第七節 お口が気になる
むっふぅ~ん。
蘭香は口一杯に料理を詰め込んで、
(いいじゃない、いいじゃない、いいじゃない! これこそ運命の出会い、ってやつだわ。ああでも、理想の殿方は硬派でなくっちゃ。どれだけ美形でも女にデレデレしているような人では興醒めだもの。私がいくら美少女だからって、簡単に
もぐもぐと頷き、ごくりと飲み込む。また次の一口を頬張ろうとして、しかしぴたりと箸を止めた。空芯菜と一緒に、香味を出すために入れたニンニクが目についたからだ。
(この後で理想の殿方と会うかも知れないのに、ニンニク臭い姿で会うなんて!)
しかも、先ほどの妄想ではお互い息が吹きかかるような距離まで顔を近づけることになっている。蘭香は慌てて茶を一気に三杯も呑み干し、さらに空になった急須へ再度追加の湯を入れてもらった。ついでに引っ込もうとする店員に空芯菜の皿を押し付ける。
「これも下げちゃってよ」
「お気に召しませんでしたかい?」
「そんな事ないわ。注文通りの味付けよ。でも食べる気が失せただけ。捨てるのがもったいないなら――ほら、あそこの席が空いているみたいだから、あっちにやっちゃってよ」
蘭香が指差した先では数人が酒を呑み交わしているところだ。卓上に菜の類はない。店員はどうにも不思議そうな表情で彼らの元へ行き、蘭香を指差して何事か伝える。意外な贈り物を受け取った酔客たちは拱手して腰を折った。
蘭香はひらひらと手を振ってそれに応え、次いで
(本当は私だって食べたいのよ? でもまたとない機会をみすみす逃すような真似はしたくないじゃない? だからこれは仕方がないのよ。美少女で侠女たる私が、口からニンニクの臭いを漂わせたり、お腹をちゃぽちゃぽ言わせていたら恰好がつかないじゃない!)
うんうんと頷いて、そしてふと思い至る。
(そうよ、未来の大侠客たる私が助けられっぱなしというのも恰好がつかないわ。今度は私が殿方を助ける側に回らなければ!)
俄然やる気が出てきた蘭香、パシンと右の拳と左の掌とを打ち合わせる。その音は意外にも店内に大きく響き渡ったが、やはり蘭香一人は気にしていなかった。
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