審美眼

 あるところに仏師が居た。

 彼の彫る像は精緻せいちにして美しく、人の目をとらえて離さなかった。それは、到底ただの木から生み出されたものとは思えなかった。

 彼の目は木の内に眠る素質を見抜く審美眼を有し、彼の手はそれを巧妙に取り出す魔性が宿るのだと噂された。


 そんな彼が華燭かしょくの典を催した時、周囲の者は揃って首を傾げた。

 花嫁が、どう控えめに言っても醜かったからだ。流石の審美眼もついに狂ったかと、口さがない者は裏で触れ回った。

 それから数ヶ月して、その花嫁が急逝きゅうせいした。まだ若かったが、急な病だった。

 彼の元へ弔問に訪れた者は、皆揃って息を呑んだ。

 あの花嫁の死に顔が、空恐ろしく美しかったからだ。その様はまるで地上に降りた天女の如くで、埋葬が惜しまれるほどだった。

 死者を見送る仏師の顔は、自らの作に得心した者のそれであったという。

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