首を横に振る。しかし、三枝は口を開いた。

「捜索願が出されたんは、栩木友也とちぎともや。そんで、見つかった遺体ホトケさん山梨聡やまなしさとしや」

 慌てる刑事を三枝は手で制し、なおも続ける。

「死因は、また撲殺や。科捜研から小松良介一人目の被害者が撲殺された時のバットと同じやって鑑定結果も出た。もしかしたら、被害者の二人は同じ場所にって、殺されたんかもしれへんな。他の同級生が無事かどうか確認中や。もちろん、お前も危ないかもしれん。タクシー呼んだるから、家で大人しく待機や」

「でも……」

 眉間に深い皺を刻む蕗二の鼻面に、三枝は人差し指を突き立てた。

「ええな、三輪。お前の気持ちも分かる。せやけど、状況が悪い。真犯人が見つかるまでは、お前さんが一番怪しいままやねん」

 目頭に力を入れ蕗二を睨んだ三枝は、指を離すと強い力で肩を掴んだ。表情は一変し、近所で古くから付き合いのある世話焼きのおやじのように馴れ馴れしい笑顔を浮かべる。

「けど、わてはお前さんが犯人やとは思わん。だから釈放すんねん、わての判断が間違ってへんかったって、カッコつけさせてくれへんか? よろしくあんじょう頼むでぇ?」

 蕗二の背を痛むほど強く二回叩いて、三枝は足早に刑事を引き連れて部屋を出て行く。その背に向かって蕗二は背筋を伸ばし、深く腰を折って最敬礼をした。






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