留守宅

 バイト帰りの夜道を、ひとりだらだらと歩いていた。

 それだけで顎の出る、茹だるような暑さだった。飲み込めば喉の奥で水になりそうな湿気を呼吸していると、携帯に着信が入った。見れば友人からである。


「そりゃ急に押しかけたのは悪かったけどさ、お前、居留守とかすんなよ」


 もしもし、と通話したら第一声がそれだった。


「居留守って、何言ってるんだ? 俺まだ帰り道だぞ?」

「え、マジ? 嘘だろ? だってお前の部屋明かりがついてて、人影が中で動いてるのが見えるぞ?」 


 俺の住まいはオートロックも何もない安アパートの一室だ。

 友人玄関前に到着するのと同じように容易に、盗人も部屋にたどり着ける。嫌な予感がして、


「それ断じて俺じゃない。走って戻るから悪いけど警察に──」


 言いかけたその時、電話越しにバンッとドアが勢いよく開く音が聞こえた。


「え?」


 友人が間の抜けた声を上げ、そして濡れた布を硬いものに叩きつけるような音がした。最初は間隔を空けて大きく数度。それから小刻みに小さく幾度も、幾度も。


 十数秒か、数十秒か。

 体感では永遠のように長い時間が過ぎ、やがて嵐のようなそれが止んだ。

 俺は息を殺し、耳を澄ます。友人が「驚いたか? 冗談だよ」なんて言ってくるのを期待する。

 けれど続いてしたのは、再びドアがバタンと鳴った。今度はおそらく閉じたのだ。

 そしてそれきり、電話の向こうは静かになった。

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