第十一節 どこから妄想、どこまで現実

「……ここまで同じになるだなんて、思いもしなかったわ」

「――は?」

 ようやくここで蘭香も我に返る。柳葉刀を振り抜いたままの体勢でうっかり妄想に浸っていたらしい。目の前では倒れ伏した万江の体を押し退けて、その下から這い出したばかりの少年が服に付いた埃を払っている。万江は力を失って動かない。それもそのはず、その胸から背中にかけてを二分された槍の先が貫いている。その巨体が落ちてきたとき、少年は掴んでいた穂先をその体に向けて突き出したのだ。穂先は心臓を突き破り、万江は息絶えていた。

 蘭香がゴマ団子を食べ終わって一息吐いた頃、彼らは乱暴に店の戸を蹴破って入ってきたのだ。賭場がどうとか言っていたが、とにかく蘭香に文句をつけてきたのでそれを適当にあしらってやった。途中で危機にも陥ったが、そこを横から同じ年頃の道士姿の少年が助けてくれた。

 ――すべて、蘭香が思い描いた通りだ。敵の名前や取り巻きの人数などは想定と差異があるものの、事態の流れはほぼ完全に一致していた。

 はっとして構えを解き、柳葉刀も逆手に持ち直して抱拳の礼を取る蘭香。

「あたしは桃蘭香。道士様、お怪我は?」

 少年道士はぴくりと眉を動かすと、蘭香に向き直って背を伸ばし、同じく抱拳礼を返した。

「私はげん林宗りんそう、号は丹邱たんきゅうと申します。桃姑娘、危ないところを助けていただきありがとうございました。……が、安心するにはまだ早い」

 言いながらちらりと視線を壁際に向ける。そこには万江らの取り巻きが呆気に取られてこちらを見ている。彼らは万江が槍を手に取ってから巻き添えを喰うまいと避けていたのだ。そこへ元林宗が視線を投げたので、ぎょっとして我先にと外へ走り出る。禍根を断たれると思ったのだ。気絶している仲間もいるというのにお構いなく蜘蛛の子を散らす勢いで逃げて行った。

 すると今度は一部始終を身を縮めて見ていた客および店員らへその視線を向ける。彼らはその意味を悟るや一斉に青ざめる。一連の騒動において悪人であったのは万江らだが、殺人が行われたことに変わりはない。となれば、目撃者全員を口封じしようと考えるのは当然のことだ。

 元林宗が一歩踏み出せば皆一斉に震え上がる。が、それを悟らぬ蘭香、彼の腕にがっしりと抱きついた。おまけにすりすりと頬を擦りつける。

「元道長! これからどこへ行かれるの? あたしもご一緒して良いかしら?」

 これには元林宗も面食らった様子で蘭香を見返す。何かの冗談を言っているのかと疑ったようだが、蘭香は一点の曇りもない瞳で見上げてくる。それどころか竦みあがっている客らを見渡しては片手を挙げ、

「安心して! 悪い奴らはこの桃蘭香と元道長が成敗してやったから。忘れないでよ? あたしは桃蘭香、この方は元林宗、元道長よ!」

 むしろ誇らしげに繰り返し宣言する。蘭香はこの一件を闇に葬ろうなどとは一片も考えておらず、むしろこれは偉業であると誇っているのだ。

 元林宗は表面には出さないが内心困惑している。その様子を見て取ったらしい客の一人が意を決して声を発した。

「桃姑娘、万歳! 元道長、万歳! 一食の恩、救命の恩は我ら一同心に刻み、一生忘れることはない。万歳、万歳、万々歳!」

 これに同調して他の客たちも「万歳、万歳!」を繰り返す。これに気分を良くした蘭香はふふんと鼻を鳴らして元林宗の腕を引いた。

「さあ道長、行きましょう?」

「――ええ、そうしましょう」

 元林宗はもはやそれ以上を考えないことにした。考えるだけ無駄だと判断したのである。蘭香に腕を引かれるまま店を出て、背中にいくつもの視線を感じながらその場を後にした。


(了)

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