痛くない

「全然痛くない歯医者があるんだぜ」


 親知らずが痛み出した頃合に友人に言われ、興味半分で行ってみる事にした。

 教えられた先は、こじんまりとした作りのわりに随分と混雑していた。受付ひとり医者ひとりらしく、待ち時間も長かった。

 この混み具合に誰からもクレームが出てないのは、余程に腕がいいのだろうか。

 思っているうちに自分の番が来た。

 通された先にいたのは、歯科医とは思えないほどに妖艶な美女だった。

 知的な女性にありがちの冷たさはなく、胸も腰もボリューム満点の日本人離れしたスタイルをしている。

「まさかあいつ、見蕩れて痛くなかったなんてオチをつける気じゃじゃあるまいな」なんて、埒もない事を思うほどだった。

 

「痛かったら手を挙げてくださいね」


 形式通りに彼女は告げて、施術を開始する。

 と、頭によい感触がした。たわわな彼女の胸部がそこに密着したのだ。「まさかあいつ」なんて疑念が再度過ぎったが、呑気にしていたれたのはそこまでだった。

 麻酔が効いているはずなのに、突然に触れられている箇所が鈍く痛んだ。

 おや、と思うと同時に、再び極上のやわらかさが側頭部に当たる。途端にまた痛みが強くなって、因果関係が理解できた。

 彼女の豊満な部位が体に触れるそのたびに、少しずつ痛覚が増しているのだ。

 いや。

 増したのは痛覚だけではなかった。感覚自体が研ぎ澄まされている。着衣の存在を無視して、直接肌と肌を合わせているように、明敏にふくらみの感触が味わえるようになってきている。

 当たるたびに痛む。だが痛むほどに心地良い。

 ここは天国だ。同時に地獄だ。

 だらだらと涙を流す俺を見下ろし、女医はにっこりと微笑んだ。艶かしく舌を覗かせ、真っ赤な唇をぺろりと舐めた。

 そうして嗜虐に満ちた瞳で、


「痛かったら、手を挙げてくださいね」



 翌日、友人に歯医者に行った事を伝えた。


「どうよ。全然痛くなかっただろう?」

「ああ。少しも痛くなかった」


 そうして男二人は、揃って引き攣った笑いを漏らした。







※以上はかりんのいえ様よりの原案「歯医者に行ったら治療中、女医さんの胸部が頭部に当たり続け、妙に感覚が研ぎ澄まされた男」を元に創作したものです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る