多かった

 橋を渡っていると、川の方から「おうい」と声が聞こえた。

 どこがとは言えないが、夜の所為ばかりでなく気味の悪い声だった。


「おうい」


 また呼ばわっている。風が地形によって立てる音のように、ひどく無感情な声だった。

 出所は橋の真下のようだ。

 誰が呼んでいるのだろう。欄干に手をつき覗こうとしたら、横から引き止められた。


「危ないですよ」


 言ってスーツ姿のその男は、私に欄干から離れるようにと身振りする。


「下から呼んでいるのは川人です。覗いてはいけない。奴らは必ずふたり一組でね。一人が呼んで橋から覗かせて、覗いているその背中をもう一人が押して川へ放り込むのです。だから一人で覗くと危ない」


 思わず一歩下がって、そこから川面を見下ろした。暗い水が渦を巻くばかりだった。


「おうい」


 また声がする。男が川に寄った。


「危ないのじゃ」

「大丈夫。あいつらは臆病なんです。頭数が同じなら手を出さない。ほら、下に呼んでる奴が見えますよ」


 そう言って彼は橋の下を覗く。

 怖いもの見たさで私も続いた。


「おうい」


 闇の中、更に黒々と橋が落とす影。そこに、誰かが立っているように見えた。こちらへ手を振ったようだった。

 次の瞬間、男が落ちた。

 あっと思う間もなく、私も背を強く突かれた。欄干を越えてくるりと視界が半回転する。仰いだ夜空はすぐに橋に覆われた。


 嘘つき。

 落ちていく途中で私は思う。

 三人、居たじゃないか。

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