メタ;ハーレム-プログラム 1
中畑 汎人
1:PRO-GRAM 火野眞朝
[火野眞朝は高校二年生である。成翔高校二年A組の一員で部活動には無所属だが、その代わりにある同好会に所属している。彼女がその同好会に入ったのは今年の四月の事なのだが、其れに関してはまだ語るべきではないだろう。
彼女の特徴として一応挙げておくが、髪の毛は赤寄りの色合いで、肩を少し越える程度のその後ろ髪を耳より上で二つに括っている。用語を使わせて貰えばツーサイドアップが正解だろう。然し、一応と語った様にこの情報は気に掛けるようなものではない。
何せ今の彼女はそのツーサイドアップを解いている。加えて前髪が目を覆い隠している為、彼女の印象をより暗いものにしている。当然彼女自身もそれを自覚しているのだが、直すつもりは毛頭無い。
授業終了の鐘が鳴る。教壇の教師は少し項垂れて見せてから、授業の終了を告げる。付け加える様に数人を呼び出したのだが、当人以外の生徒或いは当人すらもそれを聞いていたかは怪しい。今日の授業はこれで終わりであり、今更教師の言い分を今日聞く道理は無い。
騒めきは個々で始まり、合わさり離れ或いは外に飛び出して形を変えていく。火野はといえば、自分の前髪を指でねじってみたり掻き分けたりとを繰り返して、後は帰り支度なりなんなりをして過ごしている。まるで時間を潰すよう、いや最早まるで、を取っ払う事に何の問題も無い。事実彼女は時間を潰していた。
騒めきが人と共に教室の外に繰り出し、残された人数が減った頃合い、そして当番が掃除を始めるその時までの間を彼女は待っていた。時来たりと彼女は鏡無しでも慣れた手付きで髪を結う。それから誰にも気づかれない様に手鏡を出し、前髪をピンで留め額を出す。彼女は手鏡を睨み付け、漸く立ち上がる。手鏡を鞄に仕舞い込み、その鞄を肩に掛け、教室の出口へ向かうと思いきや、真逆の教室後方窓際へ歩いていく。その足取りは彼女の授業中の第一印象とは似ても似つかず、逆に今の彼女の姿には完璧に相応であった。
「御迎えが来た様だな。ならば僕は撤収させて貰おう。」
「…そのお迎えって言い方やめてくれよ」
解放されたにも関わらずこの教室に長々と留まって駄弁り続けていた男子生徒二人の元に彼女は歩いていく。もっとも片方は彼女の到来を認識して其の場から去ろうとしているのだが。
男子二人は互いに簡単な別れの挨拶をして、片方が教室を去っていく。これから部活にでも行くのだろうかと彼女は形式だけは考えてみて、すぐさま放棄する。どうでもいい。つまりは彼女の狙いは最初からこの残り者、まだ窓際の席に座ったままの冴えない男でしかない。その男はいつも通り、諦めた様な慣れた様な顔で口元を緩めて彼女を迎える。
彼女も気後れ無く、但し手鏡に向けた睨みを思い出しながら、勢いよく机を叩いた。
「さあ、いくわよ!」
元気に睨んで怒った火野は、元山少年を教室の外に連れ出した。
※※※
教室を出た二人は校舎の二階から出ている渡り廊下を歩いていた。元山は火野の半歩先を歩いている。向こうからやって来た生徒と擦れ違い終えたタイミングで元山が声を掛けてくる。
「そういえばさ、」
不意を突かれた形になって火野はさっと窓の外の空へと顔を背ける。
「な、なによ?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ、なんで俺が行くまで教室で待っててくれるのかなーとちょっと疑問に思って…」
「違うわよ! 待ってるんじゃなくて、色々準備してるの! それから、ほらアンタはアタシが呼びにいかないと、部室に行こうとしないじゃない!」
「まあ、言われてみれば確かに」
そう言いながら頬を指で掻き、渡り廊下を過ぎて元山は角を曲がる。
視界から一瞬元山が消えて火野は視線を戻す。つまりは曲がり角の壁に向けた。
「まさか横顔見てたのがばれた…? ううん、そんな素振りを見せてないし、アイツがそんな細かいことに気付いているはずないわよね!」
これが声に出した独り言か、頭の中でぐるぐると回し続けた言葉か、火野本人は分かっていない程に火野は混乱を極めていたのだが、
「あれ、さっきまでそこにいたのに…」
という角の向こうからする元山の声で火野は気を取り戻す。
「ここにいるわよ、もう!」
直ぐに取り繕って、火野は元山を追って行った。
二人が辿り着いた部室のドアは閉まっていて、丸いドアノブを捻って押しても引いてもドアは開かなかった。
「開いてないの?」
ノブを握る元山は一つ頷いて
「水谷がまだ来ていないっぽいな。職員室にカギ、取りにいかないと」
普段ならもうとっくに来ているはずの生徒がどういう訳かまだ来ていないらしい。普段から鍵の管理を人任せにしているからこうなる、とは二人とも特に思っていない。
職員室に向かおうと二人して振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。いつの間に、と少し後退りする火野であったが、元山は特に驚いた様子もなく
「おお土井か。今からカギ取ってくるから、悪いけどちょっと待っててくれ」
と声を掛ける。すると土井と呼ばれた女子生徒は制服のポケットからじゃらじゃらと金物がこすれ合う音を出した。
「もしかしてそれ」
元山が土井のポケットを指して尋ねると、土井はこくんと頷き部室の鍵を取り出した。
「助かったよ。 正直、また職員室の方戻るのめんどくさくてさー」
受け取った鍵でドアを開けて中に入っていく元山とその後ろについていく土井。二人が部屋の中で自分の椅子に手を掛ける頃にようやく火野は部室の中に入っていく。
先からこの部屋を部室と呼んでいるがここを使用しているのは正確には同好会である。
映画研究会、略して映研。ここ最近できた同好会ではあるが、一応生徒会公認ではある。そんな一弱小同好会が、何故狭いながらも一つの部屋を部室として占有できるかと云えば、生徒会曰く丁度ある部活が部員不足で休部になった事で部屋が空いた為らしい。だとしても他に専用部屋を持たない同好会もあるだろうに、何故うちの映研が部室を得られたのかと火野は疑問に思っていたのだが、もらえるものはもらっとけと云う元山の意見に乗っかる形で気にしない事にしていた。
鞄を置いて、火野も机の前の椅子に腰かける。立ち上がって本棚に置いてある本を物色している元山を横目で見てから、今度は土井の方に火野は目を向ける。
同好会は構成員が五人以上であることが必要だし、別に辞めてほしいとも思っていないが、火野からして土井がここにいることがかなり不思議である。さっきの元山との会話、そもそも会話であったのかも怪しいが、まったく土井は言葉を発していない。そして土井が喋ったところを火野はほとんど見た事がなかったのだ。組も違うとはいえ流石に、と火野は思っている。一体どういう経緯で入部する事になったのだろうか。
それにここに来ても何かするわけでもなく、土井は椅子に座ってぼーっとしているだけ。視線もじっと何かを凝視していた思えば、ふよふよと宙を舞い、天井で止まって興味深そうに眺めていたりする。そんなことをこの部室でずっとしている。本当に何をしにここに来ているのかさっぱりなのだ。いや火野もそこまでここで何かしているわけでもなく、映画も特段嫌いではない程度で詳しくもないので、人の事は言えないのだが。
まさか、元山が良いように土井を言いくるめてここに来させているだけなのではと思いかけて火野は頭をぶんぶんと横に振る。
「でも土井さん、アイツにはちゃんとコミュニケーション取れてるみたいだし……ってことは、土井さんはアイツに会えるからここに来てるとか…」
「火野、なんか言ったか?」
急に声を掛けられて、火野は驚きながらも元山の方を振り向いて
「なんでもないわよ!」
と叫んですぐに顔の向きを戻す。
「なんで今俺怒られた…?」
そう元山が呟いたすぐに後に、ドアが開く音と続けざまに人の声も部室に入ってくる。
「おっくれましたー」
入って来たのは風浦千尋、映研唯一の一年生だ。風浦はずかずかと歩いていって土井の隣に行くと
「ここに鞄置いていい? 香弥乃」
窓の外に視線が飛んでいた土井は、目を風浦の方に戻してこくんと頷く。
火野が訊いた所によると土井と風浦は昔からの友人、幼馴染みというやつで,年上でも風浦はタメ口になるらしい。それなら土井は風浦に誘われる形で映研に入ったのかもしれないと考え至った火野は安堵の吐息を漏らす。
土井も手招きをし、風浦に顔を近付かせて口元を風浦に向けて耳打ちをする。これが唯一の例外、火野が見た事のある土井が喋っている所だ。だから多分、病気とか声に問題があるとかそういうことではないのだと火野は思っている。とはいえ火野にはその声が聞こえない。
「了解、今度買ってくるよ」
そう告げて風浦はそこを離れて、今度は元山の方へと歩いていく。
「せーんぱい、なにしてるんですか?」
「ここ使ってた前の部活の人が置いてったっぽい本とかあってさ、ちょっと見てみようとな」
「面白そうですね、じゃあわたしも手伝いますよー」
「そんな本腰いれてやろうとはしてなかったんだけど…」
ぼやきつつも、元山は風浦にも指示を出す。
「なら、本棚の向こうから…」
と言う元山を遮る様に風浦は体を寄せていく。
「わたしはせんぱいの手伝いをするんです。別の仕事を与えないでくださいよぉ」
そう言って風浦は本棚に伸びる元山の手に触れる。
っていうか近すぎない!と声に出しそうになって火野はなんとか抑え込む。まさかこんなことされて、元山も喜んでいるんじゃと思ってしまうが、火野の場所からは丁度元山の顔は見えず、どういう反応をしているかが分からない。それをじれったく思ったからか火野は机の上の手を無意識に強く握っていた。
そんな火野の様子などと全く関係なしに風浦は手を更に奥に伸ばす、その前に
「ごめん、遅れちゃった」
ようやく映研の会長がやって来た。普段なら鍵を持って部室に一番乗りする会長の遅れた登場に、少し安堵する火野。
「なにしてるの?」
素朴に尋ねる会長に元山は
「いや別に。それよりさ、今日はどうしたんだ?」
「あ、うん。友達の掃除当番を代わりにやってた。ほら先週放課後に映画観に行くって時に代わってもらったから」
「そういえば、その日もそんなこと言ってたな」
自然な流れで元山は本棚から離れて椅子に座る。従う様に近くの椅子に座る風浦の顔は仏頂面だった。それに気づかない会長は壁沿いに置いてあるテレビの前に立ってこう宣言した。
「それでは今日の活動、この持ってきたこの映画を見ようと思います」
掲げるDVDに全員の視線が集まった。
※※※
火野が意識を取り戻したのはソファの上であった。横になっている訳ではなくて普通に座っており、それでも一瞬前の記憶が無かった。開かれた目が捉えた映像でようやく何をしていたかを思い出す。
テレビで映画を見る時は、会長水谷佳世の言いつけで光を通さないカーテンを窓に掛け、普段は部屋の隅に置いてあるソファをテレビの前に持ってきてそこに横一列に座る事が義務付けられている。座り心地も良くて部屋も暗いこの環境はかなり寝るのにも適しているのは想像に容易い。流れている映画も火野には合わなかったのも悪かった。どれぐらい時間が経ったかを知ろうとしても、部室の時計は真後ろの壁に掛かっているから分からない。時間が分からなくなる形、断続的に寝てしまっていたのだろう。
ちらっと横に視線を向けてみると右隣の水谷は目を輝かせて見入っている。活動として観る映画は交代で選べる事になっているから、恐らく水谷はこの映画を何度も見ているはずだ。それでも飽きずに楽しそうに観れるというのは流石会長というか。なんというか申し訳なくなる火野である。
反対を向くと、一番奥に座る土井はどうやら起きているようでちゃんと観ているようだった。そして目線を手前に戻して火野は固まる。
風浦も寝ていた。それだけならばいいのだが、その上で元山の肩に頭を預けて寝ていたのだった。対して元山は状況が状況なだけに起こす訳にもいかず、困惑した表情を浮かべて正面のテレビを見ていた。
本来なら、普段なら火野はここで止めさせる役回りなのだが、まだ寝ぼけていた火野の頭はこう考えた。
アタシも眠いし、おんなじように頭乗せてもいいよね。大丈夫、大丈夫なにも変なところはないよね、と
結論だけ導き出して火野の頭は停止。そのまま元山の肩に向けて倒れていった。
怒られた。
結局、火野がきちんと覚醒したのは部室の電気が灯ってからのことで、かすかに起きていたはずの場面も記憶から消え去っていて、寝ていた事を看破されてしまった。そして同じく寝ていた風浦と一階の自販機まで全員分の飲み物を買っていることを命じられた。
これじゃ土井のことも言えないなと思いつつ、映画を見始めてからの自分が何をしていたのか全く思い出そうと、頭を揺すったり火野がしている内に、前を歩いていたはずの風浦の姿が見えなくなっていた。少し急いで階段を降りて行き自販機まで向かうと、風浦は自販機の前できょろきょろと周りを見回していた。訝しみながら火野が近寄っていくと、向こうを向いていた風浦が火野に気付いて、
「先輩、わたし実は今お金なくて…」
それで待ってたわけ、と理解して火野は「あ、うん」と財布を取り出す。
言われた通りの飲み物を人数分購入して、半分の二本を風浦に渡していく。
「あっ、わたし三本持ちますよ」
火野が断ったりす前に風浦はさっと三本目を回収してしまう。
どうもこの子には慣れない。火野も自分が人当たりのいい方だとは思っていないが、特にこの後輩とはどう接したらいいかいまだ分からない所がある。
しかしまあとにかく部室に戻ろうと自販機に向かっていた視線を、戻ろうとする風浦の方に向けた瞬間に火野の血の気がさあっと引いていった。
柱に隠れてこちらを窺う人影。それを振り返りざまに火野は見た。そして恐らく向こうも火野が気付いたことに気付いた。
まさか、ストーカー…?
そう思った分火野は反応が遅れて、人影の方が先に動き出した。身をひるがえして、そのまま走り去ろうとする。
追わなきゃ。反射的にそう思った火野は走り出そうとして、自分の両手が塞がっている事に気付く。
「風浦さん! これよろしく!」
自販機横のベンチに持っていた飲み物を置いて、風浦の返答を待たずに火野は走り出した。
追いついてどうするのかとかを何も考えずにさっきの人影が去っていった方へと向かって行く。人影からしておそらく男、それじゃやっぱり追いつけない。校舎を回ってフィールドに出たときにはもうその姿はない。とはいえここに来たのは間違いないはず。姿が見えないということは何処か建物に入ったとかだと火野は推測する。周りを見渡し目に入る建物は、まずフィールド横の二階建て倉庫。しかし扉が開いた形跡がない。すぐに追いかけてきたから、もし倉庫に逃げ込んだとしたらそれはありえない。次は校舎かと視線を動かした火野は捉えた。
本校舎からも倉庫からも離れた所、確か今は物置としてしか利用されていないはずの旧校舎、別名隔離校舎。そこに誰かが駆け込んでいくのを。
間違いないあれだ。そう思った時には駆け出す。花壇や煉瓦の道を越えて辿り着くは一つの校舎、その入り口。
普段授業が行われる教室のある校舎や文化系の部室を収容している部室棟からは隔離されたかのように置かれている隔離校舎。生徒数が現在より多かった時代に使われ、少子化の影響か後々必要無くなったと言う。それ故現在は殆ど倉庫としてしか使われていない、そんな校舎だ。
昇降口に入ると靴箱があり、その手前には簀が敷いてある。しかし今は土足で問題ない。そもそも上履き等は持っていない。
土足のまま一段上がると長い廊下が延びているのが左手に見える。そこを少し進むと今度は右手に階段が見えてくる。これを登る。踊り場を経て二階に上がる。二階も一階と構造は同じだ。しかしまだ上だ。着いた三階、ようやく廊下に出る。この廊下を果てまで歩いていく。廊下の両側には教室の扉が並ぶ。中の様子はよく見えないが、どうやら段ボールの山など物で溢れかえっているようだ。それを横に見つつ着いた廊下の突き当たりは一枚の扉。
ドアノブに手を掛ける。捻って押し開く。
中は騒がしかった。入る前は全く気にならなかったというのに。人が多くてうるさいという訳ではなくて、部屋の中には五人しかおらす、彼らが騒々しかったのだ。
その教室の大きさは普段授業を受けているものよりも大きく、映像授業を受ける為の視聴覚教室に似ている。それの裏付けとして壁を見てみれば、壁掛けのテレビが二つ見受けられる。しかし、その内の片方はとても使えそうにないと判った。教室の半分は段ボールや何やらが積まれて使用していないのが見て取れる。片方のテレビはその波に呑まれてしまっていた。そういえばこの校舎は生徒がほとんど使わなくなってからは倉庫として使われていて、役目を終えた在庫が各教室に押し込められていた事を思い出す。寧ろ教室の半分に段ボールをおさえ切り、加えてそれなりの秩序を持ってそれらを並べてしまい、片側を使えるようにしただけでもすごい事なのかも知れない。
片側には本棚が壁沿いに並んでいて、教室の左半分の中央には丁度六人で周回できる長机が鎮座している。実際そこには人がいて椅子に座っていた。頭を悩ませるのは五人の配置だ。一人は窓から飛び降り出そうとしていて、もう一人がそれを止めようとしている。いや飛び降りとは少し不正確で、どちらかというと此処から逃げ出そうとしている様に見える。だからこそ止める女は、怪我で済まないから止めろというよりも逃げるのを止めよと厳格にあたっているように思えるのだ。
また別の一人は座っていた。床に直接ではないのだが、椅子の上でもなく、段ボールの上でもない。人の上だ。両手をついて四つん這いになった男の上に座っていた。如何わしい風俗を思い浮かべても無駄な様で、下の男は兎も角としても座る女は何か感じる訳でもなく平然と野菜ジュースを飲んでいた。
はっきりと此処に来てはいけなかったと俄かに理解する。
直ぐに引き返そうと体を捻らす前に、唯一まともに椅子に座っていた男が此方に近付いてくる。誤解を解こうとしているのだろうか。いやそいつの目を見て、本能が自分にとって宜しいものではないと訴えかけて来た。矢張り逃げなくてはと行動に移すより早くそいつはコードを述べようとする。
「君は一体誰 ]
お前はXだ
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