へし折る

 川面に、ゆらゆらと白く揺れているものがあった。

 風とは無関係な動きで、どうも主体性があるようだ。そこまでのんびり観察してから、それが人の手だと気がついた。誰かが溺れているのだと、俺は大慌てで走り出す。


 近場へ駆けつけると、やはりそれは人の手だった。川の中ほどで弱々しく宙を掻いている。

 泳ぎには自信があったが、飛び込みかけてふと思い出した。

 溺れている人間を正面から助けに行くのは危険なのだ。藁をも掴むの言葉通り、溺れる者は救助者へ遮二無二しゃにむにしがみつく。助けに来た人間もそれで泳げなくなって、二重遭難する例があるのだという。


 周囲を見回すと、都合良くモップが目についた。逆しまに持って、「掴まれ」と手へ差し出す。

 すると手はそれを握るや、物凄い力で引いた。

 思わず俺は手を離し、手とモップはそのまま川へ呑まれて消える。

 しまった、と悔いたのは一瞬だった。

 二つに折られたモップがぷかりと川面に浮かび、次いで再び手がぬっと出た。それはゆらゆらと、誘うように白く揺れている。

 もう、関わろうとは思わなかった。

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