野点傘

 登った山で、正しい道を失った。

 ルートだと思ったものは獣道で、山中で不意に途切れていたのだ。

 慌てて引き返したが、それもよくなかった。来た道をたどったつもりだったのだが、更に山の深くに踏み込んでしまう格好になった。

 軽いハイキング気分であったので途方に暮れる。

 そこに、ふと人の声がした。


「誰かいるんですか、助けてください」


 必死に声をかけたが返答はない。

 けれどがやがやと、まだ複数の者の立てる音がする。それを頼りに進むと、急に広場めいた場所に出た。人の姿はどこにもなかったけれど、ぽつんと真っ赤な野点傘のだてがさだけが、開いた形で残されていた。

 なんだか急に疲れ果てて、その傘の下でうとうとと眠った。



 次に目を覚ますと、景色が変わっていた。いつの間にやら藪の中に横たわっている。

 身を起こすと、駐車場や食事処の看板が目に入った。どうやら登山口のすぐ近くであるらしい。

 ほっと胸を撫で下ろし、それから気づいて山へこうべを巡らす。

 すると新緑の中を、あの野点傘の眩しい赤が、ゆるゆると遠ざかって登っていくのが見えた。 

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