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 事故に遭った。

 まるで漫画のような話だが、猫を助けに飛び出して、代わりに車に撥ねられたのだ。いやはや、いざとなると体は咄嗟に動くものだ。

 ちなみに最後に見たのは逃げていく猫の背中である。「無事助けられた」という安堵と「恩人を捨て置いて行くとは何事か」という恨みを同時に抱いたのを覚えている。

 幸い命は拾ったが、しかし片目の視力を失った。回復の見込みは薄いそうだ。

 宣告された後、ベッドの上から窓を見た。片方だけの視界は、存外に物寂しいものだった。



「おい、おい」


 その夜、誰かの声で目を覚ました。覚ましたのだが、しかし目が開かない。指一本とて動かない。

 そしてベッドの枕元、俺の顔を覗き込む位置に、小さな何かの気配があった。


「お前はわしの所為で目玉をなくしたな」


 俺が起きたのを察しているのか、それは人の言葉でぼそぼそと言う。


「命の礼に新しいのを買ってきた。何、安いものだ」


 不意に閉じたまぶたの上から、濡れたものをぐいぐいと押し付けられた。

 冷たい感触にうわっと跳ね起きると、もう朝だった。

 絶望的と言われた視力は、それからぐんぐん回復した。下手をすると以前よりよく見えるようになったかもしれない。


 後で確かめると、あの夜気配の居た場所に、わずかに獣毛が残っていた。

 おそらくは猫の毛だろう。

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