File:5 誰が駒鳥殺したの?



 AM10:11。渋谷区。


 ファッション街ということもあり、平日だというのに人々で溢れかえっている。

 人が行き交う道の大通りの端、五階建ての雑居ビルの入り口に掲げられた案内板には、全てマージャンやカラオケなど娯楽店の名前が入っている。その三階、エレベーターを出たすぐ正面に店の扉があり、一面カラフルなゲームの宣伝ポスターに埋もれた『カード・ゲーム専門販売店 GOPLAY』という店名を鋭い視線でなぞった 蕗二は、スラックスのポケットに手を突っ込んだまま立っていた。

 その後ろで、竹輔は液晶タブレットを操作し、深く頷いた。

「班長、ここで間違いないようです」

「ほらぁ! 言った通りじゃなーい!」

 野村が腕を胸の前で組むと、不機嫌にそっぽを向いた。蕗二は野村に視線を向けずに、ポケットから手を抜きドアの取っ手を掴んだ。

「嘘かどうかは、聞けば分かる」

 蕗二は店のドアを押し開けた。店の中も外と同じように、ポスターやフィギア、カードゲームなどがガラスケースに乱雑に飾られ、売られている。入り口のすぐ脇、レジカウンターで緑のエプロンをかけた中年の男が煙草をふかしながら蕗二たちをじろじろと観察している。店員のようだが、短く刈り込んだ頭のせいか、堅気の人間には見えない。その耳には、≪ブルーマーク≫が小さく光っていた。

 蕗二は無遠慮にカウンターの男に近づき、スーツの内側から手帳を取り出し男に見えるように開けてみせる。

「警視庁の三輪と申します。林卓真という男が、この店によく出入りしていたはずですが、ご存知ですか?」

 蕗二の問いに、男は不快そうに眉を寄せ黙ったまま店の奥を指差した。指し示された場所を見れば、身の丈ほどの棚が並んでいる。その向こうから人の気配がした。覗き込むと、野村と変わらない歳の三人の男が携帯ゲーム機を手に盛り上がっている。その全員の耳元で光る青い光に、蕗二は目を細めた。

 わざとらしく大きな咳払いをした竹輔に、やっと男たちの視線が向いた。

「突然失礼致します。私、警視庁の坂下と、こちら上司の三輪です。林卓真という方をご存知ですか?」

 瞬間、男たちは嫌悪をあらわにする。

「またかよ、おれら何も知らねぇぞ」

「何回もおんなじこと聞かないでくれよ」

「他当たれ」

 男たちがまたゲーム機に視線を戻す前に蕗二と竹輔を押しのけ、野村が前に飛び出した。

「お兄さん達ごめんねぇ? 私、卓真くんの友達なんだけどー、何か事件に巻き込まれたっぽくてぇ……何か知ってるー?」

 と茶色い髪を片耳に引っ掛けた。晒された≪ブルーマーク≫を見た男達が小さな声で呟き合い、机の奥に座る、少し毛の長い茶髪の男が恐々呟く。

「……卓真の彼女じゃねぇの?」

「違うよー。でもぉ、私彼女だと疑われてるからぁ、ちゃんとした彼女とか居たら、疑い晴れるんだけど……」

 蕗二と竹輔をちらりとみると、野村が悲しそうに俯く。男達はもう一度顔を見合わせ、手前に座っていた細身の顔にそばかすを散らした男が口を開く。

「本命は居ないんじゃねーかな? あいつ、ヒモ野郎だし」

 その隣、金髪で両耳ピアスだらけの男が何度も頷く。

「林の奴、女癖あってさ。≪B≫だけど、ほらあいつ顔良かったし? 結構もててたんだよね」

 茶髪の男が「そうそう」と手を叩き、両耳ピアスの男を指差した。

「女のところに入り浸って、女の金で生活してたっぽいぜ?」

「めっちゃ彼女いたよな? 三、四人いたっけ?」

「確かユリちゃんとノノちゃんと、あと……サキちゃん? の三人だと思うぜ?」

「あ、あいつのツイッターに載ってなかったっけ?」

 男たちは口々に言い合う中、そばかすの男が液晶端末を操作し、液晶画面を野村に向けた。

「これこれ! これ証拠にしなよ」

 向けられた画面を覗き込んだ野村は、映った男の写真をまじまじと見つめると、不意に蕗二に振り返って画面を指差す。蕗二が入れ替わるように覗き込み、小さく頷いた。指がペンを持つような動きをすると、竹輔が素早く胸元からメモを取り出し、ペンを走らせ始めた。

「ね、刑事さん。私、彼女じゃないでしょー?」

 野村が腰に手を当てた。蕗二は丁寧に頭を下げる。

「ああ、疑ってすまなかった。自宅近くまで送らせてもらうよ。坂下、いいか」

 竹輔はメモをスーツの内側にしまうと、蕗二に習い男たちに頭を深めに下げてみせる。

「ご協力感謝いたします」

「ありがとねぇ!」

 野村の明るい笑みに男たちは頬を緩ませた。

 男たちに手を振る野村を促し、三人は足早に連れ立って店を出る。黙々とエレベーターで一階へと降り、素早く白いセダンに乗り込んだ途端、助手席に座った竹輔が深い溜息をついた。

「いやあ、緊張しました」

「そーお? 私楽しかったよー!」

「いやあだって、捜査上の演技で、ここまですることありませんから……ねぇ?」

「まあな。正直、野村を連れて来てよかった」

 野村が居なければ、あそこまで≪ブルーマーク≫から円滑に事情を聞けなかっただろう。

 スーツから携帯端末を取り出した蕗二は、記憶した林のSNSアカウントを検索し、先ほどの画像を探す。それを見た竹輔は、ふと後部座席でくつろぐ野村に振り返る。

「野村さん、気になったんですが……あの方たちが言ってた、Bって、≪ブルーマーク≫のことですか?」

 野村はきょとんとした顔でしばらく竹輔を見つめると、納得したように手を叩き、大げさに頷いた。

「そうそう! 色々あるけど、≪ブルーマーク≫とか≪マーク付き≫とか言うのはぁ、お年寄りが多いかな? 周りで聞いたことないもーん」

「わあ、まずいなぁ。知りませんでした。野村さんとあまり歳変わらないと思ってましたが、やっぱりジェネレーションギャップを感じますねぇ……」

 落胆した様子でこうべを垂れた竹輔は、蕗二の身じろぐ気配に顔を向ける。

「見つかりましたか?」

「ああ、見ろよ。厄介なことになったぞ」

 二人に見えるように、画面を傾ける。後部座席から身を乗り出した野村が眉を寄せ、竹輔が目を見開いた。

「えっ、ちょっとこれは……」

「容疑者の、水戸みとだ」

 SNSの画像には頬をすり寄せ合う男女の姿。二人が画像を見たのを確認すると、蕗二は指先で画面をなぞり、荒めの画像を引き出す。取調室の隣、透視鏡マジックミラーからだろう、小さな机の前に座る清楚な女性が映っていた。高山の恋人として事情聴取の最中である女性・水戸乃ノ花だ。菊田の部下から隠密で端末に送信してもらっていた。そして、その彼女と先ほど探したSNSから、林が付き合っていた女性の一人だということが分かった。

 つまり、二人の被害者に共通の人物が噛んでいる。

「わー、絶対犯人じゃーん!」

「ど、どうします?」

 蕗二は携帯端末を操作し、電話とメールに着信がないことを確認する。

 水戸が犯人の可能性はかなり高い。だが、刑事の勘というのか、どうしても腑に落ちきらない気持ち悪さが残っている。

 蕗二は携帯端末をポケットにしまい、運転席に座りなおすとエンジンボタンを押し込んだ。

「まだ、犯人だと確定してない。被害者の高山が通ってた大学に行くぞ」

 蕗二はナビに住所を打ち込み、決定のボタンを押すと車は静かに動き出した。行き先を見た野村が感嘆の声を上げた。

「わーお。維新大学って、有名じゃーん!」

 蕗二は頷く。維新大学は偏差値が高い大学のトップ10に入っている。そして何よりの特徴が≪ブルーマーク≫の入学に対して積極的というところだ。

 それに、容疑者の水戸もその大学院生だ。

自動運転システムADSで白いセダンは独りでに動き、安全に道を進んでいく。蕗二はただハンドルに指先だけ添え、硬質ウレタンのざらついた感触を確かめる。ふと、隣から長い溜息が聞こえ、視線を向けると竹輔がヘッドレストに後頭部を押し付けていた。

「んだよ、もう疲れたのか?」

「まさか。……今回、【僕ら】活躍できないかもなぁって、思いまして」

「活躍か……」

 殺人事件は通常、確実な証拠を集めて逮捕状を取り、手順を踏んで行われる。早くても一週間掛かる。それをたったの一日でケリをつけてきた。

 奇跡だ。いや、違う。≪三人≫……特に芳乃がいてこそ、成り立つ奇跡だ。

 それを手放しで喜んでいいのか、分からない。

 流れていく無機質な風景を眺めながら、蕗二は黒い小さな背を思い浮かべた。










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