水鏡

 ひとり自宅で晩酌をしていると、ぐい呑みに注いだ酒に奇妙なものが映った。

 それは異国の風景だった。見慣れない建物が立ち並び、見知らぬ装束の人々が行き交っている。

 そしてひとりの少年が、向こう側からこちらに気づいた。彼もまた自分が目にする光景に、驚き戸惑うようだった。

 しばらく見つめ合った後、彼はおずおずと人差し指をこちらに伸ばす。

 応えて私も指を伸ばした。ふたつの指は確かに触れ合って、その感触がこれが幻ではないと伝える。


 けれどそこでわっと細波さざなみが立って、酒面の鏡像は消え失せた。

 引いた指先は濡れもせず、かすかに人肌のぬくもりを残した。

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