礼を言う

 やっと食事を取る時間が出来たのは午後4時を過ぎてだった。

 昼飯などとは到底呼べない時刻だ。冬の日は早く、既にして夕暮れの気配が辺りを押し包んでいる。

 やってられんぜと愚痴りながら、俺は公園のベンチに腰を下ろした。コンビニで買い込んできたばかりのビールと焼肉弁当をビニール袋から取り出す。

 よく冷えたビールをまず一口。乾ききった喉とすきっ腹に、アルコールが染み渡る。堪能しつつ、次いで弁当をオープン。箸を割ってタレの染みた肉と白米をわしわしと口中に押し込んだ。

 レンジアップしたての温度が、食事のありがたみを殊更思い知らせてくれる。まさに空腹は最高の調味料。

 ひとりえつに入っていると、ふと視線を感じた。


 公園の茂みの暗がりから、一匹の白いせ犬が俺を見ていた。いや、正確には凝視されているのは俺じゃない。俺の弁当だ。

 食事の手を止めてしばし考える。犬の視線が俺と弁当を交互する。

 ……こういうのも、同病相憐あいあわれむというのだろうか。

 人間の食事は、犬にとっては塩分過多かもしれない。だが、飢えて死ぬよりはマシだろう。


「これ以上はやらんぞ。あと噛み付くなよ」


 言いながら弁当の蓋に米と肉を乗せ、地べたに置いて犬の方へ滑らせた。

 犬はしばらく疑うようにしていたが、やがて一直線に走りよって一心にむさぼった。たちまちのうちに食い終えると、


「馳走になった」


 はっきりとした言葉で礼を述べるや、身をひるがえして夕闇の中へと駆け去った。

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