ふたり暮らし

 わたしが一人暮らしを始めたの部屋は、アパートの一階にある。

 女の一人暮らしは二階以上がいいなどと言われるが、わたしは気にしなかった。

 別段治安の悪いところに住むわけではないし、小さい頃から空手だってたしなんでいる。女の身を狙って卑怯卑劣を働こうという輩に、そうそう遅れをとるとは思わない。

 それにお陰か家賃も他所より安い。


 越してからひと月は慌しかった。

 家具を買い揃えたり、新しい学校に馴染んだり、新しい人間関係を構築したりと多忙で、そのお陰で逆にいつも気を張っている形になったのだろう。問題は何も起こらなかった。


 二月ふたつき目になって、油断が出た。

 寝坊をして、鍵をかけるのを忘れて家を飛び出してしまった。

 電車に飛び乗ってからそれに気づいて背筋が冷えたが、もう致し方ない。居直って午前中を過ごして、昼休みに大急ぎで家に戻った。

 するとドアは施錠されていた。

 締め忘れはわたしの勘違いだったろうか。鍵を取り出して家に入る。荒らされた形跡もない。また人の気配もない。

 ほっとしかけた時、テーブルの上のメモが目に留まった。


『戸締りしておきました』


 ボールペンでの走り書きだったが、随分な達筆だった。

 大家は近所ではないし、スペアキーだって誰にも渡してはいない。ならば施錠は、内側からしか出来ないのが道理である。

 急に他より割安の、家賃の理由が気になった。

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