帽子の記憶
わたしが、高校に上がったばかりの頃の話だ。
家族で泊まりがけの海水浴に行った。
一日遊んで夕暮れ。疲れて休んでいる両親を部屋に残して、わたしは外へ散策に出た。
茜に染まった堤防を歩いてたら、急に強く風が吹いて、被っていた帽子を海へ攫った。
買ってもらったばかりの気に入りだったから、半泣きになった。
危ないとは知りながら岩場を伝って海面に近づいたけれど、到底手の届くものではない。
流石に水に入る勇気はなくて逡巡していると、ぬっと波間から腕が出た。
腕は無造作に帽子を掴んで差し出し、わたしが慌てて受け取るや、すぐ海中へと引っ込んだ。
帽子を胸に抱きしめたまま数秒呆然として、それから我に返った。
「ありがとう!」
海へ向けて叫んだら、今度は頭が現れた。
それはわたしとそう歳の変わらない、少年の顔をしていた。
悪戯が見つかった時のような、照れくさそうな笑みを浮かべ、それからとぷんと海に沈んで、二度とは浮いてこなかった。
夏になると、わたしはいつもこの海に来る。
あの時の帽子は、今は娘が被っている。
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