File:1 開幕のファンファーレ
新大阪駅。AM11:30。
人の波に乗って歩いていると、自動改札の向こうに懐かしい姿が目に入る。
下半身太りの小柄な女性は、改札を通り抜ける人々の顔を一人一人確認するように、
「蕗二―! 会いたかったでぇー!」
人一倍大きな声に
「お袋やめろよ、つか声がでかい!」
そう
「ちょっと! あんた標準語になっとるやんかっ! あーとうとう息子まで東京に染まってもうた。あり得へん、ホンマあり得へんわー! 東京の何がええねん、なぁ? 言うてみ!?」
絶望するようなオーバーなリアクションを取ったかと思えば、頭突かれる勢いで詰め寄られ、早口で
「しゃーないやん! こっちも仕事やねんから! あと標準語なんは、こう、スイッチがあるやん? こっちの空気吸ったら
東京で話せば確実に威圧的と取られ、距離を置かれる口調だ。だが、ツヅミは子供のように目を輝かせた。
「そうそう、それやそれ! よーさん吸って
さっきまでの不機嫌が嘘のように笑顔になると、蕗二の背中をバシバシと叩く。痛い痛いと文句を言えば、蕗二が持っていた荷物に手をかけた。
「せやせや、あんたまだ怪我治ってへんのやろ? 荷物もったるわ」
「重いからええって」
ひったくられかけた荷物を握力だけで食い止める。ささやかな反抗にツヅミは片眉を上げて、蕗二を見上げる。
「素直やないなぁ? 怪我しとんねんやろ? これくらい持ったるやん」
「いやいやいや、お袋さっきめっちゃ俺のこと絞めたやん!?」
「大丈夫大丈夫、死なへん死なへん」
こちらの話を聞いているのか聞いていないのか、荷物を離す気がないツヅミに蕗二が折れた。
荷物を持って鼻歌まで歌うほど上機嫌に歩き出す母に、小さく溜息をつく。これではどっちが親なのか分からない。いや、昔からこんな人だった気もする。呆れ半分、懐かしさ半分で後を追う。本人に言えば確実に拳が飛んで来そうだが、中年太りで強調されている臀部を眺めながら思い出す。そうそう、高校の時は弁当を忘れたかなんかで大声を上げながら
しかし、よりによって久しぶりの再会が、まさかの昏睡状態。なぜ大阪の母が東京に駆け付けたかと言うと、上司の菊田が母に連絡を入れたのだ。菊田と母は父の時からの関わりもあり、
菊田に里帰りを勧められたのは、心配させた分
大人しく母の後を追い、駅を出る。信号を渡って、一つ角を曲がったところにあったコインパーキングに、懐かしい赤いコンパクトカーが止めてあった。その後部座席に荷物を押し込んだツヅミは、運転席側に回ろうとする蕗二を追い払うように手を振った。
「あんたは助手席や。怪我人に運転させられへんわぁ」
「はいはい、お気遣いどーも」
コンパクトカーの助手席に乗り込むと、普段セダンに乗っていることもあってか、脚がかなり
その間に自動車を起動させたツヅミは、ナビゲーションを操作する。電子マネーが主流した今では、支払いのほとんどは銀色のマネーカード一枚で支払いができる。自動車の場合は、あらかじめ
「ほな、出発しますよお客さん。まあ、
ぱっとハンドルから手を離せば、自動車は滑らかに動き出し、コインパーキングから難なく道路へと滑り出した。沈黙も束の間、突然ツヅミは手のひらを打ち合わせた。
「そうや! あんた帰ってきたら見せよう思っててん」
信号の止まったタイミングで後ろの席から液晶タブレットを引っ張り出す。指紋登録でロックを解除すると、目の前に差し出される。見せたかったものはメールらしい。シンプルな白い背景に、黒い文字が並んでいる。その一番上の一文に、見覚えのある名前があった。
【
蕗二がかつて所属し、同じ土を踏み、泣いて笑って、そして刑事の道に踏み出したときに捨てた、硬式野球部だ。
なぜ、この名前がある。文字からから目が離せずに居ると、母の言葉が横っ面を叩いた。
「同窓会。あんた、こういうの行ってへんやろ? 一回行ってきたらどない?」
動揺を
「まあ、そうやな」
メール文を読もうとするが、目が滑り、内容は全く頭に入らない。だが、開催日だと思われる日付を見て、
「でも、もう参加連絡期限終わってるし、
自分でも呆れるほど棒読みの台詞だ。誤魔化すようにタブレットを閉じれば、ツヅミは親指を立ててみせた。
「そう言うと思って、ばっちり申し込んどいたで!」
にっこりと満面の笑みを向けられ、蕗二は口の端を引き
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